「軸思考」のルーツである“軸と枠”という考え方

私が「枠内思考」と呼んでいる一種の思考停止状態は、日本の多くの企業で見られます。無自覚に"前提(枠)"を置いたままその前提のもとに「どうやるか」だけを考え、"制約(枠)"の範囲でものごとを処理する、ある意味では効率的で簡便な思考姿勢のことです。

この「枠内思考」という表現は、実は、"軸と枠"という私の捉え方からきています。このような考え方をするようになったのは、20年ぐらい前の話になりますが、私がトヨタの仕事をするようになったことがきっかけです。

当時よく世間では、"金太郎あめ"という言い方で同社が持つ特異な性格を表現 していました。つまり、誰もが同じような行動をするのがトヨタだ、という意味です。私も一緒に仕事をするまでは、そう思っていました。

  • トヨタ式の働き方は「金太郎あめ」なのか?

しかし、実際に近くで仕事をしてみると、どうも私がそれまで持っていた"金太郎あめ"のイメージとは違うのです。確かに行動特性に一貫性はあるものの、型にはまった行動しかしない、というよりは、行動にはかなりの自由度や大胆さがあるのです。

では、なぜトヨタは"金太郎あめ"と言われるのでしょうか。いろいろ考えあぐねた末にたどり着いたのが、トヨタという会社は「"枠"にはまっている金太郎あめ」もありますが、「"軸"を共有している金太郎あめ」がより重要な役割を果たしているのだ、ということです。

「軸思考」とは、"意味や目的、価値"を考え抜く姿勢

「"枠"にはまる」とは、"枠"という型をはめられた状態ですから、すべての行動に規制がかかります。中身というよりは外見、つまり、見た目が同じであることを要求されているのです。これに対して、"軸"を共有している金太郎あめとはどのようなものなのか。この場合の"軸"とはいったい何なのか。

この"軸"を言語化するのは簡単ではありませんが、あえてひとことで言うならば、「"意味や目的、価値"を考え抜く」ということです。「何を意味しているのか、何が大切なことなのかをしっかり考える」という基本姿勢でもあり、「自分の意見」というものを持っている、ということにも通じます。

"軸"は、一般的な意味では、回転するものの中心となる棒のことです。そういう意味で、回転するものの芯となる思考姿勢のことを、私は"軸"と呼んでいます。つまり、同じ金太郎あめであっても"軸"の共有さえあれば、"軸"のまわりは自由に動き回れる、というわけです。

トヨタで育った人の中には、私が「軸思考」と呼んでいるこの思考姿勢を身に付けている人が多く、そういう人が"軸"をしっかりと持って機能しているのが、私が持っているトヨタという会社のイメージだと言えます。

"軸"とは、私の考える「トヨタ的な人物」が共有している「"意味や目的、価値"を考え抜く 姿勢である、と言いました。トヨタのような会社が持っている「軸思考」とはいったいどのようなものか、具体的に見てみましょう。

「失敗から学ぶ」「空気を読む」を"軸"として捉える

例えば 、仕事を任せるときの失敗との向き合い方には、「失敗から学ぶ姿勢を持つことが大切なのだ」という"軸"としての判断基準を共有しているかいないか、の違いがはっきりと出てきます。

部下に仕事を任せる場合、まずは、任せて失敗したときのリスクの大きさを予測します。そして、そのリスクが、自分が負うことができる範囲内であれば、作業を任せるだけでなくリスクを伴う重要な判断も任せます。

この場合、根底にあるのは、「人間は失敗する生き物である」という現実から目をそらさない姿勢です。現実を大切にする姿勢を持っていれば、「失敗を起こすな」という上からの圧力は脅しとなり、委縮しか生まないことは容易に想定できるからです。

大事なことは、失敗したら、どんな小さな失敗であっても隠すことなく表に出し、その失敗の原因を徹底的に究明する。つまり、「失敗から学ぶ姿勢を持つ」という"軸"を大切に共有している、ということです。

もう一つ例をあげてみます。

例えば 、「空気を読む」という姿勢は、往々にして"枠"となって人間の行動を縛ります。空気を読むこと自体が目的となってしまうと、「空気を読んで、本来言うべきことも言わないで済ますこと」が当たり前になってしまうのです。それが平均的な日本人でしょう。

しかし、「空気を読む」という姿勢は、相手や周囲の気持ちを察する能力を前提としており 、 これは「日本人が持つ才能」と言ってもよい側面でもあるのです。この能力を使って、互いの信頼関係を構築することができれば、まったく違った展開も期待できるのです。

つまり、空気をそのまま受け取るのではなく、そもそもの意味を考えるところから始めることです。空気を読んでおしまいではなく、そこにいる一人ひとりがどんなことを考え、何を感じているのか、をもう一度考えることから始めるのです。

こうした相手の気持ちを察する能力を上手に働かせれば、「空気を読む」という姿勢で、お互いにリスペクトし合いながら言うべきは言う、という建設的な人間関係をつくっていくことも可能になるわけです。

つまり、「空気を読む」を単に"枠"にしてしまうのではなく、"意味や目的、価値"を問う姿勢を持ち、"軸"として作用させるということです。

二つの例で見られるように、「軸思考」でいちばん大切なことは何か、と言えば、「常に"意味や目的、価値"について考える姿勢を忘れない」ということに尽きます。

"軸"とは、こうした姿勢そのものとも言えるのです。

著者プロフィール:柴田昌治(しばた・まさはる)

株式会社スコラ・コンサルト創業者。30年にわたる日本企業の風土・体質改革の現場経験の中から、タテマエ優先の調整文化がもたらす社員の思考と行動の縛りを緩和し、変化・成長する人の創造性によって組織を進化させる方法論「プロセスデザイン」を結実させてきた。最新刊に 『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新聞出版)。