オリエント急行殺人事件』は、イギリスの人気作家、アガサ・クリスティーの代表作。トルコのイスタンブールを出発し、フランスのカレーへ向かう列車の中で起きた密室殺人事件に、たまたま乗り合わせた名探偵、エルキュール・ポワロが挑む。

DVD『オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション』(1974年公開、発売元 : パラマウント ジャパン)。現在発売中で、価格は2,625円。
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雪で立ち往生した列車で密室殺人が起きた

トルコ・イスタンブール発、フランス・カレー行きの国際列車「オリエント急行」の1等車個室寝台で、アメリカ人の富豪ラチェット・ロバーツが殺された。薬を飲まされ昏睡したところに、12カ所も刺されていた。部屋には鍵がかかっており、内側からチェーンロックまで使われていた。

別の事件を解決してイギリスへ帰る途中の名探偵、エルキュール・ポワロは、列車を運行するワゴン・リ社の重役に事件解決を依頼される。「運行会社にとっては不祥事だ。次の駅で警察が介入する前に解決して欲しい」。

じつはポワロは、生前の被害者に食堂車で会っていた。何者かに脅迫されていたラチェットはポワロにボディガードを依頼する。しかしポワロは気乗りせず断ってしまった。ポワロは自責の念に駆られて捜査を開始する。雪で立ち往生している列車で起きた事件。しかも現場はポワロの隣の個室である。列車は大雪で立ち往生しており、人の出入りはなさそうであった。犯人はきっと列車内にいる誰かだ……。

ポワロ役を演じたアルバート・フィニーは当時30代だったが、特殊メイクで中年の探偵を好演した。現在は75歳で、今年12月に公開される『007』シリーズ最新作にも出演する予定だ。『007』といえば、初代ジェームズ・ボンド役で知られるショーン・コネリーも、この作品に元英国軍大佐役で出演している。1963年に公開された『007』シリーズ第2作『ロシアより愛をこめて』にもオリエント急行が登場し、ショーン・コネリーは10年ぶり2回目の"乗車"となった。『オリエント急行殺人事件』には名女優、イングリット・バーグマンも出演。アカデミー賞助演女優賞を獲得している。

たった4両編成の豪華列車「オリエント・エクスプレス」

本作品の舞台となった列車・オリエント急行は、1983年にパリとイスタンブールを結ぶ列車として誕生した。1900年代に入ると、西ヨーロッパとバルカン半島方面を結ぶ列車として増発されている。映画で描かれた1930年代は、オリエント急行の列車群の全盛期である。

運行会社はワゴン・リ社。各国の国鉄など鉄道会社に線路使用料などを支払って、独自に集客していた。「定期的に運行する旅行会社主催の団体列車」というスタイルだ。映画に登場するポワロの友人ビアンキは、ワゴン・リの重役という設定である。

運行ルートはイスタンブール駅出発の場面で、駅の構内放送として紹介される。ソフィア、ベオグラード、ザグレブ、プロント、トリエスト、ベニス、ミラノ、ローザンヌ、パリ、カレー。これは主要駅のみの案内で、他にも停車駅がある。事件が起きた場所はヴィンコヴチとブロッドの間で、旧ユーゴスラビア国内。2泊目の夜だった。

編成は機関車寄りから荷物車、食堂車、個室寝台車、特別車。各1両でたった4両編成。乗客は15名。約1週間の長距離運行で食堂車も連結する。運行コストを考えるとかなりの料金になりそうだ。映画だから4両かと思ったけれど、じつは当時も寝台車2両、食堂車1両、荷物車2両で、意外と短い列車だった。もっとも、これはイスタンブール側の末端区間のようで、実際にはヨーロッパに近づくほど客車が増結、分離されていた。本作の中でもビアンキがポワロに部屋を譲り、「あなたはカレーまで行く寝台車に乗りなさい」と言う。特別車は途中で切り離されるようだ。

定期運行としてのオリエント急行は2008年に廃止となっている。しかし、全盛期を再現する観光列車『ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス』は現在も運行中。3月から11月まで、ほぼ週に1便がパリとベニスを1泊2日で往復している。ほかにロンドン~パリ間の昼行便や不定期運行も。全盛期の「パリ~ブダペスト~ブカレスト~イスタンブール」の列車も年1回ほど特別運行されている。映画と同じイスタンブール発の列車はベニス行で、こちらも年1回程度の運行だ。

ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスの日本語サイトでは、客室をイラストで紹介している。映画に登場する客室の再現度の高さがよくわかる。

映画『オリエント急行殺人事件』に登場する列車・駅

蒸気機関車 フランス国鉄が保有していた230型G-353号機。動軸3本の2C形で炭水車付き。
1923年に貨物列車用として製造されたようだ。現役引退後も状態が良いため動態保存となり、
本作の他にもいくつかの映画に出演している。最終作は女性彫刻家の生涯を描いた
『カミーユ・クローデル』で、日本では1989年に公開された。現在も保存されているようだが、
ボイラー故障のため動かず、修復資金が集まらない上に、修理できる技術者も見つからないという
客車 事件が起きた1935年ごろの車両がなかったため、この映画用に製造された。
ベルギーの博物館にインテリアが保存されており、それらの資料を元に復元されたという。
寝台車は2段寝台の個室で、1人1室として販売したり、個人客の相部屋としても
販売されたりしたようだ。また、2つの個室の間の壁にドアがあり、鍵を外してスイートルーム
としても販売された。特別車は座席車。座席のみといっても豪華なソファを並べたラウンジ風の
造作となっている。寝台車より料金は安いと思うけれど、日本のグリーン車よりは格段に上。
満席でなければ横になって眠れそうだ。この車両が事件後はポワロの捜査本部として使われる
除雪車 雪で立ち往生したオリエント急行を助けにやって来る。巨大な鉄板を2枚合わせたラッセル車。
映画ではラッセル車が活動するシーンが何度か挿入され、時間の経過を暗示。
「開通までに解決しなくては」という緊迫感も演出している
イスタンブール駅 フランス国鉄の機関車工場で撮影された。イギリス映画だが、イギリスとヨーロッパは
線路の幅が違い、車両の規格も異なるため、走行シーンなどのロケのほとんどがフランスで
行われた。客車内の場面はイギリスのスタジオで撮影された