「現実を"枠"にしてしまわない」ことが大事

何らかの約束ごとや型、前例などを"枠"にして、その中でものごとを処理できるなら、仕事は楽にさばきやすくなります。"枠"の中で「どうやるか」だけを選択肢の中から選ぶ、というこの思考姿勢を、私は「枠内思考」と呼んでいます。

この「枠内思考」は、すでにある価値を再生産する定型業務をこなすには適しています。しかし、新しい価値を生み出していこうとする場合、この思考姿勢ではうまくいきません。 新しい価値は従来とは違った前提のもとでこそ生まれるものであり、そのためには前提を問い直すことが不可欠なのです。

そういう意味では、定型業務をさばこうとしているのか、新しい価値を生み出そうとしているのかを自覚的に判断する姿勢が必要です。つまり、"枠"を外して考えなければならない場合と、"枠"内で処理したほうがいい場合の区別をつけることが必要なのです。

  • 枠内思考を「外す時、外さない時」の区別が必要

私たちが無意識のうちに前提にしてしまっている"枠"は、実のところたくさんあります。自分の立場や役職、上司の意向や先輩が言ったこと、さまざまな取り決め、前例などが"枠"になりやすいのです。

特に重要な意味を持つのが、目の前の「現実」を動かせない"枠"とし、"枠"の範囲で現状を踏まえて「どうやるか」ばかりを考えていく"現状起点"の姿勢です。

「現実を正確に把握する」ということ自体は絶対に必要なことです。しかしながら、そのことと「“現状を引きずったままものごとを考える」ということを混同してはならないのです。

日本の会社の「役職」という"現実(枠)"

現実という意味では、自分の役職も「現実」の一つです。ビジネスモデルの安定した会社で働く人の多くは、自分の役職が"枠"になって思考を狭くしていることに無自覚です。その狭められた思考が、新たな価値を生み続けることを阻害し、どれほど大きなダメージを日本社会にもたらしているのか、役員を例にとって考えてみましょう。

日本の会社の役員はほとんどの場合、担当部署を持っています。「常務取締役」「〇〇事業部 の事業部長」などといった具合ですが、こうした場合、就いている役職が自分の思考を狭める"枠"になっていることが多いのです。

「この会社におけるあなたの役割は何ですか」という問いに対しては、「私は〇〇事業に責任を持っています」という役職に準拠した答えが返ってきます。多くの場合、役員の頭の中は「○○事業部の責任を持つ」という「役職意識」が占め、"枠"になっている前提の範囲で目の前にある従来型の業務をさばくことが、自分の任務のすべてになっているわけです。

こうした「役職意識」と、私が「役割意識」と呼ぶものの間には違いがあります。日本でビジネスモデルのしっかりとした会社で働いている人の多くが持っているのは、「役割意識」というよりは「役職意識」です。

役員も社員も、各々が役職をまっとうすることで会社は回っていくわけですから、当然といえば当然です。ただ、この役職というのは、与えられている任務の守備範囲がそれなりにはっきりしていると認識されているため、無自覚な“枠”として機能しやすいのです。役職意識で仕事をしている人には、「与えられている」役職が無意識の前提となっているため、与えられたタスク(作業課題)というごく狭い視野に向けての限定的なアンテナしか立っていません。

問題なのは、社員の多くが指示待ちになっていて、誰の守備範囲かがわかりにくい仕事、いわば、サードもショートも自分の守備範囲だとは思いたくない"三遊間のゴロ"のような仕事を拾う人間が少ないことです。「役職意識」に閉じこもったまま仕事をしている人が圧倒的に多いのです。

「役割意識を持つ」ということにはどういう意味があるのか?

一方で、「役割意識」というのは、必ずしも決まった守備範囲("枠"になりやすいもの)がはじめから置かれている、というものではありません。

「そもそも自分はこの会社で、この部門でどういう役割を果たせばいいのだろう」といった"意味や目的、自分が果たす役割がもたらす価値"などを深く思考する姿勢を求められるのが「役割意識」です。

自分の役割としっかり向き合おうとする「役割意識」を持っている社員は、経営にとってはまさに"宝のような人材"であり、当然のことながら、この「役割意識」は役員には一層強く求められます。 役員という存在を"役割"として捉えるなら、最初に来るのが「全社の経営の責任を負う」という"役割"です。

「役員の役割とはそもそも何か」「役員自らが仕事を通してどのような自己実現をめざしているのか」という原点に戻る「問い直し」を重ねることで、役員が持つ役割の範囲や深みが違ってきます。役割を意識し、役員としてのミッションをしっかり考え抜いた上で、その役割の一部を明確にした「〇〇事業部長」などの責務を果たすことが、単なる「役職意識」とは本質的に違う「役割意識」をもって仕事をする、ということです。

新たな価値を生み出し、新たなビジネスモデルの構築することが必須となってきた現代だからこそ、必要とされるのは広い視野でアンテナを立てた「役割意識」なのです。

著者プロフィール:柴田昌治(しばた・まさはる)

株式会社スコラ・コンサルト創業者。30年にわたる日本企業の風土・体質改革の現場経験の中から、タテマエ優先の調整文化がもたらす社員の思考と行動の縛りを緩和し、変化・成長する人の創造性によって組織を進化させる方法論「プロセスデザイン」を結実させてきた。最新刊に 『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新聞出版)。