JR・大手私鉄による運賃値上げ等の報道が続く。その一方で減便、減車、路線廃止、駅の無人化、指定券窓口の廃止などサービス縮小が行われる。「値上げしてサービス低下」という状況は、国鉄時代末期の惨状を連想させる。鉄道開業150年の節目の年に寂しい話だ。このままでは「鉄道離れ」が続くかもしれない。

  • 今年に入り、JR・大手私鉄による運賃値上げ等の報道が続いている。写真はイメージ(提供 : 写真AC)

鉄道運賃の値上げは3段階に分類できる。第1段階は「割引の廃止」、第2段階は「特認による増額」、第3段階は「上限運賃そのものの増額」だ。

■鉄道運賃値上げの第1段階は「上限運賃まで」

上限運賃とは、国土交通大臣が鉄道事業者に対して、「この運賃以下にしなさい」と認可する運賃をいう。鉄道路線は地域の独占事業にあたるため、国が管理しないと独善的な値上げが行われるおそれがある。そこで、鉄道運賃は「適正な費用に対して適正な利益」とするよう、国の認可を受けるしくみになっている。上限運賃の対象は普通旅客運賃、定期旅客運賃、加算運賃、新幹線自由席特急料金だ。

ほとんどの鉄道事業者は、運賃を上限運賃いっぱいに設定している。ただし、上限以下の運賃設定は国に届け出るだけで良い。これは鉄道事業者の営業施策を尊重するためだ。

たとえば回数券、休日割引料金、フリーきっぷなどの割引きっぷだ。JR東日本とJR西日本の電車特定区間も上限運賃より安い。これは近隣の鉄道事業者を意識している。

地下鉄などの相互直通路線で、境界駅の前後の駅で運賃を値引く例もある。これは短距離で初乗り運賃が2度適用され、割高になる状態を緩和するため。東京メトロと都営地下鉄を乗り継ぐ場合の値引きも届出だけで良い。

ただし、あまりにも安すぎる運賃を届け出ると、国土交通大臣の適正化指導が行われる。安全面の投資がおろそかになり、他の交通機関と過度な競争になってしまうからだ。

値上げの第1段階「割引の廃止」は、これらの割引を解消し、上限運賃に近づける施策だ。JR九州は2021年6月に回数券の販売を終了した。JR西日本も2021年9月に回数券の販売を終了した。JR東日本は2022年10月以降、回数券を販売しない。回数券の販売終了は私鉄も実施している。IC乗車券が普及し、ポイント還元の取組みも始まっている。

JR西日本は2023年4月から、京阪神エリアの電車特定区間の運賃を値上げする。これらは上限運賃以内の値上げのため、届出だけで実施できる。このような値上げは、いままでも行われてきた。「周遊きっぷ」「2枚きっぷ」など、お得なきっぷの廃止だ。鉄道は運賃を値上げしない代わりに、お得なきっぷを廃止することで「経営努力」してきた。

■鉄道運賃値上げの第2段階は「バリアフリー設備の加算運賃」

JR東日本は2023年3月頃に、電車特定区間の普通運賃に10円を加算する。これは上限運賃の割引とは異なり、国の「鉄道駅バリアフリー料金制度」を利用した値上げだ。これが値上げの第2段階「特認による運賃加算」だ。

「特認による運賃加算」は、鉄道事業における「特別な事情」を考慮して、国土交通大臣が特別に認める値上げだ。「鉄道駅バリアフリー料金制度」は東京メトロも導入を発表した。報道によると、東急電鉄と小田急電鉄も導入を検討中とのこと。国は、都市部の鉄道駅のバリアフリーについては利用者に広く浅く負担してもらい、いままで都市部の鉄道に実施してきた補助制度の予算を地方鉄道のバリアフリー設備補助に振り向けたいようだ。

この「特認による運賃加算」はいままでも設定されている。空港連絡鉄道など新路線建設費用について導入実績がある。加算の期間は事業終了までに限定されており、新路線建設時の負債解消などで加算運賃も終了し、見かけ上は運賃の値下げが行われる。「鉄道駅バリアフリー料金制度」も2025年度までに整備終了する前提となっていて、2026年度以降は進捗を見て検討するという。

■鉄道運賃値上げの第3段階は「上限運賃値上げの認可」

運賃値上げの第3段階は国の認可だ。あらかじめ設定された上限運賃そのものについて、国に値上げを認めてもらう。割引解消や特認ではない、本来の運賃値上げである。東急電鉄は2022年1月、国土交通省に上限運賃の変更を申請した。国土交通省は1月11~24日にかけてパブリックコメントを募集した。運輸審議会は3月1日に公聴会を開催するなど審議を重ね、「認可することが適当である」と答申した。この答申を受けて、国土交通大臣は上限運賃の変更を認可した。運賃改定は2023年3月に実施される。

東急電鉄は他社に先駆けてホームドアと駅バリアフリー化を推進している。軌道の世田谷線と、運行受託しているこどもの国線を除いて、2019年度末までに可動式ホーム柵設置率100%を達成済みだ。駅バリアフリーも100%、災害対策、車内防犯カメラ、踏切安全施策に対しても過去5年平均で約540億円を投資した。これは同業他社の平均を大きく上回るという。バリアフリー設備の整備が終了したため、「鉄道駅バリアフリー料金制度」は利用できない。これに加えてコロナ禍、リモートワークの普及など減収傾向もあることが認められた。

