鉄道事業者はいま、乗客の減少に直面している。ローカル線だけでなく、JR各社の幹線や大手私鉄も乗客の減少傾向が続き、運賃収入は下がっている。言うまでもなく、新型コロナウィルス感染症拡大を防ぐため、外出自粛やリモートワークで乗客が減っているからだ。

  • 鉄道運賃・料金制度が大きく変わろうとしている。写真はイメージ(提供 : 写真AC)

大都市の鉄道は、膨大な通勤・通学利用者のために設備投資を続けてきた。乗車回数の多い利用者のために、「通勤定期」「通学定期」という割引制度もつくった。乗客の受入れ体制も整えた。車両数を増やし、車庫の土地を確保し、駅の規模を大きくした。つまり、運賃単価の安い人々のために莫大な投資をしてきた。それも「利用者が多いから」だった。薄利多売の成果として、投資に見合う運賃収入があった。ところが、利用者が減ると薄利多売のバランスが崩れる。薄利のまま少売になる。

一方、公共交通として社会の要請に応じるために、コストは増えている。ユニバーサル社会対応、多発してきた傷害事件を防ぐセキュリティ対策、地震・豪雨・豪雪など多発する自然災害対応、施設の老朽化対策などの問題に直面している。

そこで、各鉄道事業者から、「20年以上も続いた現行制度を見直し、持続的な運営を可能とし、利用者の要望に対応するため、運賃・料金制度を見直してほしい」と声が上がった。

2月8日、国土交通大臣は交通政策審議会に対し、「諮問第400号 今後の鉄道運賃・料金制度のあり方等について」を要請した。諮問を受けて、交通政策審議会は2月14日、陸上交通分科会鉄道部会に「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」を設置した。

2月16日に第1回が行われて以来、すでに第3回まで開催されている。3月11日に第4回が行われ、その後、6月下旬の第9回に中間取りまとめが行われる予定だという。鉄道事業法改正まで踏み込んだ議論が行われた場合、鉄道運賃・料金制度が大きく変わる。おそらく変わるだろう。このままで良しという結果にはならないと思われる。なぜなら、筆者は新型コロナウイルス感染症が取り沙汰される以前から、現行の運賃制度が実情と合わないと疑っていたからだ。

■現行制度は「独占状態だから利益を制限する」

現在、鉄道運賃は国土交通大臣が認可する。認可にあたっては利用者の利益が考慮される。すべての鉄道事業について総括原価方式が適用される。適正な原価を算出した上で、適正な利潤であれば認可される。

JRグルーブ、大手私鉄、地下鉄については、総括原価の一部の算出について、ヤードスティック方式で審査される。ヤードスティック方式は、人件費と経費について鉄道事業者グループで比較する。具体的には線路費、電路費、車両費、列車運転費、駅務費について基準コストを算出する。

各社の実際のコストが基準コストより少ない会社は、「経営努力している」として、差額の半分まで基準コストに上乗せしてもらえる。逆に、実際のコストが基準コストを上回る会社は、実際のコストより小さい基準コストが採用される。同業他社と同水準のコストになるよう、経営努力せよという意味だ。実際のコストが認められない分、利益が圧迫されるから、コスト削減に励む必要がある。

総括原価方式とヤードスティック方式は、鉄道事業者による過大な運賃設定を防ぐしくみになっている。なぜなら、鉄道事業者は地域において独占事業であり、自由競争が働かないからだ。関西圏や首都圏にはJR・私鉄が併走する路線も多いが、まったく同じ線路を使うわけではないから、細かく見れば地域独占である。鉄道事業者が勝手に運賃を設定すれば、利益を上げるためにどんどん運賃が上がっていく。そのブレーキが総括原価方式とヤードスティック方式というわけだ。

この審議を経て、国土交通大臣が認可する運賃を「上限運賃」という。「これ以上の運賃はダメ」という意味で、多くの鉄道事業者は「現行運賃=上限運賃」である。しかし、上限運賃以下であれば任意に設定できる。値下げする分には自由だ。相互直通区間の接続駅付近の割引で用いられる。「こども運賃無料デー」など、破格の運賃設定賀できる理由でもある。並行する競合路線より安い運賃を設定しても良いから、自由競争が働くともいえる。

しかし、利益の上限を抑える制度である。利益を増やす企業努力が「コスト削減」重視に傾倒し、たとえば安全に関するコストを下げるといった事態に陥るおそれもある。あるいは全社的なコストを下げるため、ローカル線の運行本数を減らす、廃止するという考え方も出てくるだろう。JRグループは大都市路線の薄利でローカル線の赤字を埋めている。そのためには、大都市の路線で運賃を高めに徴収し、ローカル線の維持に回したい。

■意見聴取に鉄道の当事者が出席

「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」の第1回では、委員に対して諮問文が提示され、国土交通省から現行制度の意味と役割が説明された。3月1日の第2回では、JR東日本、JR西日本、JR東海、JR九州の意見聴取が行われた。3月2日の第3回では、日本民営鉄道協会、東京地下鉄、広島電鉄、東京都、京都府の意見聴取が行われている。

