7月2日からポーランドの古都クラクフで開催されている世界遺産委員会。日本から推薦していた「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、5月に諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)から8資産の内、4つを除外するように求められ、条件付きの登録勧告であった。9日の委員会での審議において勧告を覆す一括登録となり、地元も喜びにわいている。

九州本土にある宗像大社辺津宮。三女神の三女である市杵島姫命が祀られている

今回、審議の状況や今後の課題について、世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがった。

イコモスが判断したつながりの意味

――当初は7月8日の夜に決定するのではとも言われていましたが、9日に審議がずれ込みましたね。

本田さん: 今回は、新規登録と既存の遺産の範囲拡大登録をあわせた33件の審議が予定されており、スケジュールでは7月7~9日の3日間が割り振られていました。日本の審議は18番目だったので、中日(なかび)となる8日の審議となるであろうと予測されていたんです。ただ、1番目のパレスチナの審議に非常に時間がかかったり、「不登録」や「登録延期」の勧告が出ていた遺産の審議が相次いだので、日本の審議がずれ込みました。

審議の様子は公開されておりインターネットで視聴可能なのですが、ポーランドと日本は7時間の時差があります。そのため、深夜1時になっても日本の順番が来ないので、私も視聴しながらウトウトしてしまいました。結果的には、9日の日曜日の夕方に決定したことでニュース速報が流れ、日本全国がリアルタイムで登録を祝うことができたので良かったのではないかと思います。

――「沖ノ島」は事前の勧告では条件付きの勧告でしたが、改めてどのような条件だったのか教えてください。

本田さん: まず、イコモスより登録が勧告された4資産ですが、これらは沖ノ島とそのすぐ近くにある3つの岩礁でした。これは、4~9世紀の古代祭祀の変遷を示す考古遺跡として価値があるとみなされました。

一方、除外された4資産ですが、沖ノ島に対する信仰の伝統が「宗像三女神(宗像大社)」信仰へと発展して現在に継承されていることを示すものです。九州本土と大島にある宗像大社の社殿と、沖ノ島に対する信仰の伝統を築いた宗像氏の古墳が含まれます。

イコモスは、後者の4資産について世界的な価値とは認められない、また、沖ノ島信仰と現在の宗像大社信仰に継続性は確認できない、という判断でした。日本としては、8資産全体で「海によって結ばれる広大な空間で宗像三女神をまつる」ことを示していたのですが、ここがイコモスに伝わりづらかったのではないかと思います。

というのも、沖ノ島で行われていた祭祀がやがて大島と本土にも伝わったということを三女神の存在でつなげることは、日本人の精神性や宗教性にしてみると特に説明をせずともしっくりくることであり、それでもきちんと日本書紀などの記述を持ち出して説明も尽くしたと思っていたわけです。しかしながら、学術的な視点から見ると、信仰の継承性の説明がつかないとされました。

また、沖ノ島から離れた本土の高台に位置している古墳については、われわれは「宗像氏が沖ノ島を含めた海全体を見守っている、よりそっている」と受け止めましたが、イコモスは沖ノ島信仰との関連性が見受けられないと感じたのだと思います。これらは海を隔てたものであり、目に見えない精神的なつながりを帯びています。勧告を聞いた後に改めて、世界遺産の制度は不動産ありきの物理的価値を重んじるものなのだ、と実感しました。

かなり専門的な話になってしまうのですが、顕著な普遍的価値を有するために満たさなければならない指標として、日本からは「東アジアにおける価値観の交流」、「考古遺跡を守り伝えてきた信仰に対する文化的伝統」、「海上の安全を願う現在につながる信仰」の3点を提示していたのですが、3点目の指標については当てはまらないとされました。

世界が一括登録を支持したわけ

――それが逆転して、一括登録となった要因はなんだったと思いますか?

本田さん: 勧告が出た後、早い段階で地元では8資産の一括登録という方針を固めました。それに向けて、地元や関係者の方々が粘り強く努力をされたというのが、非常に大きいと思います。日本政府とイコモスは既に何度か対話の機会を設けており、勧告を受けるとこれ以上、イコモスに対しての働きかけはできません。

おそらく、実際に審議を行う世界遺産委員会の委員国(全21カ国で構成)にここ2カ月で働きかけたのではないかと思います。開催時に委員会に参加した文化庁長官は、自ら描いた各遺産の関連を示す鳥瞰図を持ち込んで各国に説明されたようですが、そういったことも遺産価値を伝える上で、十分効果があったのではないかと思います。

2013年に『富士山―信仰の対象と芸術の源泉』を推薦した際、三保松原は富士山から40km以上離れていることで、除外勧告が出ていた

思い出すのが、2013年に『富士山―信仰の対象と芸術の源泉』を推薦した時に、同じくイコモスから「三保松原」の除外という条件付きの登録勧告がなされたことです。その時、日本は世界遺産委員会の委員国を務めていたので、各委員国への説明がしやすい状況にあり、そうした活動が「ロビー活動」としてニュースにもなりました。今回はすでに委員国を外れており、いわゆるロビー活動はあまり容易ではなかったと思うのですが、審議時の各委員国の発言を振り返ると、遺産価値がしっかりと伝わっていたように思います。

――委員国からはどのような発言があったのでしょうか。

本田さん: ほとんどの国が、8資産は文化的・歴史的に一体で、分かちがたいつながりがあるという意見を表明しました。韓国は当初、イコモスの審査を尊重して4資産が望ましいという意見でしたが、各国の意見を聞いた後に8資産を認める発言をしています。他には、フィリピンから沖ノ島へ女性が立ち入ることができないことに関する意見がありましたが、日本の代表からは沖ノ島には女人禁制の伝統がありつつも、資産の保全・管理には多くの女性が主体的に関わっていることを説明しました。

ただ、先ほど3つの指標の話をしましたが、議長からの提案により、議論は4資産か8資産かを論ずることに重きがおかれ、指標についてはほとんど議論にならなかったのです。トルコなどごく一部の国は、3つ目の指標もふさわしいと言及していましたが、最終的にはその指標は認められませんでした。

今回の論点のキモが、「現在に至る信仰のありよう、つながり」だったので、構成資産として認められても、指標としては認められていないのが少し残念ではあります。ただ、限られた時間の中でたくさんの審議を行わなければならないので、議論を長引かせないためにもやむをえなかったのかとは思います。

――それにしても、今回の逆転登録は日本にとっては喜ばしいことでしたが、イコモスの見解とは異なってしまったことについて、どう思いますか。