近畿日本鉄道は4月15日に上限運賃変更の認可申請を実施した。国土交通省は4月18日から5月1日までパブリックコメントを募集した。公聴会は7月14日に実施される予定だ。近鉄の値上げについては愛知県知事が理解を示す一方で、奈良県知事は不満を表明した。バリアフリーが進まず、地域との共存共栄やサービス改善、輸送人員回復の努力も見られないという。公聴会には奈良県知事が自ら出席するとのこと。近鉄と奈良県は平城京区間の線路移設で協議が難航した経緯もあり、やや波乱含みでもある。

近鉄の値上げについては、名阪間で「ひのとり」の運賃と料金が、東海道新幹線「こだま」の格安ツアー料金「ぷらっとこだま」を上回ること、約450両の一般車両を新型車に置き換えるなども話題になっている。奈良県知事の言う輸送人員の低下は外的要因であり、地域の鉄道利用者の問題でもある。東急電鉄同様に認可されるとみられる。

さらに、新潟県のえちごトキめき鉄道も2年後の値上げの意向が報じられるなど、上限運賃変更を申請する鉄道事業者は今後も増えそうだ。

なお、本誌記事「鉄道運賃制度の見直し『儲けすぎ抑制』から『値上げ容認』の大転換」(2022年3月7日掲載)で紹介したように、国土交通省には上限運賃制度そのものを見直す議論も始まっている。

■利用者が納得できるしくみが必要だ

国内外の要因が重なり、モノやサービスの値段値段は電力、燃料、食品など広範囲にわたって上昇傾向にある。電気や軽油で走る列車もその影響を受ける。鉄道運賃の値上げも容認される傾向はあるだろう。鉄道事業者としては値上げのチャンスともいえる。しかし、鉄道運賃は家計負担増につながる。公共交通機関としては、なるべく値上げ幅を抑えたい。あるいは割引サービスを充実させたい。そのためには経営努力でコストを下げたい。

しかし、コストカットが適正か否かを疑う報道やSNS投稿もある。たとえばJR旅客各社は指定券窓口など有人窓口を廃止し、券売機に置き換えている。IC乗車券やオンライン予約システムの利用者が増え、窓口利用者が減っているからだという。

4月13日にJR東日本のオンライン予約システム「えきねっと」がつながりにくい状態となった。地震によって不通となっていた東北新幹線の復旧により予約が再開し、大型連休の予約も合わせてアクセスが集中したためとされる。JR東日本は有人窓口の利用を促したが、その窓口の数を自ら減らしてきたから、わずかな窓口に長蛇の列ができて混乱した。窓口の予約システムが稼働できたということは、インターネット回線との接続部の障害だ。

また、JR東日本の日光線で乗客から不満の声が上がった。3月12日のダイヤ改正で輸送力不足による積み残しが発生したからだ。4両編成から3両編成に減車、さらに7時台の列車が3本から2本になった。下野新聞電子版「ダイヤ改正で『満員電車』に JR日光線、乗客不満の声 JR『全く乗れないほどではない』」で動画も公開されており、たしかに大混雑だ。

東武鉄道は4月28日、野田線に5両編成の新型車両を導入すると発表した。報道資料では旧型車6両編成を新型車5両編成にすると記述されている。JR日光線の報道があっただけに、不安に感じる声がある。

JR西日本は営業密度2,000人/日のローカル線について、地元と鉄道のあり方を協議すると表明した。JR東日本も線区別収支を公表する意向と報じられている。しかし、営業密度は1日1kmあたりの平均乗車人数を示すだけで、曜日別の、時間帯別の偏差は現れない。現場を見ず、数字だけで判断すれば、利用者にとって使いづらい鉄道路線になる。

野村総合研究所の3月25日発信「野村総合研究所、コロナ禍と人口減少を踏まえた『持続可能な地域公共交通』のあり方を提言」によれば、JR各社の持続可能性を試算したところ、輸送密度4,000人/日以上の路線では最大1.2倍の値上げ、未満輸送密度4,000人/日未満の路線では最大1.6倍の値上げが必要で、そうしない場合は約2,800km分の路線費用をカットする必要があるという。

列車は来ない。来ても大混雑。指定席券は買いにくい。そんな状態で利用者は運賃値上げに納得できるだろうか。鉄道に限らず、「ここまでサービスしてくれるなら値上げしても仕方ないね」と納得してもらう。これが商売の基本だろう。

国鉄時代、国策で運賃が据え置かれ、経営問題が過熱した途端、毎年のように運賃が値上げされた。マイカー、長距離バス、旅客機が発展したこともあり、貨物と中長距離の旅客が鉄道を見限った。現在の鉄道運賃も、消費税の転嫁以外では値上げが行われず、いまになって値上げが始まる。今後、他の交通モードと比較して、鉄道だけがサービス低下と値上げを続ければ、国鉄の悪夢の再来となってしまいそうだ。