大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第20回「帰ってきた義経」(脚本:三谷幸喜 演出:保坂慶太)では、義経(菅田将暉)が奥州平泉に帰ったことで悲劇が起きた。

  • 『鎌倉殿の13人』義時役の小栗旬(左)と善児役の梶原善

第15回はサブタイトル「足固めの儀式」がダブルミーニングになっていたが、今回もそうで義経の帰還が物語性を深めている(奇しくも15回も20回も保坂演出回)。言ってしまえば、奥州に帰った義経が再び頼朝(大泉洋)の元に帰ったときが最大の見せ場。頼朝の義経への想いが泣けた。

メインは義経の最期だが、これまでにない表情を見せた頼朝、圧倒的な貫禄の藤原秀衡(田中泯)、義経に忠実な弁慶(佳久創)、義経への愛憎渦巻く里(三浦透子)、義経の愛を貫く静御前(石橋静河)と皆にドラマがあって見せ場だらけであった。どの人物についても細かく振り返りたいところだが、あえて義時(小栗旬)と善児(梶原善)に絞ってみたい。

義時は善児をお供に奥州に向かう。この2人、実は似ている。もちろん顔も背丈も地位も似ていない。でも任務に忠実な点が似ている。どちらも非情にならざるを得ない仕事を粛々とやっている。だから、2人並んで奥州に向かう姿は同じ任務を託されたバディのようでもあった。

この奥州行きで義時は頼朝に無理難題を課されている。秀衡が亡くなり大将軍に任ぜられた義経を生きたまま連れて帰らないこと。その際、義時の手を汚さないこと。奥州の内部抗争を仕掛け利用し、奥州攻撃の大義名分にすること。頼朝は徹底的にあくどい。

「新しい世を作るためじゃ」と言われたら義時はやるしかない。帰宅すると金剛ほか子どもたちがたくさんいる。義時はこの子たちの未来のために戦のない世を作るために頑張ろうと思っているのかもしれない。

奥州に着くと、義経は里との子を成し、畑仕事に勤しんでいた。持ち前の頭脳明晰さを畑仕事に生かし戦とは無縁の生活を送っているかに見えるものの、「ただし、平泉に手を出してみろ。決して許さない。そのときは鎌倉が灰になるまで戦ってみせる」と不敵なことを言う。

穏やかそうに見えて心の内に殺気を抱えているような義経に、義時は静御前とその子の顛末を話す。さもついでに話したかのようだが……。2人の静かなポーカーフェイス合戦がひりひりする。

静御前の子は善児が始末していた。いつだって自分の手で人を殺めている善児に対して、義時も頼朝も自分の手は汚さず偶発的な出来事を装ったり誰かにやらせたりして、たちが悪い。それが身分の差というものだろうか。

上の者は他者のせいにして生き残る。下の者は生き残るために汚れ仕事を引き受ける。善児が農民の出であったことがこの回でわかる。もしかして善児も家に戻ったら子どもがいてニコニコと親の顔をしたりするのだろうか。

  • 義時役の小栗旬(左)と義経役の菅田将暉

義時の企みは成功し、義経は鎌倉への憎悪をたぎらせる。義時はついている。というのは、義経は静と一緒にいたところを刺客に狙われたことを頼朝の差し金と勘違いしていて、それがあるから兄に絶望を覚えていた。里にあれは彼女がやったことと明かされたてもはやあとには引けない。

『鎌倉殿』はこのようなボタンの掛け違いばかりである。義高(市川染五郎)のときもそうだった。こんな不条理が起こるのも頼朝や義時が秩序を乱すからではないだろうか。本来、自然の摂理で進んでいくことに余計な策を弄するから歪ができて不幸が起こる。その不自然な行いはやがて自分たちのクビを絞めることにもなるんじゃないかなあと思う。

邪念さえなければ、人を信じる心をもってさえいれば、頼朝と義経もこんな不幸な関係にならなかったのではないか。義経は最後まで邪念がない。館を囲まれ命が風前の灯となったときでも義時相手に鎌倉を攻める作戦を喜々として語る。その場面でかかる劇伴が戦の話をしているようには思えない雰囲気で、まるで高校生が部活の話をしているような、好きなバンドの話をしているようなのだ。義経の時代にゲームがあれば、義経はゲームで満足できたかもしれない。扉の隙間から外で戦っている弁慶の勇姿を見て楽しそうな義経に胸がつまった。

戦略家としてのライバル梶原景時(中村獅童)は義経の作戦を優れたものと認める。三谷幸喜の「古畑任三郎」シリーズで古畑と犯人が犯罪トリックを巡って頭脳戦を繰り広げた末お互いを称え合うような雰囲気を感じる。頼朝や義時のやっている他者を陥れる作戦ではこういう清々しさを得ることができない。頼朝が涙ながらに話しかけるのは物言わぬ首桶なのだ。でも義経生存説をうまく物語に取り入れてくれないものだろうか。

使命を終えた義時は帰宅する。金剛に飛びつかれ、軽々と片手で抱きかかえ「お土産は」と聞かれて「ない……わけがなかろう」とほっぺたをつまむ。ほかでは見えない義時の顔。この笑顔のために義時は苦虫を噛み潰したような顔をしながら日夜働いているのだろう。ビールのCMみたいに「おつかれ生です」と八重(新垣結衣)に言われたらすごくホッとするのだろうなあ。

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