高齢になるにつれて発症する可能性が高まる認知症。2016年に発表された厚生労働省の研究報告によると、2025年には、730万人、65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症を発症すると予想されています。

  • 出典:平成29年版高齢社会白書(概要版)

相続においては、認知症により判断能力が低下すると遺言能力がないとみなされ、被相続人が遺書を作成できなくなる場合があります。また、認知症の人が法定相続人として財産を受け継ぐ場合にもリスクがあります。

こうした状況、そしてそこから起こりうるトラブルを回避するためには、認知症になる前の早めの対策が必要です。

そこで今回は、弁護士ドットコム執行役員で弁護士の田上嘉一さんに、親が認知症になる前にすべきことについてうかがいました。

  • 弁護士ドットコム 執行役員 弁護士 田上嘉一さん

認知症の人の遺言能力

「遺言能力」の有無は、被相続人本人が、自ら遺言をすること、遺言の内容、遺言の効果などを理解できるか否かで判断されます。

認知症になるとこの遺言能力が欠けてしまうため、被相続人が遺言を作成することはできません。

ただ、遺言能力は個々の遺言ごとに判断されるため、認知症の診断を受けたからといって、必ずしも遺言能力がないとは言い切れません。

遺言の内容によっては、認知症が相当進んでいても有効、認知症が軽度であっても無効、と判断される場合もあります。

一方で、被相続人が亡くなった後に、「被相続人は遺言を作成した時点で遺言能力がなかった」と、遺言の有効性が争われるケースがあるのも事実です。

こうした事態の発生を防ぐためにも、被相続人の判断能力が健在なうちに遺言を作成するよう、家族間で話し合いをしておくことが大切です。

民事信託(家族信託)を活用した財産管理

遺言を作成しない場合は、「民事信託」契約を締結することによって、被相続人の判断能力が失われた後の相続財産の実質的な帰属先を決めておくべきです。

民事信託とは、財産の所有者(委託者)が、信頼できる家族や親族等(受託者)に財産を託し、託された人は、財産から利益を受ける人(受益者)のために、財産を管理・承継するという仕組みのこと。

委託者が受託者に信託契約した時点で信託が開始されるので、例えば、父親が元気なうちに息子に財産の管理権限を移行する、ということができます。

受託者は財産の所有者になりますが、委託者から財産の委託を受けた目的(信託の目的)の中で所有することになるため、必ずしも自由に財産を利用できるわけではありません。

ただ、信託契約した財産を親のために使用するということであれば、息子が資産運用し、親の老後資金にすることも可能です。

また、すべての財産を信託しておくことで、相続時の財産の把握が容易にもなります。

認知症の人が相続人になる場合のリスク

認知症の人が法定相続人としての権利を持つ場合、たとえば、父親が亡くなり、その配偶者で法定相続人である母親が認知症と診断されている場合、遺産分割協議で正しい判断ができる状況ではないとみなされ、遺産分割協議を終えても「未分割」として扱われ、相続人全員の同意が得られなかったものとして、預金の解約や不動産の名義変更登記が進められない事態に陥ります。

そのような場合、「成年後見人制度」を利用して分割協議を進めることはできますが、成年後見人は法的な権限力が強く、財産を守ることに徹するため、不利な相続ができず、法定相続分(この場合の母親の相続分は1/2)より小さい割合に調整することができません。

こうした状況下では、たとえば、同居する息子がより多くの財産を相続して、それを、母親の介護を含めた今後の生活に役立てる、といった措置をとりたいもの。

それには、父親が元気なうちに家族間で話し合い、あらかじめ遺言を作成してもらうことが必要です。

  • 家族の話し合いが必要

争族にならないために

遺産相続は、場合によっては、親族間での骨肉の争いにまで発展してしまうこともあります。そんな、「相続」をめぐった「争族」にならないためにも大切なのが、早めの備え、家族内での話し合いです。

超高齢化社会の日本において、認知症は深刻な社会問題。決して他人事ではありません。「まだ大丈夫」と思わず、親が元気な今こそ、将来を見据えた対策を始めましょう。

監修者

田上 嘉一(たがみ よしかず)

弁護士、弁護士ドットコム執行役員 早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。大手渉外法律事務所にて企業のM&Aやファイナンスに従事し、ロンドン大学で Law in Computer and Communications の修士号取得。知的財産権や通信法、EU法などを学ぶ。日本最大級の法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や企業法務ポータルサイト「BUSINESS LAWYERS」の企画運営に携わる。TOKYO MX「モーニングCROSS」などメディア出演多数