いまを去ること15年ほど前。1990年代の中頃だが、突如としておかしな自動車が大挙して発売されたことがあった。「おかしな」と言っては失礼なので、もう少し具体的に表現すると、「こんなクラシックカーが新型車として発売されるのか!?」あるいは「こんなクルマが合法的に公道を走れるのか!?」というような自動車が、同時期にいくつも発売されたのだ。しかも、発売したのは既存の自動車メーカーではない。

代表格はなんといっても光岡自動車。日産マーチをクラシカルにカスタムしたビュートで名を馳せ、1994年にはスーパーセブンのような外観のゼロワンを発売して、日本で10番目の自動車メーカーとなった。同じ頃、ガレージリボンがF3000のレーシングカーを型式取得してナンバーを取得。別の会社はマーチをバンデンプラス・プリンセスそっくりに改造したコペルボニートを発売して話題を呼んだ。

「幻のスポーツカー」トミーカイラZZが10年以上の時を経て復活する

そんな新興メーカー製自動車ブームの中でも、ひときわ異彩を放っていたのがトミーカイラのZZだ。エンジン以外を独自に設計したのはゼロワン(光岡自動車)と同じだが、ゼロワンが実質的にスーパーセブンのレプリカといえるものであったのに対して、ZZは新規にデザインしたもの。世界中のどのクルマにも似ていない、本当の意味でのオリジナルカーだった。

「ジジイ」にちなんだネーミングの特異なスポーツカー

ZZはアルミ製のモノコックシャシーに4輪ダブルウイッシュボーンのサスペンションを取り付け、FRP製のボディを被せたという、ほとんどレーシングカーのような基本構成のクルマだ。エンジンはもちろんミッドシップレイアウト。車重は驚異的な650kgと発表されたが、市販時には710kgとなっていた。

エンジンは日産SR20DEで、最高出力180PS。パワーウエイトレシオは3.6kg/PSと、スーパーカー並みになっている。ちなみに、ほぼ同時期に登場したロータス エリーゼの初期モデルは690kgだが、それは初期のわずかなロットだけで、その後はやや重くなったというのが定説だ。エンジンは118PSでパワーウエイトレシオは5.85kg/PS。ZZがいかにすごいスペックだったかがわかる。

当時、筆者の自宅近くには、なんとも幸運なことにトミーカイラのショウルームがあって、このZZが展示されていた。早速見に行ったが、現車を見たときの驚きは今でも忘れられない。1枚の板のような脱着式のルーフ、何のためにあるかわからない小さなドア、そのドアよりもはるかに巨大なサイドシル。リンケージがむき出しのシフトレバー。鈍重の象徴であるはずのカメをモチーフにしたエンブレム……。

後で知ったことだが、「ZZ」(ズィーズィー)というネーミングも「爺(ジジイ)」からきているらしい。とにかく、何から何まで特異なクルマだった。

次にこのクルマを目撃したのは、とあるミニサーキットでのことだった。といっても実際に走っていたわけではなく、駐車場に鎮座していた。走りを見られない代わりに、オーナーと話をすることができた。そのZZは納車されたばかりで、もちろんサーキットを走るつもりだが、この日はとりあえず様子を見に来たらしい。

「納車されたばかり」のはずなのだが、そのコクピットをのぞき込んで最初に目に入ったのはサビだった。電装品の操作パネルに赤サビが浮いている。

「それはねえ、納車された時点でそんなふうに錆びてたんですよ。えーとね、オプションのヒーター付きで注文したのに、最初、ヒーターなしで納車されてね。いったん返してヒーター取り付けてもらったんだけど、そのヒーターの操作パネルが最初から錆びてて。でも面倒だから、もうクレームも言わなかった」

納車時に錆びていたというのも驚きだが、こうした少量生産のモデルというのは、案外そういうものだ。むしろそれ以上に驚いたのは、ヒーターがオプションだということ。おもな販売場所が日本なのに、 ロータス エリーゼやスーパーセブンでさえ、ヒーターは標準装備されているのに、なんという割りきり方! しかし考えてみると、レーシングカーであればヒーターなどないのが普通だ。つまり、エリーゼやスーパーセブンはどんなにコーナリングが速くとも、その立ち位置はあくまでロードゴーイングカーであるのに対して、ZZは「公道も走れるレーシングカー」ということなのかもしれない。

サーキット愛好家などに高い支持を得るも、あっけない結末に

さらにその後、ZZと対面したのは行きつけの自動車修理屋に遊びに行ったときだった。故障で入庫したのではなく、オーナーが相談に来ていた。キャブセッティングを変更したいが、パーツがどこにも売っていなくて困っているという。ZZのエンジンは前述の通り日産SR20DEだが、インジェクションではなくキャブに換装されている。これはオーナーにセッティング変更を楽しんでもらうためであるらしい。このオーナーは自分でセッティング変更をしようと考えているようだ。経験豊富な修理屋のオヤジさんは簡潔に答えた。

"EV版"トミーカイラZZはベンチャー企業「グリーンロードモータース」が開発を手がける

「どこに買いに行ったの? クルマのチューニング屋? そんなところに売ってるわけないよ。バイク屋だよ、バイク屋!」

きょとんとするオーナー。修理屋に促されるままに近くのバイク屋に行き、30分ほど経った頃に再び戻ってきた。手にはジェットなどセッティングパーツのセットを持っている。

「ホントにありましたよ。バイク屋の人にキャブを見てもらったら、『これです』って……。ZZのチューニングパーツって、バイク屋に売っているんですね」

ZZのキャブはケイヒンのFCR。バイクのチューニングでは定番中の定番なのだ。

さて、爆発的な人気とまではいかなくとも、「史上最強のコーナリングマシン」と言っても過言ではなかったZZ。サーキット愛好家などに高い支持を受けたが、その最後はあまりにあっけなかった。1999年、輸入車に対する日本の衝突安全基準が改正されたことにより、ZZは販売を継続することが不可能になってしまったのだ。トミーカイラは日本の企業だが、ZZはイギリスで生産しているために輸入車扱いだった。

筆者は一時期、サーキット走行に凝っていて、ZZを購入しようと本気で考えたこともある。しかし、中古車も見つからないし予算もない。やはり購入はかなわず、時は流れ、ZZのこともほとんど忘れかけていた。

そんなときに耳にした驚くべきニュース。京都大学発のベンチャー企業「グリーンロードモータース」により、なんとZZがEVスポーツカーとなって蘇るという。すでに国内認証を取得し、この春から予約も始まるというから、発売は間違いないもののようだ。悲運な最後から奇跡の復活。その登場を心待ちにしたい。