
ポルシェの歴史を見ていると、時代の変わり目に何か新しいものを作ると、それはリアエンジンの911を引き立たせ、結果として誕生からすでに60年以上を経過している911の脇役を作った印象が否めない。1963年に誕生した911は、空冷フラット6エンジンをリアに搭載した、2+2のスポーツカーとして誕生した。60年以上が過ぎた今も、フラット6をリアに搭載するという基本コンセプト、そして大型化したとはいえそのフォルムは、当時からほとんど変わることなくモダナイズされ、今は最高峰のスポーツカーの1台(当時もだが)として認知されている。
【画像】いま再び注目を集めているトランスアクスル時代のポルシェ944(写真10点)
新しいものが脇役…という意味は、新たな挑戦をポルシェがしても、それが主役になることは、過去現在を通じてない。常にポルシェと言えば、911を指す。もちろん、販売面では今、カイエンやマカンが彼らの屋台骨を支えているだろう。しかし、果たしてそれらのモデルが、ポルシェを代表しているだろうか。答えは否、である。
1970年代中盤、誕生から10年以上が経過した911の旧態化は避けられず、同時に弱小スポーツカーメーカーは、存亡の危機に立たされていたといっても過言ではなかった。そこで彼らが選んだ道は、エンジン搭載位置をフロントに移し、その重量配分を適正化するために、トランスミッションをリアに配置する、トランスアクスル方式をチョイスしたスポーツカーを世に送り出すものだった。
最初に投入されたのは、924と呼ばれたモデル。続いてその翌年には、新たなフラッグシップとなるはずだった928が登場した。924はアウディ製のエンジンを搭載し、生産もアウディのネッカーズルムで行われたから、ポルシェにとってはエントリーモデルであり、それは同時に、VWのエンジンを搭載した914の、後継モデルという見方もされていたようである。一方の928は、ポルシェ設計のV8エンジンを搭載し、サイズも大きくアメリカ市場を狙うにはうってつけと思われていた。だが結果は、本来その時点でフェードアウトするはずだった911を存続させ、さらなる高みへと引き上げる脇役にしか、なれなかったのである。
924の方は価格的にこなれていたことで、それなりの成功を収め、当時はポルシェのベストセラーモデルにもなっていたが、真のポルシェではないという批判が付きまとい、これを解消すべく、真のポルシェを作り出そう、という機運が高まっていた。
そのためにポルシェは二つの道を模索した。ひとつは924のアウディ製エンジンをパワーアップして対応する道。そしてもうひとつは、まったく新しいポルシェ独自のエンジンを作り上げることだった。
実は1981年のル・マン24時間には、その両方のモデルがレースを走っている。車名こそ、ともに924で呼ばれていたが、ひとつはGTPと呼ばれ、もうひとつはGTRと呼ばれていた。GTRの方は、排気量が2リッターでこれにターボを装備した、市販924ターボの発展形。そしてGTPの方は、来たるべき944用の2.5リッターエンジンを搭載したモデルだった。結果は924GTPが、総合7位と大健闘した。
こうして翌1982年、ポルシェはこの2.5リッター4気筒を搭載したモデルを、944として市場に投入することになったのである。以来、944は1982年から1991年まで生産され、各バリエーションを合計した生産台数は16万5000台を超え、名実ともにこの時代のベストセラー・ポルシェに輝いたのである。
新開発された2.5リッターのエンジンは、928用に作られたV8エンジンの片バンクを使ったものという記述が多いようだが、正確にはその設計思想や構造上の手法を数多く共有していたエンジン、と言った方が正しいようである。M44のコードネームをもつこのエンジンは、ボアxストローク、100x78.9mmのサイズを持ち、気筒当たり2バルブのSOHCという構成は、928のそれと同じである。また、三菱が特許を持っていた(当時)バランサーシャフトの技術を取り入れている点も、M44の特徴と言えよう。
M44はその後、1987年にはDOHC16バルブに進化し、1989年にはさらに排気量が2990㏄へと引き上げられた。4気筒エンジンとしてはこの当時最大級の排気量を持つエンジンであった。
結果として時代背景からか、フロントエンジン・ポルシェはリアエンジン・ポルシェの脇役でしかなかったが、カイエンをはじめとしたSUV全盛でポルシェでもフロントエンジンがそれなりに市民権を得ると、このトランスアクスル時代のポルシェも再評価されているようである。
ロッソビアンコ博物館に収蔵されていた944は、ボディサイドにONS Streckensicherungという文字が読み取れると思うが、意味としては、ドイツモータースポーツ国家スポーツ委員会のコース安全車両ということである。つまり、セーフティーカーだ。元々は、ポルシェのテストカーとしての役割を終えた後に、セーフティーカーもしくはペースカーとして使用されたもので、1983年のレース開催時に使用されたとされている。現在はポルシェ博物館に収蔵されているようである。ちなみにベース車両は944ターボである。
文:中村孝仁 写真:T. Etoh