叡王戦独自の1日2対局制で行われた第3、4局はともに200手を超える戦いに。第3局はまさかのシリーズ2回目の持将棋!

永瀬拓矢叡王(王座)に豊島将之竜王・名人が挑戦する、将棋のタイトル戦、第5期叡王戦七番勝負(主催:ドワンゴ)第3、4局が7月19日に愛知県「亀岳林 万松寺」で行われました。第3局は207手で持将棋成立、第4局は232手で永瀬叡王の勝利。シリーズの成績は1勝1敗(2持将棋)となりました。

叡王戦七番勝負では、対局によって持ち時間が変わるという独自のシステムを採用しています。第3、4局は持ち時間1時間の対局。短い持ち時間のため、1日に2局行われます。過去2期では持ち時間1時間対局が行われる前に番勝負の決着がついてしまっていたため、今回が初の実施。戦前からどうなるのだろうかと注目されていましたが、まさかここまで長い1日になるとは誰が予想したでしょうか。

14時に対局が始まった第3局は先手の永瀬叡王が矢倉を選択。古くからある脇システムと呼ばれる戦型から、永瀬叡王が工夫を見せて前例がほとんどない戦いになりました。1時間制の対局のため、未知の局面で長考することができません。豊島竜王・名人は局後「工夫をされ、それにうまく対応できなかった。多分、あまりいい手を指せなかった」と振り返りました。自分だけが研究している形に持ち込むのが効果的で、永瀬叡王が序盤で一本取った格好です。

しかし、そこから豊島竜王・名人が粘りを見せます。馬を自陣に引き付け、香を玉頭に打ち付けて容易に寄らない形を構築。桂香を取らせる間に永瀬陣の玉頭から嫌味を付けて、永瀬叡王に楽をさせません。

相手玉が簡単には寄らないと見た永瀬叡王は、自玉を安全にすべく、上部進出を開始します。豊島竜王・名人も永瀬玉を寄せるのを諦め、相手の飛車を取りに向かいました。こうなると持将棋となった第2局の再現です。互いにズンズンと駒を敵陣に向かって進軍させ、17時49分に207手で持将棋が成立。引き分けとなり、第9局が設定されることになりました。1度の番勝負で持将棋が2度出現するのは、史上初のことです。

通常ならこれにて解散、お疲れ様でした、となるはずですが、同日に第4局が指されるスケジュールです。当初は19時開始予定でしたが、長引いたため19時半からスタートすることになりました。1時間半程度のインターバルで、駒数計算が必要な入玉将棋から、通常の将棋へ頭を切り替えて次局に臨む必要があります。

小休止のあと始まった第4局は、後手の永瀬叡王が横歩取りへ誘導。これは意表の戦型選択と言えるでしょう。永瀬叡王が最後に横歩取りを指したのは、昨年の8月のこと。短い持ち時間を意識し、豊島竜王・名人のマークが薄くなっているこの戦型をぶつけてきたのだと思われます。

豊島竜王・名人は現在先手横歩取りの最有力とみられている青野流を選択します。実はこの対局の4日前に、豊島竜王・名人は上村亘五段との一戦で青野流を用いて敗れています。自身の敗戦局から25手目に手を変え、27手目からは未知の戦いとなりました。

ここからの戦いはまさに死闘でした。棋譜は叡王戦中継サイトから無料でご覧いただけるので、是非ご確認ください。

先に良くなったのは豊島竜王・名人。2枚の角で永瀬叡王の攻めを受け止め、飛車を手にして反撃開始。ところが一気に決める手を指せずにさあ大変。受けに回った手が良くなかったようで、一瞬のチャンスが永瀬叡王に訪れます。しかし、ここで永瀬叡王は踏み込むことができませんでした。自玉も危険なうえ、駒を大量に渡すことになるので指しにくいですし、これまで受け続けていた手の流れ的にも難しかったのでしょう。再び形勢の針は豊島竜王・名人に大きく振れました。

ところが不利だからといって簡単に倒れないのが、「負けない将棋」と評される永瀬叡王。3二銀・4一銀・4二銀と銀3枚を自陣に打ち付け、防波堤を築きます。両者すでに長いこと1分将棋な上、これは本日2局目です。最善手を指し続けるのが難しい状況の中、どちらもなかなか抜け出すことができませんでした。形勢の針があっちこっちに大きく振れながら、手数がどんどん伸びていきます。

やがて手数は第3局の207手を超えました。横歩取りは急戦調の将棋のため、短手数で決着がつくはずがどうしてこうなった。時刻も日付が変わるところまで迫っています。

しかしどんな将棋にもいつかは終わりが訪れます。最後の最後に勝負の女神がほほ笑んだ相手は永瀬叡王でした。豊島竜王・名人の必死に粘りをかいくぐり、最後は即詰みに打ち取って勝利を収めました。終局時刻は23時59分、手数は232手でした。

第3局は対局時間3時間49分、第4局は4時間29分。2局の合計で8時間18分、総手数439手の長い、長い一日が終わり、永瀬叡王がシリーズ成績を1勝1敗2持将棋とタイにしました。ちなみに永瀬叡王は局後のインタビューで、「今はハイになっているのでもう1局指せると思います」と答えています。観戦していただけの筆者でさえクタクタなのに、この無尽蔵の気力はどこから湧いてくるのでしょうか。不思議です。

第5局は7月23日に東京・将棋会館で行われます。第5局なのに両者1勝1敗。さらに忘れてはならないのが、第1局は千日手指し直しが行われているということ。次が実質6局目です。第2、3局が持将棋引き分けのため、フルセットになれば七番勝負のはずなのに第9局が行われる予定です。本当に第9局で決着がつくのか。正直分かりません。

2局計で8時間18分、総手数439手の死闘を1勝1引き分けで乗り切った永瀬拓矢叡王(提供:日本将棋連盟)
2局計で8時間18分、総手数439手の死闘を1勝1引き分けで乗り切った永瀬拓矢叡王(提供:日本将棋連盟)