堤清二氏への憧れからセゾングループを希望

さて、まずは私が大学生だった頃のことです。1985年のプラザ合意によって強烈な円高ドル安が進行し、日銀は円高不況対策として低金利とジャブジャブの資金供給を続けました。実需を遥かに超えるマネーが市場にもたらされたことで、株式や不動産のみならず、あらゆる資産価格が余剰マネーによって高騰したのがバブル経済。今から思えばこれが日本経済のピークでした。

日本がそうしたバブル景気に踊っていた頃、私は社会人になりました。就職活動では、大学の友人たちの多くが金融業界を希望していました。その理由の多くが、「給料が高いから!」でした。事実彼らは銀行・証券・保険・リースといった金融に就職して行きましたが、あまのじゃくな私は人と同じ行動が嫌で、カリスマ経営者として名を馳せていた堤清二さんへの憧れからセゾングループを希望し、結局クレディセゾンに入社しました。とは言え恥ずかしながら、当時の私にはやりたい仕事が特になかったことも事実です。

入社式の翌日、新入社員の人事が発表になるのですが、そこで私はセゾングループに数社あったファイナンスカンパニーのひとつに配属されたのです。金融業務を希望していたわけでない私が金融の仕事に就いたのは、こうした単なる偶然であり、資産運用とのご縁もここから始まったのです。

数千億円もの資金を動かす実戦部隊に配属

実はその頃から私は、良くわかっていないくせに、金融とはお金を右から左へと動かすだけの虚業だと思っていました。メーカーに就職したある友人が言っていた「ものづくりはカタチあるものを世の中に届けられるから、仕事のやり甲斐を実感出来ると思うんだ。」という言葉がずっと心の中に残っており、ものづくりに対する金融というとらえ方は、今に至るまで私の資産運用という仕事におけるバックボーンになっています。

それは本物の金融は決して虚業ではなく、本物の資産運用は経済活動に決して欠かすことのできない重要な金融の役割を果たすものだからです。

前述の通り、1980年代後半の日本経済は未曾有の金余り状態。株式市場も不動産価格も右肩上がりで、日本の名だたる企業はこぞって子会社にファイナンスカンパニーを設立して、財テクともてはやされていた資金運用に血道をあげていました。

そしてこの時期、日本は円高によって相対的に世界のプレゼンスを上げ、国内のみならず海外でジャパンマネーが席捲していました。ニューヨークのロックフェラーセンターを三菱地所が買収して、ニューヨーク市民から反感を買って話題になったのもこの頃です。

日本の大手銀行は、莫大な資金力と株式・不動産による含み益によって、軒並み最上級のトリプルAの格付けを有し、日本の産業界に燦然と君臨していました。そうして各行ともそのスケールを争って過激な貸し出し競争を繰り広げていて、私が居たファイナンスカンパニーには大手銀行が株主に名を連ね、そこから無尽蔵に極めて安価な資金調達が出来、それを資金運用に回して結構大きな収益を上げていたのです。

社員が10数人しかいないそのファイナンスカンパニーに、簿記と会計の浅薄な知識くらいしか持ち合わせていなかった私が新人として配属され、いきなり運用の世界に入ってしまったわけです。

なにしろ数千億円もの資金を右から左に動かす実戦部隊の組織。研修なども一切なく、見よう見まねのOJT教育で資金運用の仕事を覚えていきました。いきなり初心者が大きなポジションを持たされていたわけで、今から思えば空恐ろしい事実ですが、私自身の成長にはもってこいの環境でした。

当時の最先端だった金融テクノロジーにも自然に適合

この会社はけっこうなベテランばかりで、運用の手法も極めて古典的でした。その中で私は一番の若手ですから、まだ柔らかい頭で当時の最先端だった金融テクノロジーにも自然に適合できました。もちろん猛勉強を続けましたが、気が付くと欧米で流行り始めた先端金融商品を扱うのが自分の仕事になっていました。

この時期、世界を席捲していたのがLBOという買収手法によって組成されるジャンクボンドと呼ばれる外債でした。モルガンスタンレーやゴールドマンサックスなどの米系投資銀行から次々と持ち込まれるこれらのディール(案件)を扱うことで、その発行体の資産価値や将来キャッシュフローといった企業分析を実践で学ぶことができ、ほかにも米国の住宅ローン証券(モーゲージ債)や航空機のレバレッジドリース、あるいはスワップ・オプションなどデリバティブを駆使してリスクコントロールを図るポートフォリオマネジメントなど、あらゆる高度な機関投資家の運用の世界を実地で体験する機会を得られたわけです。

こうして世界の金融市場のダイナミズムを感じながら、実に多くの発見がある運用という仕事にどっぷりとのめり込んだこの時期の経験が、私の資産運用における大きな糧になったことは間違いありません。

(すみません、何やら聞き慣れないカタカナ言葉を羅列してしまいましたが、気にせず読み流してくださいませ)

執筆者プロフィール : 中野晴啓(なかの はるひろ)

セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1963年東京生まれ。1987年明治大学商学部卒。同年西武クレジット(現クレディセゾン)入社。セゾングループのファイナンスカンパニーにて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、(株)クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年セゾン投信(株)を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現させるなどにより、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。また、全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にするための活動を続けている。

公益財団法人 セゾン文化財団理事
NPO法人 元気な日本を作る会理事

著書
『運用のプロが教える草食系投資』(共著)(日本経済新聞出版社)
『積立王子の毎月5000円からはじめる投資入門』(中経出版)
『投資信託は、この8本から選びなさい。』(ダイヤモンド社)など

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