「枠内思考」とは?

安定優先の経営姿勢を長年続けてきたことが、安定を重視する社会規範を私たちの意識の中に蔓延させています。その結果、「予定調和」であるとか「前例踏襲」といった思考姿勢が多くの伝統ある会社では当たり前のお作法となっているのが現状です。

では具体的に、「予定調和」や「前例踏襲」という思考姿勢で組織が運営されると、どういう状況になるのでしょうか?

  • 「枠内思考」にとらわれるとは?

「予定調和」というのは、そもそも最初から「確定している結論」に向かって、そこから逆算した道筋をたどっていく仕事の進め方です。担当者は、それが作法なので無意識のうちに予定された結果を念頭に置き業務を処理します。

そのような状態を、私は「結論が『動かせない前提』という"枠"となっている」と表現しています。

この場合、業務は"枠"の範囲(頭の中にある想定)で処理すれば済むので、自分の頭を使ってものごとの本質を深く考え抜く必要は基本的になく、楽で簡便です。

「前例踏襲」も同じです。前例という過去の経験を"枠"として、それをなぞってことを進めればいいのですから、そこでも新しい発想や自分の頭で考えることは必要ないのです。

動かせない前提を"枠"とし、その"枠"の範囲で業務を処理するのは効率的で、気持ちの上でも、頭を使わないという意味でも、楽なのです。この楽で効率的な思考を、私は「枠内思考」と呼んでいます。

楽なほうに流れやすい人間が"枠"をつくる

意識して努力をしない限り、楽なほうを選んでしまうのが人間という生き物です。気がつけば、非常に多くの無自覚な「規範」が"枠"となっているのが現実です。

無自覚な「規範」というのを具体的にあげてみると、予定調和の考え方、前例、上司の意向、お客様の意向、社内の作法、法規、予算、部門の壁などいくらでもあります。無理をして面倒なことを考えるより、それで済むなら考えずに動くことを選択してしまいやすいのが私たち人間です。上司やまわりの空気から、考えないことを望まれていると感じるなら、なおさらそうしてしまう人が多くなるのは当然だということです。

この楽で無自覚な「枠内思考という思考停止状態」は、平成以降、多くの日本の会社がいつの間にかなじんでしまった本質的で致命的な問題点です。

もちろんすべてがそうではありませんが、変化をめざすことが不可避である状況になっているにもかかわらず、無自覚の中にこうした多くの規範が"枠"をつくり上げ、思考停止を呼び起こしてしまっているのです。こういう状況に気づけば、思考停止を排除できなくなっている事態がありとあらゆる肝心なところで起きている、ということがわかります。そして、これこそが日本低迷の発生源と言ってもよいのです。

日本、そして、日本の会社の将来にとって問題なのは、結局のところ、思考停止という現象がまさに日常茶飯な現象となってしまっている、ということに集約されます。

規律や作法や思惑が“枠”となって社員の思考を縛り、制限された行動が強く出る環境の中では、考える力は育つはずがないのです。「枠内思考という思考停止」は、身近で無自覚に根深く存在しているからこそ、最も大きなダメージを与えている、ということでもあるのです。

日本人が持つこの無自覚な思考停止という性向を放置したままだと、経営の中枢(本社部門など)も今まで通りの発想で「混乱回避」を上位に置いた仕事を続けることでしょう。そのようなことでは、前例踏襲で動き続ける組織が減るわけがないのです。これを変えようと腹の底から思うなら、経営陣一人ひとりが本当に本気でチームとなり、組織風土改革も織り込んだ方針の大転換をすることが必須です。今のままだと、どうしても深く掘り下げる思考が働かないままになってしまう、ということです。

「枠内思考」の仕事のしかた

私たち日本人は、「どうやるかしか考えない」とよく言われます。これは言い換えれば、「無自覚のまま前提を置き、それを枠とした制約条件の範囲でどうやるかを考える」習性があるということなのです。つまり、「ものごとの意味や価値、目的」などといった本質に迫る思考をしようとしないのです。

それというのも、特に「考える」という力を持っていなくても、「どうやるか」さえ考えていれば、従来通りの日常業務なら回していくことはどうにかこうにか可能であるため、自分 が思考停止に陥っていることに気づきにくいからです。

「どうやるか」だけでさばくような思考姿勢であっても、予定調和や前例踏襲での対応を求められるだけであれば、特に問題は出てこないのです。

この「どうやるか」だけでさばく思考姿勢こそが、私が問題にしている無自覚の「枠内思考」というものです。つまり、何らかのルールや約束事、または前例などを制約条件として、それを"枠"と捉えることで、“枠”を前提として"枠"の範囲で「どうやるか」だけを選択肢の中から選ぶ、という思考のしかたに無自覚になっている、ということです。

ただし、そんな「枠内思考」が現実の仕事でまったく役に立っていないかというと、そうではない。だからこそ問題が見えにくいのです。あらためて確認しておきたいのは、「枠内思考」は新しい価値を生むことには適していないけれども、従来の価値を再生するオペレーションを実行するためだけなら、「枠内思考」は十分有効に機能しているからです。

著者プロフィール:柴田昌治(しばた・まさはる)

株式会社スコラ・コンサルト創業者。30年にわたる日本企業の風土・体質改革の現場経験の中から、タテマエ優先の調整文化がもたらす社員の思考と行動の縛りを緩和し、変化・成長する人の創造性によって組織を進化させる方法論「プロセスデザイン」を結実させてきた。最新刊に 『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新聞出版)。