各者の説明資料はすべて国土交通省のサイトに上がっているから、詳しくはサイトを見ていただくとして、ここでは要約して紹介する。

●JR東日本の要望

  • 運賃の認可対象の種類を減らしてほしい。現在は普通運賃の運賃体系「幹線、地方交通線、電車特定区間、山手線内」の4種類、定期運賃で「種類、運賃体系、通用期間」によって24種類、新幹線自由席特急料金、合計29種類の認可申請が必要。1区間でも上限運賃を超えるとなると、関連するすべての種類で認可申請が必要。したがって、「幹線運賃」「地方交通線割り増し運賃」だけを認可対象にしてほしい。新幹線自由席特急料金は認可対象から届出制に変更してほしい。
  • ヤードスティック方式はコストの一部だけ。動力費など広く対象としてほしい。JR旅客会社を同じグループで扱う現状は適切ではない。上場4社のみとするよう検討してほしい。
  • 総括原価方式で、報酬率の計算が妥当か検討してほしい。上場企業としてTOPIX500の資本負債比率、自己資本報酬率も重視してほしい。
  • オフピーク定期券の早期導入、減収分を従来の定期券に広く浅く転化するための特例的な認可を検討してほしい。

●JR西日本の要望

  • 総括原価、上限運賃の認定対象を「全社」ではなく、関係する地域や時間帯で審査し、特例的な認可、または届け出制に改訂してほしい。
  • 新幹線自由席特急券の繁忙期割り増し、閑散期割り引きを届け出制で実施したい。
  • 航空運賃同様の規制緩和、定期運賃を認可制から普通運賃を元にした届け出制にしたい。

●JR東海の要望

  • 運賃・料金改定時の審査手続等を簡便・迅速にしてほしい。
  • 会社ごとに事業構造や経営環境が異なるため、新制度とする場合は全社一律にしないでほしい。

●JR九州の要望

  • 運賃の設定に自由度があれば、持続的でよりよいサービスの提供につながる。
  • 定期運賃は普通運賃の割引という性質もある。認可制ではなく、届出制とし、事業者の自由度を高めてほしい。

●日本民営鉄道協会の要望

  • 定期運賃は認可対象外としてほしい。
  • 運賃は営業路線、区間、時間帯、曜日・季節などに応じた設定を可能としてほしい。
  • 原価計算方式が事業環境の変化を適正に反映できるか検証してほしい。
  • バリアフリー、防災・減災、国土強靱化に沿って施設を維持補修する費用を原価に反映してほしい。
  • 感染症、大規模自然災害など有事に備えた資金について、平時の運賃に上乗せする形で社内留保可能にしてほしい。

●東京メトロの要望

  • ヤードスティック方式は事業環境が大きく異なる地方公営地下鉄等と比較されてしまう。当社が積極的に実施した安全・サービス向上費用も算定されてしまう。これでは安全・サービスに対する投資意欲を削ぐ。

●広島電鉄の要望

  • 路面電車はバスに近い交通手段にもかかわらず、大量輸送前提の鉄道運賃と同じ扱い。路面電車とバスの協議運賃制度を認めてほしい。

●京都府の要望

  • JRに対する「高速化、複線化」について、JR、京都府、市町が負担している。JR線の整備に対して、地域の要請で自治体が負担しても、国の財政支援措置がない。バリアフリー化支援なども含めて、国の支援制度の拡充が必要。あるいは適切な利用者負担制度が必要。

■「鉄道会社が必要な費用を稼げる」しくみが必要

意見聴取の内容を見ると、運賃設定を頭打ちにする「総括原価方式」と「ヤードスティック方式」に対する不満がみられた。この2つを取りやめ、新たな算定方法を作るか、制度を残したまま算定方式や対象を再検討するか。いっそ規制緩和して、航空運賃のように自由度を高めるべきか。

いずれにしても、鉄道事業者は「利用者のため、地域のため」に投資したい。経営を持続し、鉄道の利便性を維持したい。その費用を運賃に転化するしくみが必要だろう。

国鉄時代の運賃は国会が決めた。原価より「国民生活を阻害しない運賃」が優先された。国鉄が原価無視の運賃を設定したため、運賃相場は低くなり、私鉄の経営を圧迫した。そこで阪急電鉄の創始者である小林一三は、住宅開発で乗客を増やし、デパートなど副業で稼ぐ枠組みをつくった。「鉄道は儲からない」は、小林にとって常識だったかもしれない。

1987(昭和62)年、国鉄からJRに変わり、鉄道運賃は国策ではなくなった。新たに採用された方式が総括原価方式で、運賃の認可基準は「能率的な経営、適正な原価、適正な利潤」だった。1999(平成11)年にヤードスティック方式と上限価格規制が追加され、上限価格以下であれば届出のみで運賃を変更できるようになった。それから23年間、運賃制度は据え置かれたまま。JR東日本やJR西日本など、消費税率引上げを反映した運賃改定を実施したことはあっても、経営改善のための運賃改定は実施していない。企業努力で据え置かれたという。

筆者は、JR東日本やJR西日本が赤字を理由にローカル線の廃止・バス転換を表明するたびに、「どうして20年も値上げしなかったんだ」と思っていた。継続的な事業を続けるために、少しでも値上げしたほうが良かったはず。ローカル線の運行費負担も軽くなる。

3月11日に開催予定の第4回も、意見聴取が予定されている(出席者は未公表)。その後、4~5月にかけて論点整理が行われ、6月に「中間とりまとめ」の提出を予定している。「中間とりまとめ」は役所用語で、その時点での最終報告書となる。これを受けて、国土交通省内で法案がまとまれば国会に提出され、審議が始まる。

鉄道事業の儲けすぎを防ぐための「上限運賃制度」が転換期を迎えようとしている。しばらくは「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」の動向に注目したい。

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