パワハラ「防止」ならぬ「予防」こそ大切

労働施策総合推進法の改正によって、パワーハラスメント(以下、パワハラ)の防止対策が法制化され、大企業は2020年6月からパワハラ防止措置が義務化され、2022年4月からは中小企業にも義務が課される。

私の営む会社では、2021年春に「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」をリリースした。同講座の特徴は、上司と部下が同じ複数事例を用いたケーススタディを通して、それぞれの立場からパワハラへの共通理解を深め、共に自らの職場のパワハラ予防ルールを作ることを狙いとしたことだ。

もちろん、パワハラについては、上司側の自己理解と誤った行動の修正が先決。まず上司が、部下がパワハラと感じる言動やその理由をよく知ることだ。自分のアンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)に気づき、立場が異なる部下の上司や仕事への思いや違和感をしっかり把握することが重要だ。一方、部下も上司(管理職)の立場や考え、法律への理解が浅いことなどによる誤解から、「バワハラ冤罪」や「逆パワハラ」を起こさないための学びを得ることが大切だ。

その上で、自分たちの職場のパワハラ予防線を互いに話し合うことが望ましい。上司と部下が一緒に職場のルール作りをすることが、働きがいや人材育成を阻害しかねないパワハラ予防となり、みんなが気持ちよく働ける職場づくりにも繋がる。

すでにパワハラが起こってしまった職場で焦って防止にばかり走っても、上司と部下のコミュニケーションがさらに希薄化し、よりハラスメントのリスクが高まる問題が指摘されている。したがって、予め積極的に予防を図ること―すなわち、上司と部下が共通の土俵で相互理解を深めることが大切だ。

以下、その理由と打開策を述べていこう。

パワハラの「グレーゾーン」判断の難しさ

「パワハラ予防講座」を開発した背景には、私たちが十数年に渡り多くの企業・団体で「上司力研修」を開講するなかで、実感してきた問題意識がある。上司と部下の意識ギャップは、いつの時代にも存在した。しかし、終身雇用が瓦解し職場のダイバーシティが進展するなかで、よりナーバスな課題となり、結果としてハラスメントにも繋がっていることに危機感を高めたのだ。

講座開発に先立ち、私たちは企業の課長職と部長職1000人を対象に職場のハラスメントに関する全国調査を実施した(2019年実施・2020年公表)。

40~50代中心の対象者に「自分が部下や後輩から指摘されるリスクを感じるハラスメントは?」と尋ねたところ、セクシャルハラスメント11.1%、マタニティハラスメント3.4%に対し、パワーハラスメント46.6%と、約半数の上司がパワハラをリスクととらえている現状が浮かび上がった(残り38.9%は「特にリスクは感じない」)。女性活躍の気運もあり、さすがにセクハラやマタハラは減少傾向にある一方で、上司の多くは自分の言動が部下へのパワハラに該当しないか危惧しているのだ。

さらに、「職場のハラスメントについて、より詳しく知りたいこと」を質問すると、上位の回答は(1)ハラスメントの被害事例・判例25.3%、(2)ハラスメントのグレーゾーン23.8%、(3)ハラスメントを起こしやすい人の思考・行動特性22.5%、(4)ハラスメントになるか否かの判断基準21.7%、(5)ハラスメントの定義22.1%(複数回答)であった。

パワハラの法律上の定義や厚生労働省が例示するパワハラの類型は、抽象的で概念的だ。法律によるパワハラの三要件は、上司の部下に対する「(1)優越的な関係を背景とした」「(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「(3)労働者の就業環境が害される」言動だとされる。しかし、こうした定義やガイドラインだけでは、働く現場でハラスメントにあたるかどうか判定するのは難しいことが調査で明らかになったのだ。

「ハラスメントの実例・判例」や「ありがちな思考や言動」は何か、特に「グレーゾーン」と「ハラスメントの判断基準」は何なのか。多くの上司は、部下への指導や育成とパワハラとのグレーゾーンに悩み、自分の言動に自信がもてずにいるのだ。

相手への配慮が遠慮になるとパワハラ・リスクが増大!

さらに、調査の自由回答では、上司の悲痛な声も見られた。部下がパワハラの表層理解だけで、上司の日常の言動に「それはパワハラなので、訴えますよ」と迫る例。職場の相談・通報窓口に部下が上司への苦情を過剰に申し立てる例。いわば「パワハラ冤罪」や、部下から上司への「逆パワハラ」になりかねないものだ。

また、パワハラ・リスクを恐れて、「触らぬ神に祟りなし」と部下への関与を控える上司も少なくなかった。こうして「事なかれ上司」が増えれば、上司と部下の信頼関係はますます揺らぎかねない。パワハラ防止への「配慮」が「遠慮」になるとパワハラ・リスク増大につながるという、ジレンマに陥るのだ。

では何が大切か。パワハラを上司だけの問題とせず、上司と部下のコミュニケーションの問題と位置づけ、双方の歩み寄りを促すことだ。上司は部下に配慮しつつも過渡に遠慮せず、育成や活躍支援のためには一歩踏み込むこと。部下も、上司の役割を尊重し、自分自身の成長のためにも報連相など積極的なコミュニケーションを図ること。こうして、互いの誤解を無くしていくことこそが求められるのだ。

前述のeラーニング講座では、上司と部下が共通のグレーゾーンのケーススタディから学び、パワハラ予防への目線合わせを図ることを促している。そして、職場ごとのコミュニケーション・ルールづくり―例えば、「全員『さん』づけで呼ぼう」「相手の話はじっくり聴こう」など―を推奨している。パワハラ予防には、職場ぐるみの取り組みが期待されるのだ。

ぜひパワハラ「防止」に先立つ、「予防」への積極的な取り組みをお勧めしたい。