東京都心の新宿区曙橋。オフィスビルが連なる街並みの中に、色鮮やかな五色旗に彩られた店が現れる。日本でも珍しい、チベット料理店「タシデレ」だ。ダライ・ラマ、チベット仏教、ヒマラヤの国……チベットについての断片的な情報はあるが、その食文化は想像がつかない。チベットの人がオーナーだというが、どんな人で、なぜ日本に住んでいるのだろうか。

  • 五色の旗は「タルチョ」と呼ばれ、各色が地・水・火・風・空(くう)を意味する

    五色の旗は「タルチョ」と呼ばれ、各色が地・水・火・風・空(くう)を意味する

お寺は多いのに仏教を知らない日本人!?

オーナーはチベット人のロサンさん。日本人の黒木奈津子さんと結婚して、日本に住んで8年になる。両親がチベットから亡命し、ネパールで生まれたロサンさんは、8歳の時に南インドのムンゴットへ移動。チベット仏教ゲルク派のデプン寺ゴマン学堂で僧侶として育った。

  • 仏教が縁で知り合った、ロサンさんと奈津子さん

    仏教が縁で知り合った、ロサンさんと奈津子さん

僧侶として、仏教の活動で2003年に初来日したロサンさんは、広島の宮島にあるお寺「大聖院」での法要に参加した。日本には「先進国でありながら、敬虔な仏教徒の国」というイメージを抱いていた。しかし、来日して多くの日本人に仏教知識がないことを知った。「でもお寺の数は非常に多いですよね……」。そのギャップにとても驚いたという。

  • チベットの仏具や日本のお札が並び、にぎやかな祭壇

    チベットの仏具や日本のお札が並び、にぎやかな祭壇

広島にはチベット仏教寺院があり、僧侶だったロサンさんは何度も来日する機会があった。そして、仏教美術の技法である截金(きりかね)師の奈津子さんとは、共通の知人を通じて出会うことに。その後、結婚して日本に定住することになったロサンさんは、日本国籍を取得した。ちなみに、日本在住のチベット人はわずか200人ほどだそうだ。

しばらくアルバイト生活を送っていたロサンさんだが、自分で稼ぐ手段が必要だと感じ、また、チベット人や関わる人々が気軽に集える空間を作るため、夫婦でチベット料理店を開くことにした。ふたりとも飲食業の経験はなく、手探りでのスタートだったが、2018年に3年目を迎える。

  • 店内には曼荼羅や、チベットの工芸品が飾られている

    店内には曼荼羅や、チベットの工芸品が飾られている

日本人の繊細な味覚にびっくり!

生活する中で、ロサンさんは日本人の「食へのこだわり」に驚いたという。おいしい店のために遠くまで足を運んだり、行列に並ぶことを「理解できません」と笑う。また、「ちょっと味付けが変わると、お客さんは気付きますね」と、味覚の鋭さも指摘する。チベット人も、長く生活していたインドの人々も、そこまで食にこだわることはない。だが、日本で商売する以上、一定の質と味を保たなければならない。定休日にはご夫婦とスタッフで、いろんな店に食べに行って研究をしているそうだ。

  • 大皿は左上から時計回りに「チュラパレ」「ティンモ」「モモ」「シャプタ・ラム」右上は自家製チーズ入りサラダ、右下は「ラプシャ」

    大皿は左上から時計回りに「チュラパレ」「ティンモ」「モモ」「シャプタ・ラム」右上は自家製チーズ入りサラダ、右下は「ラプシャ」

ランチタイムのメニューの中から、代表的なチベット料理をいろいろ味わえる「タシデレスペシャルランチセット」(1,700円)を注文した。「シャプタ」の羊肉は塩茹でしてあり、引き締まった肉に旨みが凝縮されている。好みで別添えの辛味(トマト、タマネギ、唐辛子)を加える。

牛肉を包んだ蒸し餃子「モモ」は、チベットではお祝いの時に食べる。「ティンモ」はわずかに甘みがあり、汁などに浸して食べる蒸しパン。「ラプシャ」は大根と鶏肉の煮物で、優しい塩味とトマトで煮込まれており、日本の食卓にも馴染みそうな味わいだ。揚げ菓子「チュラパレ」とサラダには、自家製の爽やかなチーズを使用している。

  • 唐辛子、塩、トマトで作った自家製辛味調味料

    唐辛子、塩、トマトで作った自家製辛味調味料

チベット料理では、唐辛子、羊肉、牛肉、チーズ、牛乳をよく使う。主食にはすいとんや「ティンモ」などの小麦製品や、大麦を炒った「ツァンパ」をバター茶で練ったものを食べる。味付けの基本は塩味で、香辛料も控えめで食べやすい。本来は唐辛子を多く使うが、店では辛味調味料を好みで加えるスタイルにしている。

  • 大麦を炒って粉にしたツァンパのケーキは、店のオリジナルスイーツ

    大麦を炒って粉にしたツァンパのケーキは、店のオリジナルスイーツ

新感覚! 塩味のミルクティー

食後にはセットに含まれる「バター茶」と、自家製豆乳アイス添え「ツァンパケーキ」(550円)をいただいた。バター茶は塩味で、チャイをイメージして飲むと驚く。茶葉も紅茶ではなく、プーアール茶のような後発酵茶を使用している。「スープの一種だと思えば飲みやすいかも」と奈津子さん。穏やかな甘さのツァンパケーキと相性がいい。

  • 粉のツァンパをバター茶で練ったもの。旅の携行食としても重宝される

    粉のツァンパをバター茶で練ったもの。旅の携行食としても重宝される

  • スイーツは好きだが、甘いおかずは苦手なロサンさん

    スイーツは好きだが、甘いおかずは苦手なロサンさん

食事はお店で済ませることが多いロサンさん。日本の料理は、「おいしいですが、甘いおかずが苦手です」とのこと。塩味が基本のチベット料理。かぼちゃや豆などの、甘く煮た物が食卓に並ぶのに違和感を感じるという。

好きな料理は「牛丼」だ。なるほど、煮込んでしっかり味付けした牛肉は、確かにチベット料理に通じる。来日したチベット人を牛丼店に連れて行くと、大抵喜ばれるそうだ。

  • 白い雪山、唐獅子、太陽がデザインされているチベットの旗

    白い雪山、唐獅子、太陽がデザインされているチベットの旗

「タシデレ」では料理の提供とともに、チベット文化と日本の橋渡しもしている。チベット関連のトークライブ、チベット医学の講座、ロサンさんが育った南インドを訪ねるツアーなど、様々なイベントを開催している。遠くて近いチベットを、ぜひ東京都心で感じてみてほしい。

●information
チベットレストラン タシデレ
東京都新宿区四谷坂町12-18
アクセス: 都営新宿線「曙橋駅」より徒歩4分
営業時間: 平日11:00~15:00・17:00~22:00、土日祝11:00~22:00(
定休日: 水曜日(祝日は営業、翌日休)

※価格は全て税込