隠してません

昨年8月に知人からプロポーズされて、交際期間0日のまま準備を進め、今年の4月25日に婚姻届を提出した。一緒に暮らしはじめて半年以上が経ち、8月には俗に言う結婚披露パーティーというやつも済ませた。いわゆる「新婚ホヤホヤ」状態なのだが、周囲にそう伝えたときの大興奮とは裏腹に、当人には今ひとつ実感がない。

最近よく「ええっ、結婚したの!? この春!? やだ、新婚さんじゃない、んもー、早く言ってよー!!」となじられる。憤慨される。じゃあいつ言えばよかったのよ、と我が身を振り返ってみても、たとえば仕事の打ち合わせの最中に脈絡なく私生活の話を切り出すタイミングなど滅多に訪れるものではない。

電話番号やメールなどの各種アカウントが変わらなければ、戸籍や現住所がどこへ移って誰と暮らしていようが、ソーシャルな人間関係にも影響は出ない。妊娠出産となれば話も変わるのだろうが……。

別に、隠していたわけではない。私自身は「結婚」というステータス変更をそこまで重視しておらず、単なる人生のマイナーバージョンアップと見なしていたため、いちいち報告せずにもののついでにアップデートをかけたという、それだけのことなのだ。

血眼になってません

ひとたび「新婚さん」だとバレてしまうと、詮索好きな人々にとっては格好のターゲットとなる。「相手はどんな人? 長男? 次男? 仕事は? 年収は? お姑さんは同居? 子供いつ産むの? 家買った? ごはんちゃんと作ってる?」……もともと広くは開かない構造である私の心の扉が、音を立てて閉じていく。この人たちは、そんな切り口の質問で、他者の結婚生活について想像や理解が深まると思っているのだろうか? 本当に?

中でも一番厄介な質問は、「どうやってそんな相手を捕まえたの? いつから狙ってたの?」。ゲスな質問をする人は、ゲスな回答が返ってくるまで対象に食らいついて離さない。

「人生ソロ活動」を標榜していた独身主義者の私がいきなり結婚したのだから、裏でコソコソ血眼になって婚活していたに違いない、努力せずに100点満点を取れるはずはないのだから、成功の秘訣を教えたがらないガリ勉に違いない、というわけだ。

「いやー、それが、降ってわいたような話で。求婚されるまで相手のこと異性として見てなかったんですけど、私のほうは失うものも何もないし、それも面白いかなと思って結婚してみたんですよ」と真実を述べてみても、ほとんど納得してもらえない。

仕方なく、「あなたが結婚するなんて、びっくりしたわ!」と言われたら、「ねえ、私もびっくりしました!」と返すことにしている。キョトンとされても気にしない。

そして「新婚さんかぁ、今が一番いいときねー!」と先輩風を吹かされたら、「これから必ず悪くなる前提で言わないでくださいよ、あなたとは違うんですから……」と口答えしたくなる、のを、ぐっと堪える。

後ろ向きでもありません

そう、私のステータスが「独身」から「新婚」へと変更されると、周囲の年浅い既婚者たちが、次々に「新婚」ステージから離脱していく。

これは、新入社員が入ってくると、それまで新米だった若造がほぼ自動的に先輩社員へと昇格するのと同じ仕組みだ。大学では最年長だった学生が、社会人になると会社組織の最下層に配属され、まずは電話番などの雑用から仕事を始める。

「わからないことがあったら何でも訊いてね」は「監視が及ばぬところで好き勝手な行動をとるなよ」であり、「新入りにしてはずいぶん落ち着いてるな」は「もっとフレッシュに振る舞え」の言い換え表現である。やがて数年もすると逆に、「いいかげん新人じゃないんだからさ」と小言のネタに使われる。「新婚」も同じだ。

早く自分自身のペースで立ち回りたい。さっさと平常運行に切り換えたい。「何よあいつ、新婚ぶっちゃってさ」という無駄な風当たりもできれば避けたい。そう思うたび、人前で「この春からこの社会でお世話になります、新婚さんです! 不束者ですが何卒よろしくお願いします!」と挨拶して回る気持ちが萎えていく。

新入社員だと思ってナメられるくらいなら、得意先には中堅社員くらいだと勘違いされていたほうが何かとトクなのではないか。かったるい新人研修をさっさと終えて、早く現場の仕事に専念したいと祈る新入社員の心境である。

別に、隠していたわけではない。結婚するつもりじゃなかった。「ずっと独身でいるつもり」だった。実際に結婚してみたら「ま、こんなものかー」という感想しかない。「どうして結婚したの?」と訊かれても、「新婚生活、どんな感じ?」と訊かれても、ご期待に添える切り返しが思い浮かばない。

周囲に次なる新たな餌食、もとい後続の「新婚さん」が到来するのをじっと待っていたら、自分はこのまま結婚について語る義務を免除させてもらえるのじゃないか。そう思って口をつぐんでいただけなのだ。

それでも、日常ついつい言葉足らずになってしまう部分を、もう少し上手に説明することはできたのかもしれない、とは思っている。そうして口にすることで、私自身、結婚について何かヒントが掴めるかもしれない。私たち夫婦が「新婚さん」でいられる期間は、そう長くはない。今のうちしか書けないことだって、あるかもしれないのだ。

「海へ行くつもりじゃなかった」というタイトルのアルバムに、砂浜へ辿り着いた後のジャケット写真が添えられているように。嫁へ行くつもりじゃなかった、とつぶやき続ける女が、うつむきがちながらも前を向いて、結婚生活をテーマに書いてみたいと思います。しばらくお付き合いください。

<著者プロフィール>
岡田育
1980年東京生まれ。編集者、文筆家。主な生息地はTwitter。2012年まで老舗出版社に勤務、婦人雑誌や文芸書の編集に携わる。同人サークル「久谷女子」メンバーでもあり、紙媒体とインターネットをこよなく愛する文化系WEB女子。「cakes」にて『ハジの多い人生』連載中。CX系『とくダネ!』コメンテーターとして出演中。2013年春に結婚。

イラスト: 安海