『ファンタスティック(TV)コレクションNo.2 空想特撮映像のすばらしき世界 ウルトラマン』(朝日ソノラマ) 著者私物より

「ウルトラマン」シリーズがすでに過去のものとなり、子どもたちにとっての最先端の流行がランボルギーニやポルシェ、フェラーリなどに代表される「スーパーカー」にあった1977年。子ども向け雑誌ではなく20代の青年男性が読む雑誌『GORO』(小学館)で突如「ウルトラマン」特集が組まれた。

これは、安井氏が『てれびくん』(小学館)の編集者となり、児童向け雑誌などの編集・構成を務めるのと並行して竹内氏と共に企画した、最初の"青年向けウルトラマン"アプローチだった。当時は『未知との遭遇』が公開されたことがきっかけになり、日本でちょっとした「SFブーム」が起こった年。そしてアメリカで『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』が公開されて大人気となり、1978年の日本上陸を大勢のファンが心待ちにしている、というころだった。

記事中の言葉を借りれば、この時期の(青年)怪獣ファンは「わが青春のルーツを資料的に跡付けよう」という意志のもと、ひとつの文化遺産としてデータを保存したい、という熱い思いで活動を行っていたのだ。特集記事には『怪獣倶楽部』『PUFF』に加えて、「宙」の関西支部「セブンスター」発行の同人誌『衝撃波Q』も掲載。「セブンスター」の会長を務めたのは『怪獣倶楽部』にも多くの怪獣イラストを提供した、イラストレーターの開田裕治氏だった。

竹内氏や安井氏は、小学館の学習雑誌をはじめとする児童誌で、『ウルトラマン』~『ウルトラマンレオ』までのシリーズ全般を再浮上させ、当時の子どもたちに「ウルトラマン」シリーズと怪獣たちの魅力を新鮮な感覚でアピールし、その仕掛けは見事に成功。内山まもる氏が学習雑誌に描いていたウルトラ漫画の復刻を中心とした『ザ・ウルトラマン』がヒットし、かたおか徹治氏による新作『ウルトラ兄弟物語』をはじめとする"ウルトラマンの漫画世界"へと発展する。

その一方で、竹内、安井両氏が朝日ソノラマに持ち込んだ企画があった。『GORO』のウルトラマン特集をさらに深く展開させ、『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』の研究ムックとして発行された『ファンタスティック(TV)コレクションNo.2 空想特撮映像のすばらしき世界 ウルトラマン』である。これこそが、「怪獣倶楽部」メンバー諸氏が、その持てる力を発揮して作り上げた"永久保存版"の名に恥じない名作ムックである。

『ファンタスティック(TV)コレクションNo.2 ウルトラマン』は、現在の特撮研究ムックではもはや常識となっているさまざまな要素を"初めて"試みたことでも長く語り継がれるべき存在である。例えば、これ以前の「怪獣図鑑」本では見られなかった「バルタン星人(二代目)」などのシリーズ内で複数回登場した怪獣の写真を、しっかりと別枠で紹介したこと。さらには「ゼットン星人」「シャドウマン」「マゼラン星人マヤ」など、スチール写真が存在しないキャラクターを、35mmや16mmフィルムのコマ焼きによって掲載し、作品中に登場した怪獣・宇宙人を網羅したことだ。これらの意欲的な試みは当時の怪獣ファン(大人から子どもまで)を魅了し、10万部もの大ヒットを記録したという。


「僕は出版とかに携わるつもりはなかったんですが、竹内さんに呼び出されて写真の整理などを手伝ったんです。これは最初のころですね」(原口)


「このムックでは、それまでの怪獣図鑑がスチール中心だったのに対して、意識的にフィルムからのコマ焼きを使っていたんです。合成用に35mmで撮ったフィルムが廃棄される前に、竹内さんがコマを丁寧に取っておいたもの。だからカットによっては、光学合成処理が入っていないネガやポジがあったりしたんです」(金田)


「通常は16mmだけど、合成カットでは精度を高めるため35mmで撮っていたんですね。だからスチールカメラと同じクオリティでジェロニモンの写真などが残っている。ああいうのが今も見られるのは竹内さんのおかげなんですね」(原口)