2016年4月14、16日の両日、熊本県から大分県を中心とする地域で2度も震度7という巨大地震が襲った。筆者の郷土である熊本を代表する景勝地・阿蘇地域は、壊滅的な被害に見舞われた。群発する地震による不安感が影響し、人気温泉地の黒川温泉とて風評被害に見舞われ、大変な苦労をされたと聞く。震災からちょうど1年が経過した2017年4月14日、黒川温泉へ慰問を兼ねて訪ねた。

湯殿が崩落していた黒川荘も完全復活を果たした

大露天風呂が復活!

湯街は外国人観光客も多く見受けられ、すでに活況を取り戻しているかに見えたが、同温泉組合関係者のエスコートで温泉地を視察してみると、完全崩壊したまま、再建の目途すらたたない旅館もある。一方で、朗報もあった。月洸樹という新しい旅館が組合員として加わった。黒川温泉で30軒目の宿なのだそうだ。

さらには、湯殿が崩落していた黒川荘が完全復活した。"肥後もっこす"("頑固"を意味する熊本独自の言葉)の血潮が困難を乗り切り、前に向いて突き進むエネルギーを噴出している。

復活を遂げつつあるわが郷土が誇る人気温泉地は、30軒とも、それぞれの特長を持つ宿があり、どこをご紹介するか迷うのだが、今回は大露天風呂と湯殿を再建した黒川荘を選んだ。温泉街から少し離れた名勝・屏風岩の袂、渓流沿いにある。

ここから先が、黒川荘の離れの「温もりの宿」

母屋はひとり税別1万7,000円~、別邸の「温もりの宿」はひとり税別2万5,000円~。同じ敷地に、リーズナブルな宿と高級な宿が混在する。「温もりの宿」は離れの造りで、建設会社を営むオーナーの趣味が惜しみなく生かされている。遊び心がある設えで、これはこれで高級な宿にして、リーズナブルだと思う。

ただ、黒川荘は料理の評判がいいことから、カップルで使いやすい母屋に泊まり、おいしい料理をいただく利用が、さらにオススメだ。復活した大露天風呂も堪能できる。

母屋も風情ある造り

食のルーツは京都、そして由布院の名旅館

ここの食事スタイルは古典的、ひとつの料理が食べ終えた頃を見計らい次の料理を出す、いわゆる「喰い切り料理」である。久しぶりに部屋食で丁寧に出される旅館風情も悪くないと感じた。国際化の進む日本の温泉地、訪日外国人観光客を受け入れるには、「寝る」と「食べる」を分離するべきという論議がある。しかしながら、彼らは異文化に触れる目的で訪ねてくるわけだから、日本の食文化を敢えてぶつけてやろうではないか。きっと彼らの意にも適っていると思う。

訪ねたのが4月だったため、旬の味覚として、まず「桜鯛の桜粥」が供された。桜海老を配した色彩のセンスを、まだ見ぬ板長に感じた瞬間であった。後半の料理にスッポンを使っていたことから、「むむっ、京都で修業した人だな」という筆者の勘は、翌日、板長の高岡章氏にお会いした段階で見事に外れることになる。

桜鯛の桜粥は目でも楽しめる

同氏は大分県安心院町出身、湯布院の某有名旅館で修業をしたそうだ。その時の師匠が、私の勘通り、京都の某有名料亭の出身ということが真相だった。知ったかぶりはするものではない、と反省。

しかし、料理内容はどれも素晴らしい味と盛り付けだった。八寸に添えられた「菊芋の野菜煎餅」はスペシャリテのひとつだそうで、とても味が良く、季節によって素材を変えるそうだ。このほか、フレンチの技法を使った「牛肉の出汁コンフィー」など、どれも絶品の味にうなった。最後に供された「焙り赤鶏と肥後だご汁鍋」は、ホウトウのように平たくした「だご」(熊本弁で「だんご」の意)が印象的で、熊本出身の筆者の記憶に残った一品。

八寸の盛り付けもいい

特筆すべきは甘味の「苺餡蜜」。季節の果物を添えるだけというケースが多い日本料理では珍しく、丁寧に手作りされていた。粒あん、白玉が入った杏仁豆腐に苺のジュレを添え、ココナッツパウダーまで振ってある。「この板長、甘党だな」と、またまた勘を働かせたが、こちらは翌日「正解」であった。

作り手の顔を連想させる料理だった。きっと心を込めて日々、創作されているのだろう。よく旅館とはオーナーの人間性が現れると言われるが、料理とて同じだ。翌朝、お会いした板長は思ったよりもお若い方で、部屋係さんが「イケメンです」と言っていたように、スタッフにも好かれる「人間性」を感じた。

焙り赤鶏と肥後だご汁鍋は、熊本県人の心にも染み渡る

「ぜひとも遊びに来てください」

黒川温泉と言えば、旅館組合が発行する「湯めぐり手形」が有名である。温泉地の全ての旅館に露天風呂がある。広い露天風呂で有名なのがやまびこ旅館の仙人風呂だが、黒川荘が震災で崩壊した後に再建した湯殿の露天風呂は、仙人風呂に匹敵するスケールだった。由布院温泉・山のホテル夢想園の100畳敷に負けない広さを感じた。名勝・屏風岩を眺めながら源泉かけ流しに浸ると、あの恐ろしい震災が幻のように思われる。

熊本ではいまなお、避難生活を余儀なくされている多くの被災者が困難と闘っていらっしゃるが、我が郷土を想う気持ちとして熊本の観光地の声を代弁させていただくなら、「ぜひとも遊びに来てください」である。観光地にとって訪問客こそ、一番の特効薬なのだ。震災からの復興を遂げる九州人の強さこそ、黒川温泉の真のスペシャリテなのかもしれない。

●information
黒川荘
住所: 熊本県阿蘇郡南小国町満願寺6755‐1
アクセス: JR九州・豊肥本線「阿蘇駅」から九州横断観光バスで1時間程度、黒川温泉下車
1泊2食料金: ひとり税別1万7,000円~(母屋)、ひとり税別2万5,000円~(温もりの宿)

筆者プロフィール: 永本浩司

通信社編集局勤務、広告ディレクター、雑誌・ビジネス書の編集者を経て、観光経済新聞社に入社。編集委員、東日本支局長などを歴任。2004年に転職を決意、外食準大手・際コーポレーションに入社。全国に展開する和洋中華350店舗128業態のレストラン・旅館の販売促進を担当。リゾート事業も担当、日本初、公設民営型の公共事業、長崎県五島列島・新上五島町にリゾートホテル・マルゲリータを開業させた。2015年、宿のミカタプロジェクトを設立。1軒でも多くの旅館・ホテルを繁盛させ「地域の力」を呼び覚ますべく旅館ホテル支援事業を展開。宿泊した旅館の数は全国で数百軒以上、年間の出張回数は150日以上、国内を中心に飛び回る日々。地域デザイン学会会員。