「アニメーター安彦良和展」より

人を褒めない富野監督が褒めた! こだわりが生んだ新制作システム

氷川氏:安彦さんが原画をひとりで描かれるようになったきっかけって何でしょう? 19話の「ランバ・ラル特攻!」からひとりで描くようになったんですよね。

安彦氏:作打ちをやる、原画さんに配る、上がってきたものを作画監督が修正する――そういうやり方の中で、そのシステムに違和感を感じた。作監というのは修正屋だから、原画より(ギャラが)安い。ところがそれは作監の良心に任せるわけだから、フリーパスでもいいわけ。「チェックしました」と言って何もしなくてもお金がもらえる。でもこだわりを持ってる人はとことん直したり、手を入れる。すると原画がほとんど使い物にならなくて、ほとんど作監が描き直しても作監料は変わらない。で、原画料はちゃんと払われる。NGだから原画料を払いませんというのはこの業界にはないんです。

安彦氏:作監も原画も手抜きをしようと思えばいくらでもできてしまう。逆にこだわりを持ってやる人はとことんやる。が、やる人ほど儲からない仕組みになっているわけ。そこでレイアウトやラフ原画、今でいう第一原画(通称:一原)を描いて、若手に渡す。そうすることで一から原画マンが描くより修正の手間が減るのではないか――というシステムを考え、やってみたのが『ガンダム』19話「ランバ・ラル特攻!」だった。

安彦氏:それでやってみたら、まず人の仕事を褒めない富野由悠季(当時は喜幸)がですね、ありがとうって言ってくれたんです。いい仕事をしてくれたと。びっくりしちゃってね。聞き間違いじゃないかって(場内爆笑)。

このやり方はいけると思い、劇場版『ガンダム』と『クラッシャー・ジョウ』でも採用された。しかし若い人を使い、レベルアップを促すにはいいものの、キャリアのある人を使うには気を遣うので難しかったという。

安彦氏:劇場版の『ガンダム』で板野くんなんかとやる時には、アイコンタクトで意思疎通ができるけど。(板野氏の)原画一枚見て、甘いな~って(笑)

板野氏:そうですね(笑)

安彦氏:それで構図一枚(描いて)やって、できればいいわけです。だけど(原画マンに)預ける余地が少ないんで、つまんないだろうと。やっていてつまらないのは、つらいから、やりがいを感じてほしい。それは(さじ加減が)難しい。

氷川氏:板野さんはどうでした?

板野氏:いやー、それは一枚でも多く安彦さんのレイアウトが入っていた方が、ありがとうございます、勉強になりますってなるんですけど、劇場版『ガンダム』のザンジバルの逃げるとこの透過光とか、遊べるとこは遊ばせてくれるんですね。基本的にはレイアウト通りちゃんとやるんですけども、途中で自分なりの遊びを入れて、認められようとがんばるんです。

氷川氏:板野さん、いろいろ安彦さんのレイアウトに描き足してますよね?

板野氏:ガンキャノンの投げる手榴弾にバーニアをつけたりとか、そういうやつ。あと、連邦軍にはジムとボールしかいないのに、鉄人を描いたり(ア・バオア・クーの戦闘で連邦軍の機動部隊にこっそり描き込まれている)。そしたら、色指定の人から「鉄人は何色ですか」と電話がきて「白黒なんで分かりません、青だと思うんですけど」と答えました(笑)

氷川氏:描き込みを増やすというのは(安彦氏的には)どうなんでしょうか?

安彦氏:ディテールをはぶくっていうのは、アニメの至上命題だったんです。ロボットもののデザインやキャラシートを作って見せると、線が多いね、色が多いねって動画マンや色指定の人に言われる。じゃあ影減らそうとか。

氷川氏:『ガンダム』を見ると、青い部分は影があるんですけど、赤の部分は影がなかったり。

安彦氏:あれは妥協です。そうやってなんとかやりくりしているのに、言ってもいないのに描き込みを増やしやがる奴がいるんです。誰とは言わないですが(場内爆笑)。

板野氏:すみません(笑)

安彦氏:こんなに描いて、終わらないよと。そういう奴が出てきて、そうしたところに大友みたいなの(大友克洋氏 『AKIRA』や『スチームボーイ』など)が面白がって介入してくるとまたとんでもないことになる。

それこそがまさにアニメが進歩、発展してきた歴史であることも事実なのだが、安彦氏はディテールの追求は、省略と誇張の技術であった従来のアニメとは逆の方向性であると語り、その是非に一石を投じる。

安彦氏:アニメーターはだんだんオールマイティというのが要求されなくなってきて、メカはメカ屋が、と専門化、分業化してきている。今は下着デザインとか、モンスターデザインとか?

氷川氏:今は弁当デザインもあります。弁当の作監がいるんですよ。弁当アニメの(笑)。

安彦氏:そのようにどんどんスペシャリスト化していく。それが果たして幸せなのか。オールマイティだったというかアバウトだった時代って、いい時代だったんじゃないかな?

板野氏:そうですねえ。

安彦氏:あなたがある意味戦犯なんだけど(笑)。

板野氏:いや、僕はずーっとミサイルや爆発やメカを描かされてきて、拷問みたいなもんですよ。もちろん好きなんですけど、好きだからって毎日カレー食わされたら、ああ……天丼食いてえなってなりますよ。それなのにもっと10倍辛いカレー、100倍辛いカレーって求められてきて、ええー! って。

安彦氏:なかなか(得意分野を)越境できなくなるでしょ?

板野氏:はい。しんどいですね。描き込みといえば、ビッグ・トレーって迷彩じゃないですか。あれは当時、富野さんが(迷彩だけど)引きだからいいよね? いいよね? って(笑)。

氷川氏:そういう(描き込みが敬遠される)時代だったんですね。

板野氏:仕上げの人は恐いですから。当時、スタジオディーンの長谷川さんという社長に、何かの宴会で後ろから殴られました。「板野ぉ! お前の動画は描き込みたくさん、色もたくさんで、仕上げが生活できねえって何人辞めていったと思ってんだ! ふざけんな!」ってケンカになったり。

安彦氏:でもディーンの長谷川君て、押井守のめんどくさいのやってんだよね(場内爆笑)。

板野氏:押井さんは偉いけど、こっちは下っ端だから後ろから殴ってくるっていう(笑) 動画殺しとか仕上げ殺しとか呼ばれましたけど(笑)。

いやはや、アニメの世界というのはかくも難しきものであり。……続きを読む