安彦良和の金言! クールなジャパンに届け!

トークも終盤となり、最後に板野氏は、アニメ史における安彦氏の仕事の重要性を語る。少々長くなるが、ここからの言葉は記録として残すことに意義があると思うので、ほぼそのまま掲載したいと思う。現役アニメーター、あるいはクリエイターを目指す人はぜひご一読願いたい。

板野氏:氷川さんや庵野君に感謝です。今もう二歳以下の子どもを除けばほぼ『ガンダム』というネームバリューは通じると思う。それはアニメを安彦さんと富野さんが支えた証拠、歴史じゃないですか。それは大事なものです。安彦さんの原画集も、後輩に全員買わせました。自分のところにサインを入れて(笑)。安彦さんの絵のところはダメだよ! と言って。

安彦氏:原画集のオファーが来た時、それはちょっとダメでしょって断ったの。そしたら庵野君が来て、えっ? あの庵野君が? と。実際に会ってみると、板野君が"板野さん"て呼ばれていて、庵野君が「板野さんは師匠なんです」と言うわけだ。僕は、君が"板野さん"て呼ばれる顔が思い浮かばなくて久しぶりに会ったら、あ、マゲになったんだ! と(笑)。若い人にとって30年ぶりというのは気が遠くなるような話だと思うんですよ。そういう人たちに言っておきたい。あっという間だよ30年なんて(場内爆笑)。

安彦氏:それとこの原画集はさっきも言ったアバウトだった時代の記録にもなると思うんですよ。アバウトって、日本のアニメにとって大事な要素だと思うんだよね。今アニメは非常にスペシャルな仕事の集積になって、業界的に"クオリティ"と呼ばれているらしいけど、日本のアニメーションは元々クオリティで勝負していないっていうのが持論なんです。

安彦氏:それがいつの間にかクオリティが高いということを、事情も何も知らない世間の人がおだてるようになって、業界もおだてに乗ってクオリティを維持しなければ……そうして、どんどん仕事を細分化している。それはおそらく間違っていると思う。そうやって自分の首を締めてるだけじゃないか、そういう勝負をしたら世界に勝てないんじゃないか、という気がする。それを板野君なんかにも聞いておきたい……が、今日は時間がない(笑)。基本はアバウトなんですよ。そこの中にマインドを込めてやっていたわけ。ある時はゲリラ的に。それが原点だということを、こういう乏しい資料をもとに現役の人たちに知ってもらいたい。

板野氏:本当にネットでの評判を見ても、業界の方がものすごく(安彦氏の原画集を)買われている。この原画集はバイブルになっています。安彦さんのレイアウトとか(キャラの)目力とか、"アバウト"とおっしゃられましたが、感性の豊かさ、人間らしさ、キャラクター性、猫背だったり、力みだったり、全部入っている。それを今育てている「グラフィニカ」っていう会社の新人アニメーターに教えています。

安彦氏:今アニメの仕事はやっていませんが、自分なりにこだわりを感じる仕事をやっております。当てようとか、儲けようとか……そういう仕事はたぶんしていない。日本のクリエーターは、自分のこだわり、やりたいことを作品にしたい、形にしたい、見てもらいたい、ということでやっている。それが共通したスタンスだろうと考えている。その中で、たまたま当たって、長く愛されることがまれにあるわけ。そのまれにあることを果たしうるというのは非常に幸せなこと。その幸せが自分に巡ってくるとは、当時もまったく思っていなかった。今日、いろいろ秘話が出たと思うんですが、もうひとつ秘話を紹介します。

と言って安彦氏は、富野氏と一対一で話した過去を振り返った。

安彦氏:『ガンダム』が当たった時、富野さんと一対一で話をしたことがある。富野さんは「ねえ、安彦くん、俺はね『ガンダム』で10年食いたいんだよ」と非常に生臭い話ですけども、そう言った。僕はその時富野さんに「富野さん安心していいよ、たぶん10年は大丈夫だよ」と言った(笑)。食うというのは下世話なことだけど、我々にとってこれは大事なことです。そのことに関して富野さんはリアルにものを考える人だった。僕は冗談まじりに10年は大丈夫だって言ったら、まさか30年経ってまだこんな状態だとは夢にも思わなかった。でも当時、僕も富野さんもサンライズも(これほどの成功を)望んでなかった、思っていなかった。

安彦氏:この幸せについては十分に感謝しているつもりです。しかし、夢よ、もう一度、なんてことはまったく考えていない。おそらく富野由悠季もそうだと思います。そういうスタンスでクリエイターたちは仕事をしているということを、覚えておいていただきたい。もちろん個人差はあります。ですが、そのスタンスというのは、日本のクリエイターたちの、一種の"男気"で、それがおそらく生命線だと思われる。さっきディテールの話で過ぎた話をしましたけど、もうひとつ過ぎた話をしますと、日本のクリエイターたちは、女であってもね、"男気"で仕事をしている。それが原点、それが世界で通用している原点だと思います。ひとりの男として、板野君にも無理矢理賛同を求めたいが……ねえそうじゃないかい?

安彦良和氏

板野氏:はい、その通りだと思います。葉隠れとか武士道とか、日本に伝わる、金とか名誉とか立場ではなく、自分の信念で動く――という。それは安彦さんや富野さんの背中を見て、石原軍団じゃないですけども、本当にいい作品に携わり、育てていただいた感謝の気持ちがあります。それを後輩たちにも伝えていきたい。ありがとうございました。

最後に板野氏が「今日は久しぶりに先生にお会いできて、僕は裏でサインもいただいて、それだけでも幸せです。本当にありがとうございました!」と心からうれしそうにしていたのが印象深い。『ヱヴァンゲリヲン』の庵野秀明氏が師匠と仰ぐ板野一郎氏がサインをもらって喜ぶ先生、それが安彦良和という伝説のアニメーターなのである。

若い人はこの記事を読んでもどれだけ凄い人なのか、ピンとこないかもしれない。ならば5月31日に発売された『庵野秀明責任編集 安彦良和アニメーション原画集 「機動戦士ガンダム」』を手に取るか、7月31日までお台場・「ガンダムフロント東京」で開催中の『アニメーター安彦良和展』を見に来られるといい。筆者も絵の技術には疎いのだが、展示されている安彦氏の原画と、実際のアニメのカットが並べてあるものを見て驚いた。原画の方がきれいなのだから! ミライさんの目なんか、原画の方が全然美しいのだ。キャラ絵だけなら分からなくもないが、ガンダムまで原画の方がカッコイイのはどういうことなのか?

安彦氏が描いた原画のガンダムの、カメラアイやブレードアンテナ、バルカン発射口にあご、頬などの配置バランスやサイズの比率があまりに完璧すぎて、仕上がったセル画の方が乱れているのだ。作業にかけている時間を考えるととても信じられないのだが、これが先生と呼ばれる人物の仕事なのである。板野氏は、武士道に例えたがまさにそれで、武術の達人の技に等しいといえるだろう。絵を描く人であれば筆者より遥に凄さが理解できるのではないだろうか。

なお、板野氏が現・A-1picturesの社長とトイレに隠れて原画泥棒を待ち伏せした話や某プロでの悲惨な話など、掲載しきれなかったエピソードも多い。「ガンダムフロント東京」でのトークイベントはぜひ生で見ることをおすすめしたい。7月26日には「ガンダムフロント東京」にて、今度は庵野秀明氏と氷川竜介氏のトークショーが行われる。『ガンダム』を当時ファンとして体験し、今や当代きってのアニメ監督となった庵野氏が語る安彦氏の仕事とは? こちらも必聴間違いなしである。

(C)創通・サンライズ