池袋から西武池袋線で約30分。埼玉との境にある東京・東村山の秋津駅近くに、日本でも珍しいエジプト料理店「スフィンクス」がある。エジプトというと古代文明のイメージが強すぎて、正直どんな料理なのかピンとこない。エジプト人シェフがいるというが、はるか離れたエジプトから、なぜ日本のこの街にやってきたのだろうか。
理由はシンプル「小さい頃から日本が好きだったから」
秋津はベッドタウンとして発展したローカルな街で、西武池袋線の秋津駅とJR武蔵野線の新秋津駅が近接しており、2駅間を庶民的な商店街がつないでいる。ちなみに、日本在留のエジプト人は2,091人(2017年6月、法務省調査)いるというが、日常の中で出会う機会はまずない。秋津にエジプト人コミュニティがある、という話も聞いたことがない。
ランチタイムに店を訪れると、店主でシェフのムハンマドさんが迎えてくれた。来日して7年になるという。六本木のエジプト料理レストランで働いていたが、4年半前に結婚したのをきっかけに独立し、日本人の奥さんの地元である秋津に店を構えた。
六本木と同じ東京都内なのに、ローカルな秋津の環境に最初は驚いたが、すぐに馴れた。「私が育ったのは、首都カイロから車で1時間ほどのカフルアッシャイフというローカルなエリア。農業が盛んで、秋津と同じでリラックスできるところでした」と話す。
日本に来た一番の理由は「小さい頃から日本が好きだったから」とシンプルだ。親しい友人が仕事で日本に住むことになり、「これはチャンス!」と、ムハンマドさんは1年後にその後を追ったという。
幼い頃は日本のアニメ『キャプテン翼』や『未来少年コナン』に夢中になった。志村けんさんの「バカ殿シリーズ」も好きだったそうだ。「テレビ、オーディオ、バイク、車。日本はテクノロジーナンバーワンの国です」と、最先端・最高級のテクノロジーの国としても、日本に対して憧れを抱いていた。
日本人女性はエジプト人から好印象!?
エジプトのカイロでも、レストランでシェフをしていたムハンマドさん。旅行者が多く訪れる店だったので、日本人観光客と接する機会が多かったという。「本当に日本人は優しい。日本人女性は目が小さくてカワイイ(笑)」と、好印象を抱いていたそうだ。彫りが深いムハンマドさんには、うれしいことに、平面的な日本人の顔がキュートに映るようだ。
日本人は優しいだけでなく、底知れぬパワーを秘めた国だとも語る。「ナガサキ、ヒロシマ。そこから日本はナンバーワンのテクノロジーの国になりました。すごいことです」と日本を絶賛する。筆者は、「敗戦後の日本を復興させてもいないし、テクノロジーにも携わっていないのに、こんなに褒め言葉を浴びていいものだろうか……」という気持ちになってきた。
来日し、憧れていた富士山や桜、お台場や古い建造物を生で見たり、琴の音を聞いて感激した。北海道や大阪など行ってみたいところもいろいろあるが、多忙でなかなか叶わない。その一方で、「回転寿し」「立体駐車場」など、日本の優れたテクノロジーを日常の中で目にすることができる。「日々の生活で日本を楽しんでいます」と笑顔。
日本食に対しては、残念ながら、全般的に匂いが苦手で口に合わないらしい。生ものもダメで、回転寿しでも炙り海老マヨやツナなどを選んでいるそうだ。「でも、焼きそばは大好きです。唐揚げ、フライドポテト、ハンバーガーも。『サイゼリア』はピザもパスタもおいしい!」とのこと。
ムハンマドさんと話していると、奥から来日中の弟さんが現れた。幼い頃から偏食で肉も野菜も苦手な彼や、エジプト人の仲間たちも、「サイゼリア」はお気に入りだそうだ。
炭水化物&豆を多様なスパイスで
話をうかがっているところに、エジプトのファストフードだという「コシャリ」(1,000円/ランチセット)が運ばれてきた。米、マカロニ、ひよこ豆、レンズ豆をトマトソースで和えたものに、揚げタマネギをトッピング。ダブル炭水化物&豆類と、見るからにおなかにたまりそうな一品だ。全体を混ぜてからスプーンで食べる。
柔らかなマカロニ、優しく潰れる豆類、フライドオニオンのカリカリ感と、様々な食感が一口で味わえるコシャリ。手軽に食べられるが調理に手間がかかるので、店で食べる方が多いという。エジプトでは街中のあちこちにコシャリ屋があり、朝昼晩問わず、小腹が空いた時に食べるそうだ。
エジプト人の主食は米とパスタ、エーシュというパンだ。肉は主に牛肉と羊肉、鶏肉。海に面しているのでシーフードも食べる。野菜は日本人にも馴染みのあるモロヘイヤ、そら豆、オクラなどを好む。エジプト料理では約20種類のスパイスを使うが、個人の好みで辛味を足すスタイルなので辛さが苦手な人も食べやすい。中東とアフリカの境にあるエジプトの料理は、周辺国の人々にも好まれているそうだ。
「エジプトの朝ご飯は12時頃まで。ランチは17時から19時くらい」とのことなので、必然的にディナーは更に遅くなる。日に5度の礼拝もあり、生活リズムは随分日本と異なるようだ。
米もデザートに変身!
デザートに「ロズ・ビ・バン」(500円)をいただいた。エジプトのコシャリ店では、米つながりなのか、大抵どこにでもロズ・ビ・バンを置いているという。米を甘くスパイスとミルクで煮た、どこか懐かしい味の冷たいミルク粥と、歯ごたえあるトッピングの食感の対比がいい。
ムハンマドさんの感覚では、この数年で日本でのムスリムの人の暮らしやすさはかなり向上したという。ハラル食材(イスラム法で許された食材、料理)が手に入りやすくなり、まだ数は少ないが、駅や空港、大型施設に礼拝室も設置されるようになった。
他国で暮らすエジプト人の友人の中には、ムスリムということで嫌な思いをしている人もいる。「でも、日本人はムスリムだと言っても、『そうですか』と普通に受け入れてくれる。ムスリムでも、クリスチャンでも、日本人は気にしないです」とムハンマドさん。
近々、都心部にも出店予定のムハンマドさん。「まだまだ知られていないエジプト料理を、日本人に広めたいと思います」と語る。マイルドなエジプト料理は、日本人に受け入れられやすい味だろう。日本を愛してくれるムハンマドさんに、ぜひその魅力を広めてほしい。
●information
エジプシャンレストラン スフィンクス
東京都清瀬市野塩5-291
アクセス: 西武池袋線「秋津駅」より徒歩3分
営業時間: 11:00~15:00、17:00~24:00
定休日: 月曜日
※価格は全て税込