「大雪のため上り列車は10分ほど遅れています」「本日の下り列車は終了しました」など、駅や列車のアナウンスでしばしば使われる「下り」「上り」。どちらも列車の方向を示しているが、坂道に関係なく下ったり上ったりとは妙な話だ。何に対して下ったり上ったりしているのだろうか?

「東京方面が上り」は正しい?

高速道路の渋滞のニュースでも、「東名下りは厚木を先頭に渋滞20km……」というように、「下り」「上り」の表現は道路でも使われる。そもそも、「上り」「下り」と呼ぶようになったのは道路が先。国の首都に向かう方向が「上り」で、首都から遠ざかる方向が「下り」だった。だから明治時代、首都が京都から東京に移るまで、東海道は京都方面が「上り」、東京方面が「下り」だった。関西のお笑いを「上方漫才」「上方落語」などと呼ぶのがその名残だ。

明治時代になり、鉄道が建設される頃には、東海道の「上り」「下り」は東京・日本橋が基準となっていた。これにならって、西行きを「下り」、東行きを「上り」と呼ぶようになった。

山手線と京浜東北線にも「下り」「上り」がある?

鉄道は国の認可や許可に基づいて建設されるから、届出上の起点・終点が定められる。東海道本線だと、東京駅が起点、神戸駅が終点、といった具合だ。そして起点から遠ざかる方向を「下り」、起点に近づく方向を「上り」と呼ぶ。つまり鉄道路線の場合は、法律上の起点はどこかが基準になってくる。国鉄時代は慣例として、東京駅に近いほうが路線の起点となった。これは道路も同様で、東海道の起点となる日本橋が基準だという。

列車のダイヤグラム

ちなみに列車のダイヤグラムでは、起点となる駅を上に、終点を下に設定する。左から右へ時間を進めると、下り列車は下り坂、上り列車は上り坂になる。ただしこれは偶然で、「下り」「上り」の由来ではない。同様のダイヤグラムを使う海外の鉄道では、日本のように「下り」「上り」とは呼ばず、「……駅方面」という事例が多い。

路線の起点を基準にするなら、山手線や京浜東北線にも「下り」「上り」があるのでは? 山手線の起点は品川駅で、渋谷駅、新宿駅、池袋駅を経由して田端駅が終点だ。だから品川から田端へ向かう方向が「下り」、その逆が「上り」になるはず。

……と言いたいところだけど、ご存知の通り、山手線は環状運転をしているため、「下り」「上り」の表現を使うのは不便。したがって「外回り」「内回り」と呼ぶ。大阪環状線も「外回り」「内回り」だ。名古屋市営地下鉄名城線では「右回り」「左回り」を使う。

一方、京浜東北線の場合は、「北行き」「南行き」を使う。京浜東北線は運行される路線の名称で、実際の線路名は、東京駅を境に北側が東北本線、南側が東海道本線となる。「下り」「上り」の表現を使うと、大宮駅から「上り」として走ってきた列車が、東京駅からは「下り」となってしまう。これでは面倒なので、「南行き」「北行き」と呼ぶようになったようだ。たしかにこのほうが、乗客はもちろん現場の職員もわかりやすいだろう。

起点となる駅を基準に「下り」「上り」を使うと、ややこしくなる路線はたくさんある。代表的なのが東京の都心を東西や南北に通る地下鉄だ。届出上の起点と終点はあっても、「下り」「上り」の表現はあまり使わない。現場では、「A線」「B線」などと呼ぶ場合が多いそうだ。

「下り」方向を走るのに「上り」扱いの路線もある

鉄道会社のほとんどが列車番号を用いて列車を管理している。通例として下り列車は奇数、上り列車は偶数の番号になる。新幹線の場合は列車名にも列車番号が使われる。東海道新幹線だと、列車番号「1A」の列車は「のぞみ1号」、「466A」の列車は「ひかり466号」といった具合だ。

ところがこの原則にも例外がある。たとえば中央本線の塩尻~名古屋間。中央本線の起点は東京側にあり、塩尻駅を経由して名古屋が終点となる。これに従うと、東京から名古屋へ向かうのが「下り」、名古屋から東京へ向かうのが「上り」なのだが、実際は名古屋から塩尻方面を「下り」、塩尻駅から名古屋方面を「上り」と呼んでいる。時刻表や駅の案内でもそう呼んでいるし、列車番号も名古屋発の列車が奇数で「下り」扱いだ。同様の事例は紀勢本線和歌山~新宮間でも見られる。

これはおそらく、鉄道本来の「下り」「上り」とは別に、「大都市へ向かう方向が上り」という感覚が定着しており、中央本線のケースでは、名古屋側で実質的に名古屋駅起点のような運行が行われているからだろう。届出上の起点・終点の原則を無理やり使っても利用者の感覚とずれてしまうため、列車と線路の「下り」「上り」が逆になってしまったわけだ。