ポルシェといえば911。911といえば空冷エンジン。しかし、それはもう昔話になってしまった。なにしろ初の"水冷911"である996が発表されたのは1997年。もう15年も前だ。蛇足を承知で付け加えると、いまやポルシェで売れているモデルといえばパナメーラやカイエンであり、「ポルシェといえば911」も、少なくとも販売数では昔話になりつつある。

ポルシェは2011年、7代目となる新型ポルシェ911を発表している

初の水冷911に、従来のファンは微妙な気持ちを抱いたが…

996が発表されたとき、その歴史的ともいえる初の水冷911を見た人のほとんどは、なんとも微妙な印象を受けたものだ。微妙な理由その1、事前にわかっていたこととはいえ、先行して発売されたボクスターとあまりにも似ていること。そして微妙な理由その2、ずいぶんと大人びてしまって、もはやスポーツカーとは呼びにくいクルマになっていたことだ。

実際に乗ってみると、その微妙な気持ちはさらに増幅された。広くゆったりとした室内はスポーツカー的なコックピットではなく、運転した印象は「感動」でも「爽快」でもなく「快適」。空冷911のように緊張を強いる研ぎ澄まされた雰囲気はなくなり、気楽に乗れるラグジュアリーカーになってしまっていた。

だが、そんな"がっかり感"をよそに、996は意外と思えるほどよく売れた。なんのことはない。従来からの911ファンや、エキサイティングなスポーツカーを求めるマニアにウケなかっただけで、多くの一般的なユーザーには好評だったのだ。

つまり、911はその方向性を変えた。近寄りがたい硬派なスポーツカーから、万人受けするおしゃれなクルマに……。なんと寂しいことか!

「911はもう終わった」、そう考える911フリークも多かったが、そんなときに登場したのが、GT3やGT2といったレーシーなモデルたちだ。このあたりが、ポルシェというメーカーの非常にニクいというか、ずるいというか、したたかなところで、生粋のポルシェファナティックをいったんがっかりさせておきながら、彼らが立ち去ってしまう前にすっと魅力的なモデルを出してくる。最初はソフト路線のモデルで一般的なユーザーをざくっと取り込み、コアなユーザーはやや遅れて繰り出すスペシャルモデルで囲い込むのだ。

環境性能への要求の高まりに、911はどう応える?

こういった傾向は964の頃から次第に定着してきたものだが、水冷モデルではよりはっきりと、ポルシェならではの「販売戦略」になっている。

空冷911とは対照的に、水冷911はこの15年間で刷新を続けている

カレラとGT3 / GT2の関係は、国産車でいえばかつてのスカイラインとGT-R、ランサーとエボリューションのようなものといえるが、911が違うのは、ベーシックモデルを衰退させることなく、きちんと両立させていることだ。世間の注目はどうしても高性能なモデルに集まるが、商売としては数のさばけるベーシックモデルが売れないと収益が上がらない。

ポルシェはそこのところのバランス感覚が抜群に優れている。ポルシェというと、伝統を守る頑固さとか、ドイツ人ならではの生真面目さといったイメージがあるが、じつは計算高い商売人でもあるのだ。

こうしたポルシェの絶妙な販売戦略により、21世紀を生き抜いている911だが、特徴的なのはその変化が速いことだ。前述の通り、水冷911は登場から15年経つが、997後期モデルでエンジンが、991でモノコックシャシーが完全に刷新された。30年以上に渡ってフルモデルチェンジをしなかった空冷911とは対照的だ。

ポルシェの経営状態が改善され、コストのかかる改良も積極的にできるようになったともいえるが、別の見方をすれば、スポーツカーを取り巻く状況がそれだけ厳しいということでもある。環境問題への対応、早い話が燃費を良くすることだが、その要求が996の開発時には想像できなかったほど大きくなり、エンジンもボディも作り直さざるをえなくなった。

今後も環境性能への要求が高まっていくとすれば、911はどうなるのか。エンジンの効率を突き詰めていくと、リアレイアウトとドライサンプにより、冷却水やエンジンオイルがあまりにも大量である点がネックになるかもしれない。911はどちらも10リットル近くあるが、これではエンジン温度を素早く最適な温度まで上昇させるのが難しい。逆に、同クラスの多くのライバルが8気筒エンジンであるのに対して、6気筒の911は燃費性能の面で有利かもしれない。一般的に燃費性能はシリンダー数が少ないほうが有利だからだ。

あるいは、ポルシェの販売するモデルが非常に増えていることを考えると、911を数多く売るという考えをやめ、燃費性能も追求せずに、より先鋭化したモデルにしてしまうという大胆な方向転換もありうる。その場合は車両価格も大幅に上がり、フェラーリやランボルギーニに近い存在となるだろう。それはそれで見てみたい911の未来像ではある。