ポルシェといえば911。このイメージは非常に根強い。これに対して強い危機感を抱いたのは、他ならぬポルシェ自身だった。自動車メーカーとして、1車種のみの人気に依存していたのでは、大きな成長は望めない。

「早急に『911依存体質』から脱却する必要がある!」、ポルシェがそう考えたのは去年のこと……ではない。もっと前の10年前……でもない。20年前? 30年前? まだまだ。ポルシェが「脱911」をめざしたのは、じつは40年も前のことだ。

ポルシェ ボクスター

「脱911」モデルを次々発表するも「やっぱり売れない」

ポルシェは1965(昭和40)年に911を発売したが、それから7年後の1972年、創業家のポルシェ一族が経営から手を引いた。後を受け継いだ技術者兼経営者のエルンスト・フールマン氏は、その時点で911の設計はすでに古く、世代交代が必要と考え、「新世代ポルシェ」というべき完全新設計のモデルを開発した。それが924と928だ。当時、911は数年以内に生産を終了し、924と928が後を受け継ぐことが既定路線だった。

ところが、ふたを開けてみると莫大な資金を投じて開発した924と928がどうにも売れない。決して失敗作とか不人気というわけではなく、高い評価と一定の人気は獲得したのだが、より高い人気を維持していた911に取って代わるほどの存在感を示せなかったのだ。

ポルシェは売れ続ける911を延命させる一方、924と928、とくに924に執念ともいえるテコ入れを敢行した。ターボモデルを出したかと思えば、924カレラGTというスーパーカーを発売。さらにモデルチェンジを繰り返し、944、968へと進化させた。968では911に先んじて6速MTやバリオカムを採用し、このモデルにかける意気込みを見せつけた。

しかし、やっぱり売れない。

968は1991年に登場して1995年には生産中止と、きわめて短命に終わった。928も同じ年に消滅。それらと入れ替わりに登場したのがボクスターだ。もっとも、968と928は1993年頃からほとんど忘れられた存在となっていたため、多くのポルシェファンにとって、ボクスターに「入れ替わり」とか「後継モデル」といった印象はないかもしれない。ボクスターは996型911とともに、新時代のポルシェを担うべく、ゼロから生み出されたモデルなのだ。

このボクスターは売れた。ようやく、やっと、念願かなってポルシェは911以外のヒットモデルを生み出すことに成功したのだ。苦節数十年での悲願達成だった。その後のポルシェは、まるで911の呪縛から開放されたかのように、カイエン、パナメーラとヒットモデルを連発していくことになる。

総合力でライバル出し抜く実力を持つボクスター

それにしても、ボクスターはなぜそれほどまでに成功したのか?

ボクスターはデザインや走りに加え、実用性、経済性などもバランスよくまとまっている

意地悪な言い方をすれば、924や928は911とまったく違うクルマだったのに対して、ボクスターは911にきわめて近いモデルだったから、といえる。この身もふたもない分析は決して間違ってはいないと思うが、それを別にしてもボクスターはよくできた名車だといえる。

ボクスターはそれほど速いクルマではない。もちろんミッドシップレイアウトのもたらすハンドリングはすばらしいものだが、ライバルを圧倒するようなパフォーマンスを発揮するわけではなく、とくに初期モデルでは車重に対してエンジンが明らかにアンダーパワーだった。それでもボクスターは人気を博したのだ。なぜか?

このように考えてみるとよくわかる。「オープンカーが欲しい」と思った人が、自分の考える条件にかなったモデルを探していくとしよう。一般的な人がオープンカーに求める条件とはどんなものか。コーナーを激しく攻めるピュアスポーツを求める人もいるだろうが、どちらかといえば少数派だろう。

多くの人がオープンカーに求めるのは、日常のストレスを忘れさせるほどの爽快感を味わえて、かつ2人乗車しても旅行ができるくらいの積載性や実用性も兼ね備えていることではないだろうか。「オープンカーに積載性など求めるな!」という向きもあるだろうが、オープンカーの購入を真剣に考えれば考えるほど、やはり積載性は重要なのだ。加えて、価格や維持費が現実的なレベルでなければならないし、それでいて所有欲を満たし、ささやかな優越感をもたらす個性やステイタスも兼ね備えていてほしい。

こういった条件でオープンカー探していくと、ポルシェなどまったく眼中になかった人でも、最後はボクスターに行き着く。実際、ボクスターはその走り、実用性、経済性、スタイリングなどがじつにバランスよくまとまっているのだ。突出した性能を持っているわけではないが、総合力でライバルを出し抜く実力を持っている。

996型911とともにポルシェの命運を握るモデルとして製造されただけのことはあり、ポルシェならではの「わかっているな」と思わせるクルマづくりが、そこにある。