「高年出産」※という言葉は広く世の中に定着している。それだけメジャーなものになっていることの表れだろう。妊娠・出産は、高齢になればなるほど「リスクが増す」と言われているが、具体的にはどのようなリスクがあり、それらはなぜ起こるのだろうか。順天堂大学医学部附属練馬病院産科婦人科長の荻島大貴先生にうかがった。

「高年妊娠・高年出産」は何が問題になるの?

「高年妊娠・高年出産」は何歳から?

日本では2010年に初めて、初産の平均年齢が30歳を超えた。「当院でも出産する妊婦さんの半数以上は35歳以上」と、荻島先生は言う。日本産婦人科学会によって定義される高年妊娠の年齢は、35歳以上の初産となっている。35歳というと、さほど体力の衰えを感じるころでもなく、バリバリ仕事をしている女性も多いだろう。しかし、赤ちゃんをおなかで育てるという意味においては、いくぶん状況が変わってきているようだ。

実際、高年妊娠のリスクとはどのようなものがあるのだろうか。列挙してみると、「流産、死産、難産、帝王切開での出産、赤ちゃんの染色体異常、子宮内発育遅延、子宮内発育不全、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病」などのリスクが高くなるとされている。しかし、こうした症状は統計的なものであり、高年妊娠・高年出産で必ず何か異常が起こるわけではもちろんない。

異常はなぜ起こりうる?

これらのリスクが高まる理由のひとつは、年齢が上がれば上がるほど、妊娠適齢期に比べて身体が老化していることが挙げられる。実は、高血圧や糖尿病のような生活習慣病として知られるものと同様の変化は、全ての妊婦の体内で起きていると荻島先生は言う。通常、身体はそれに適応するための対応を自動的に行っているが、年齢とともに血管の柔軟性が落ちていたりすることで対処できないと、異常事態となってしまう。

また、男女ともに精子・卵子も老化する。受精卵に染色体異常が起こると、流産のほか、赤ちゃんに異常が起こるリスクもあるという。染色体異常の代表例であるダウン症は、加齢とともにリスクが高まると荻島先生は言う。

年齢が高ければリスクも高まるということを念頭に、産婦人科では、「妊婦さんと赤ちゃんに異常が起こっていないかを注意深く観察していきます」とのこと。何かがおかしいと思ったら、妊婦・赤ちゃんに最善の処置をしていくという。ちなみに、経産婦(出産の経験がある妊婦)は定義上、高年妊娠には当てはまらないが、やはり異常事態が起こるリスクを考慮して観察していく必要がある。

年齢が高ければリスクも高まるということを念頭に、医師は妊婦と赤ちゃんの様子を注意深く観察していく

反面、高年出産では経済・精神面で安定

身体的にはリスクばかりが目についてしまう高齢での妊娠だが、経済的・精神的には20代の頃よりも安定している場合が多いだろう。仕事ですでに実績があれば、復帰もしやすいかもしれない。そのような社会的な面や、それに付随する気持ちの安定という点ではメリットもありそうだ。

母子の健康を考える上で、リスクが低いに越したことはない。しかし、新しい命を育むことは、年齢に関係なく命がけの大事業だ。「リスク=ダメ」ではなく、どんなことが起こる可能性があるかということや、万が一そうなった時にどのような対処がなされていくかをあらかじめ知っておけば、不安をひとつ減らすことになるのではないだろうか。

※日本産婦人科学会では35歳以上の妊娠・出産を「高年妊娠」「高年出産」と表記を統一している
※本文と写真は関係ありません

監修者プロフィール: 荻島大貴

1994年順天堂大学医学部卒業、2000年同大学大学院卒業。現職 順天堂大学医学部付属練馬病院 産科婦人科診療科長・先任准教授。日本産科婦人科学会専門医・指導医、日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本婦人科腫瘍学会専門医・指導医・評議委員、日本がん治療認定機構がん治療認定医、日本周産期・新生児学会周産期専門医、母体保護法指定医。練馬区を中心として城西地区の婦人科がんの診療と周産期医療を行っている。

筆者プロフィール: 木口 マリ

執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。旅に出る度になぜかいろいろな国の友人が増え、街を歩けばお年寄りが寄ってくる体質を持つ。現在は旅・街・いきものを中心として活動。自身のがん治療体験を時にマジメに、時にユーモラスにつづったブログ「ハッピーな療養生活のススメ」も絶賛公開中。