ジャガーというと、一般にはラグジュアリーな高級車のイメージが強いだろう。ゆっくりゆったり乗るクルマだとか、あるいは自分では運転しないようなお金持ちのためのクルマを想像する人もいるかもしれない。たしかにラグジュアリーカーはジャガーの重要な主力商品だし、上品なブランドイメージはジャガーの財産でもある。

しかし、ジャガーは運転を楽しむ人のためのドライバーズカーこそが本分で、もっと言えば、ジャガーはまぎれもないスポーツカーメーカーだ。

ジャガーの新型スポーツカー、Fタイプ

50年の時を経て蘇った後継モデル、それがFタイプ

ジャガーはイギリスの多くの自動車メーカーと同様、紆余曲折を繰り返してきた。設立は1922年までさかのぼり、市販車のボディを作り変えるコーチビルダーとしてのスタートだった。急激な事業拡大と何度かの社名変更を経て、「ジャガー」を冠した社名「ジャガーカーズ・リミテッド」となったのが戦後間もなく。この頃には、ボディだけでなくエンジンやシャシーも含めたすべてを製造する自動車メーカーになっていた。同時に美しいボディデザインだけでなく、パフォーマンスにもこだわるようになり、積極的にレースに参戦する。

ル・マン24時間耐久レースへの参戦を決めたジャガーは、1951年にレース用車両Cタイプを開発。このモデルは自動車史上始めて4輪ディスクブレーキを装備していた。3台制作されたCタイプは初参戦で1台が優勝という快挙。2年後には3台がそれぞれ1位、2位、4位を獲得するという、ほぼパーフェクトな結果を残した。

ジャガーはレースに勝ち続けるため、Cタイプに続きDタイプを開発。当時としては革新的なモノコック構造を採用し、エアロダイナミクスの面でも高いレベルにあった。Dタイプも成功を収め、初参戦の1955年と翌1956年にそれぞれ優勝。その翌年、1957年には1位、2位、3位、4位、6位を獲得するという圧倒的なパフォーマンスを見せつけた。

後にレース活動からは撤退しているが、レースに参加するプライベーターのためのマシン開発は継続し、Dタイプの後継としてEタイプを開発。このマシンは1975年のアメリカスポーツカー選手権で優勝するなどの戦績を残した。その後、XJR-8、XJR-9、さらにXJR-12といったマシンでさまざまなレースに参戦し、ル・マンでの優勝も一度ならず達成している。

C-X16の市販型であるFタイプ。C-X16はクーペだったが、Fタイプはコンバーチブルで登場した

……さて、ここまでお読みいただければ、来年のデビューが予定されているFタイプが、ジャガーにとっていかに重要なモデルかわかるだろう。Fタイプはじつに50年のブランクを経て登場した、Eタイプの後継モデルなのだ。

もちろん、そこには名称以外の連続性は何もないし、ジャガーのスポーツカーの伝統はXKシリーズが受け継いでいることも事実。しかし、だからこそ、Fタイプをいまこそ復活させようというジャガーの意思に、特別なものを感じない訳にはいかない。

Fタイプの登場は2011年のフランクフルトショーでのこと。もっとも、そのときはC-X16という名のコンセプトモデルだった。気品漂う従来のジャガーとは一線を画す若々しいエクステリア、コンパクトな2シーターというコンセプトは、当のジャガーでさえまったく予想していなかったほど大きな反響を呼び、即座に市販化の決断がくだされた。

Fタイプはポルシェを意識している!?

Fタイプという名称を使用することは、市販化の決断に際して決まったようだ。前述のようにDタイプと直接的な関連があるわけではないので、インパクトのあるネーミングで販売にはずみを付けたいという、営業戦略的な判断と考えるのが妥当かもしれない。しかし、たとえそうであったとしても、Fタイプの名前を出した途端、ジャガーファンの評価基準が一気に厳しくなることをジャガーは認識していたはず。それなりの覚悟と情熱を持って開発にあたったことは想像に難くない。

市販化の発表をニューヨーク・オートショーで行い、カモフラージュされたプロトタイプをあえて公開するなど、Fタイプの開発はファンの期待をあおる演出とともに進行した。これもジャガーとしては異例であり、このモデルにかける意気込みの表れといえる。

現時点で発売までまだ間があるとはいえ、内外装やスペックについてはその詳細が明らかにされているFタイプ。どうやらポルシェを強く意識しているらしい。そういえば、まずオープンモデルを発売し、その後でクーペを追加する(と言われている)手法は、ボクスター / ケイマンと同じだ。相変わらず評価の高いポルシェを打ち負かすのは至難の業だろうが、それがかなえば……、いや、かなわないまでも販売や評価の面で正面から渡り合うことができれば、それはジャガーのみの快挙にとどまらない。「ブリティッシュスポーツカーの復権」という意味で、大きな意義のある「事件」といえるだろう。