『ゼロ年代の想像力』『リトルピープルの時代』などで常に話題を生み出している評論家の宇野常寛氏が、このほど『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)を刊行した。同書のコンセプトと長年文化批評にて活躍してきた同氏が現在、生活分野に関心を強くしている理由を伺った。

宇野常寛(評論家・『PLANETS』編集長)。著書に『ゼロ年代の想像力』(ハヤカワ文庫JA)『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)など。

生活領域での革命が社会の変化に

ーー『静かなる革命へのブループリント』拝読いたしました。今回は、東急電鉄・渋谷ヒカリエさんとコラボレーションされた「Hikarie+PLANETS」トークセッション第一回「『衣食住』から始まる静かな革命」(同イベントのレポートはこちら)での「衣食住」への注目を背景に、同書の暮らしや生活に関わる側面を中心に伺いたいと思います。まずは、本のコンセプトをお聞かせください。

「タイトルに『静かなる革命へのブループリント』と入っているんですけれども、ここで言う静かなる革命というのは、僕らの生活領域での革命のことです。普段乗っている自動車が変わっていく、使っているWebサービスが変わっていく、都市インフラが変わっていくというようなことが、結果的に社会の大きな変化につながっていくという意味を込めてこの言葉を選びました。出ている人たちは、実際に情報技術の最前線や産業の最前線、社会的起業、研究の最前線にいる人を選びました。この本に出てくる中では、猪子寿之さんや、落合陽一さんといったアーティストをのぞけば、他の人は地味な領域で戦っている人だと思うんですね」

ーー確かに、目立つ舞台というのは違いますね。

「経済誌とかで名前を見ることがあるかもしれないけど、メディアで脚光を浴びているような人たちではなく、実業に近いところで生きている人たちが多いんですね。しかし、彼らのやっていることというのは、マスメディアがその意味を拾いきれていないだけで、社会に対して大きなインパクトを与えているし、与えうると思うわけです。

例えば吉田浩一郎さん(※同書の第2章で登場)は大手クラウドソーシングベンチャーの創業者なのですが、彼はクラウドソーシングを産業から始まる一つの社会運動のようなものに発展させようとする意識が非常に強い人ですね。言ってしまうと今の労働環境では、誰もが正社員になれた時代が終わっていて、そこからこぼれ落ちた人たちをどうするかという問題がずっと放置されている。

そうしたときに誰もが正社員だった時代、まあ、それ自体が幻想なんですが、とにかく戦後的な雇用文化を復活させるのか、それともそんなことは無理なのでその中でフリーターでもちゃんと暮らしていける社会とか、非正規雇用でもしっかりと生きていける社会を作ろうとするのかの二択が存在するわけですよね。そして今はなんとなく前者の方がジャーナリズムでは優勢になっている。

でも、吉田さんは後者の立場を具体的にサービスを立ち上げることで実現しようとしている数少ないプレイヤーだと思うんです。戦後的中流から外れてしまった人々のセーフティーネットを国家が担うのも財政の問題で非常に難しい時代に、民間のサービスでそれをある程度代替できるのではないかというアイデアを実践しているのが吉田浩一郎さんの仕事だと思うんです。

彼の場合ターゲットにしているのは主にデスクワーク系のフリーランスなのですが、彼らがやっていく上で必要な営業行為を優れたWebサービスが代替することによって、社会資本を非常にローコストで獲得できるような仕組みを考えているわけです。それだけでも社会にある程度の規模で定着するととても大きな変化をもたらすと思うのだけど、最近彼が主張しているのはクラウドソーシングを通じて、まさにセーフティネットとなる互助会的な団体が、究極的には保険や共済のような機能を担えないか、という構想ですよね。要するに『労働組合2.0』を作ろうとしている。これは成功すると、ものすごく大きなインパクトになると思うんですね。でも残念ながら今の日本の言論シーンというのは、彼の試みを紹介することすらできていない。そもそもアンテナに引っかかっていない」

「経済誌」の言葉では語れない「文化とか思想の言葉でないと」

ーーそれはなぜでしょうか?

「問題は2つあって、『マーケットの中にある可能性を語るのは、かっこ悪いことだ』という先入観に日本の言論シーンが大きくとらわれていることがあります。恐るべきことに、産業が発展することで社会が変わるとはほとんど考えられていない。『資本主義からは価値は生まれない』なんてこの21世紀に断言する学者先生がでかい顔をして仕切ってるのが、新聞の論壇委員だったりする。これが大きな損失です。実際そういうマーケットで行われていることには知的な試みがあって、しかも社会的な批判力を持っているのです。

今の日本の言論空間というのは、『とうてい実現できないような理想を語ることこそ真のロマンティストだ』という馬鹿げた理論武装で、まったく意味のない議論を続けている言葉遊びと、現実そのものを是認して微調整とバランス調整をやるだけの現状肯定との2つに引き裂かれていて、実際に目に見える形で小達成を積み重ねながら現実を変えていくというものに対して、評価しようという動きがほとんどない。僕はもともと文化論の人間なので持ちジャンルではないのだけれど、日々読者と接していて読者がそういった言葉に全く満足していないというのを感じていたので、違う回路を求めたくなったんですね。

それを思って最初に作ったのが『PLANETS vol.8』(同氏が主宰する文化批評誌)なんですよ。実際にやはりその情報社会の現場で起こっていることや、情報技術の最前線で起こっていることが社会をどう変えていっているかをかなり真剣に特集しています。その反響が圧倒的に実業界から多かったということがあります。手応えを感じていて、僕らも積極的に彼らと交わるようになっていったと。そういった結果、この人の考えていることや実行していることは面白いと思う人がいっぱい出ていて、彼らを紹介する役割を負いながらどう連携していくのかということを考えるようになったのが、僕のここ1年半、2年くらいの動きなんですよ。その第一弾で世界観を描いたのが『PLANETS vol.8』で、その第二弾で各論の紹介に映ったのがこのブループリントじゃないかと思うんですね」

ーー実際にこういう例があるんだという話になりますね。

「そうですね。この本の反響があったら第二弾第三弾も出したくて、まだまだ紹介したい人たちがいるんですよ」

ーーこの本自体は「メルマガPLANETS」(~2014年1月)「ほぼ日刊惑星開発委員会」(2014年2月~)(※どちらも同氏が主宰する『PLANETS』のメールマガジン)に掲載されていたインタビューをもとに書籍になったわけですよね。書籍化することによって読者に届く場所が物理的には広がると思うんですが、今後読者が広がるというように思われるのか、それは狙っていないのかを伺いたいのですが……、そもそも広げていきたいというのはありますか?

「広げていきたいというのはあります。従来のマスメディアでは、彼らは"上手くやった人"という紹介なんですよ。尾原(和啓)さん(※同書の第6章で登場)は"業界の切れ者"という位置づけだし、吉田さんは"ネットベンチャーの雄"、新世代という扱いだと思うんですよね。でも彼らの真価はうまくやったことにあるのではなくて、うまくやったことで成し遂げたことが面白い。それは経済誌の言葉では語れないと思うんです。文化とか思想の言葉でないと、彼らのやっていることの社会的なインパクトとか、意味というものは多分語れない。でも残念ながらそういった視点を持った媒体はないので自分でやるしかなかったし、自分も半分は編集者なので、今一番面白いと思っているものをストレートに追求したいなと思ってメールマガジンで連載していたんですよね」