己のスタミナと精神力の限界に挑む

ロード(一般道路)で実施される種目はマラソンと競歩である。紀元前5世紀、ギリシャのマラトンに上陸したペルシャ軍をアテナイ(アテネ)軍は討ち破る。勝利の知らせをアテナイに伝えるため、若い兵士がマラトンからアテネの約40kmを走り、「われ勝てり! 」と伝えて息絶えたという。そうした言い伝えからその名がついたマラソン。アテネ1896大会(男子のみ)以来、オリンピックでは欠かさずに行われており、数あるオリンピック競技のなかでも最も人気が高いものの1つだ。

競歩は「歩く」速さを競う種目で、常に左右どちらかの足が地面に接していなくてはならない。また、前に振り出した脚が接地してから腰の真下に来るまで膝が曲がってはいけない。オリンピックではロンドン1908大会で、トラック種目として3,500m競歩が行われているが、ロードで行われるようになったのはロサンゼルス1932大会からである。

マラソンも競歩も距離が長いだけでなく、路面の状態や道の勾配、気象条件などの影響を大きく受ける種目である。選手同士、選手自身、そして自然との過酷な戦いに注目しよう。

今大会のマラソンのコースは、以下の通り。

オリンピックスタジアム~富久町~水道橋~神保町~神田~日本橋~浅草雷門~日本橋~銀座~増上寺~銀座~日本橋~神田~神保町~皇居外苑~神保町~水道橋~富久町~オリンピックスタジアム

男子のマラソンはアテネ1896大会から、女子はロサンゼルス1984大会から行われている。距離は42.195km。ロードで行われるマラソンは、坂道のアップダウンや路面の状態などのロードコンディションが選手に大きな影響を与える。そのため、選手とコーチはあらかじめコースを下見して、勝負を仕掛けるポイントや走り方についての作戦を練る。

天候の影響を受けやすいマラソンだが、実際に東京2020大会のマラソンが行われる8月の東京は、気温が30℃を超え、湿度も70%を上回ることが予想される。これはかなり蒸し暑い。そのため水分補給が重要となるが、給水ポイントは選手同士の接触が多く転倒事故が起きやすい場所でもある。

バルセロナ1992大会の男子マラソンに出場した谷口浩美は優勝候補の1人と言われたが、給水ポイントでシューズの踵を踏まれて転倒。その後追い上げて8位に入賞したが、転倒のタイムロスは大きかった。

現在、世界で行われているマラソン大会では、選手と一緒にペースメーカーが走ることが多い。ペースメーカーがいると、選手は彼らについていけば設定のラップが刻めることや、風除けに利用することもできるため、良い記録が出やすいからだ。しかし、オリンピックのマラソンにはペースメーカーがいないため、選手は自分でペースを作っていかなくてはならない。

また、選手同士の熾烈な駆け引きも行われる。仕掛けるタイミング、仕掛けられた時についていくかそれとも自分のペースを維持するか、追い抜くタイミングはいつかなど、注目すべきポイントは多い。マラソン1kmの平均タイムは、男子で3分〜3分10秒、女子は3分20〜30秒。これを上回れば上位に食い込むことができる可能性が高い。ラップタイムにも注目だ。

歩くタイムを競う競歩では、走ってはいけない。両足が同時に地面から離れないかなどを審判員が厳しくチェックし、明らかな反則に対しては「レッドカード」が示される。同一の選手に対して3人以上の審判員からレッドカードが出されたことが確認されると、その選手は失格となる。競歩は、相手選手、自分の記録、気象条件だけでなく、厳しいルールとの戦いでもあるのだ。

競歩は、男子50kmと20km、女子20kmで行われる。「歩く」種目であることから、それほどスピードは出ていないと思われがちだが、男子50kmの世界記録は、ヨアン・ディニス(フランス)が2014年に記録した3時間32分33秒。マラソンのフィニッシュにあたる42.195km地点では、ほぼ3時間の記録になる。フルマラソンを走ったことのある人なら、これがいかに速いタイムかがわかるだろう。それを歩いて記録してしまうのだ。

また、男子50kmは陸上競技で最も距離の長い種目であり、それゆえに最も過酷な陸上競技と言われることもある。ひたすら前を向き懸命に「歩く」競歩選手のストイックさに心打たれる観客も多い。