アメリカからやって来た3兄弟が、インドの長距離列車「ダージリン急行」で旅して、失われた絆を取り戻そうとする。アメリカ映画だけど、インドの鉄道が舞台。ちょっと変わったロードムービーだ。
ダージリンといえば紅茶の産地。世界遺産の山岳鉄道「ダージリン鉄道」でも知られる。ただし、映画『ダージリン急行』に登場する列車は、インド北東部を走る長距離列車。個室のベッドルームに食堂車、2等車、3等車という編成で、インドの列車旅を再現。ロケでは撮影列車を実際の鉄道路線で走らせている。だから車窓風景は本物。主人公3人の行動を通じて、観客もインドの鉄道の旅を楽しめる。
心が離れた3兄弟と父の死、そして行方不明の母
同作品は3兄弟の絆を深める旅を描き、家族愛をテーマとしている。ハプニングがあるとしても静かな描写で、派手な演出やアクションはない。コミカルな部分も、「腹を抱えて大笑い」という内容ではなかった。前半は淡々と列車の旅が描かれる。後半に起きる事件をきっかけに、3兄弟それぞれの心に変化が訪れる。観客それぞれが、「家族への思い」を強くすることだろう。
インド鉄道の長距離列車「ダージリン急行」に3人の兄弟が乗った。長男のフランシス(オーウェン・ウィルソン)が、次男のピーター(エイドリアン・ブロディ)、三男のジャック(ジェイソン・シュワルツマン)を呼び、疎遠になってしまった兄弟の仲を取り戻そうと考えた。
フランシスは商売で成功しているようで、助手を連れている。ただし、なぜか顔に包帯を巻いてフランケンシュタインのような姿だ。ピーターは結婚しており、もうすぐ子供が生まれるという。こんな旅をしている場合ではなさそうだ。ジャックはプレイボーイの小説家で、家族をテーマとした物語を書いている。
3人が疎遠になったきっかけは、急死した父の葬儀と形見分けらしい。フランシスは旅の予定も食堂車のメニューも決めてしまう。さらには兄弟の結束を固めるためと、さまざまな取り決めを強制する。そんなフランシスにピーターとジャックは反発し、せっかく再会した列車内でも、どこか居心地が悪い。それでも3人は列車の旅を続け、途中で立ち寄った観光地を楽しんでいた。
やっと3人が打ち解けた頃を見計らって、フランシスは旅のもうひとつの目的を告げる。「母さんに会いに行こう」と。父の葬儀にも現れず、行方不明になっていた母が、インドで尼僧になっているらしい。3人が乗った「ダージリン急行」は、実の母の元へ向かって走っていた……。
インドの列車旅を楽しめる映画
「ダージリン急行」は実在の列車ではない。インド国鉄の協力の下、撮影用の列車を仕立てている。撮影列車が走行した路線はインド北西部のラージャスターン州で、ジョドプールからジャイサルメールまでの区間。途中でタール砂漠を経由する。一方、紅茶の産地や山岳鉄道で知られるダージリンはインド北東部。両地点はインドの東西の端である。「ダージリン急行」は、デリーとコルカタを結ぶ大陸横断列車という設定かもしれない。
ロケ地となったラージャスターン州は、インドで初めて観光列車が運行された地域だという。1982年に登場した豪華観光列車「パレス・オン・ホイールズ」は、全室がツインベッドルーム、全車冷房完備、食堂車2両、バー、ラウンジカーなどを備える。デリーを出発し、デリーに戻る8泊のツアーだ。この列車の成功がきっかけで、ラージャスターン州には他に4種類の観光列車が設定されている。
デリーとコルカタを結ぶ観光列車は「マハーラージャズ・エクスプレス」で、6泊7日または7泊8日のツアーだ。1泊あたり約800米ドルとのこと。インドで最も豪華な列車だ。それに比べると、「ダージリン急行」は庶民的な列車かもしれない。なにしろ3等座席車には家畜も載っているし、2等車コンパートメントも質素。1等寝台だって跳ね上げ式の2段ベッドである。食堂車も1両だけだが、料理はおいしそうだ。
物語は落ち着いているけれど、それだけにリアルな列車旅を描いているともいえる。インドの鉄道の旅を一度は経験してみたい。そんな気持ちをかき立てられる作品だ。
映画『ダージリン急行』に登場する鉄道風景
「ダージリン急行」 | ディーゼル機関車+客車7両+食堂車+荷物車という編成。DVDの特典映像によると、客車はカメラの配置を考慮して、内装はすべて取り外し可能。かつて紹介した『シベリア超特急』の客車を、セットではなく実際の鉄道車両で作った。内装にインドの絵師たちが多数参加して、象や模様のひとつひとつをていねいに描いているという。機関車も無数の絵が散りばめられてにぎやかだ。インドのデコトラを参考にしたそうで、よく見ると映画のいくつかの重要な場面がモチーフになっている |
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「ベンガルランサー」 | ラストシーンに登場する列車。こちらも実在しない列車名だ。客車は茶色で、「ダージリン急行」よりも新型にみえる |
タンク貨車 | 3兄弟が最後に列車に乗る駅で、構内に留置されている |
国際空港 | ウダイプール空港の旧ターミナルビル |