日本企業のコンプライアンス研修の実情

いつのころからか、不祥事を起こした企業の経営陣が並んで頭を下げる光景は、ニュースで流れることが珍しくなくなっています。粉飾決算、データ改ざん、パワハラやセクハラ等々、多岐にわたるのが企業におけるコンプライアンス問題です。

問題が露見した後、多くの会社では、問題の大きさによって、再発防止策の検討、施策の浸透などのために事務局が編成されます。再発防止の施策の一つとして、管理職や関係した部署を対象に研修が行われることもあります。事務局では、外部の専門家に講演を依頼するなど、研修に関するさまざまな企画が練られます。

しかし、世の中のコンプライアンス研修には、単にやってはならないことを羅列し、それを連呼する、というような中身のものがけっこうあり、問題の解決につながっていないことが多いように思います。 そうなる理由は、そもそも研修を設計している人たちの思考姿勢が、問題の本質に向かわず、ある前提のもとで「どうやるか」を考えてしまう「枠内思考」になっているからだ、というのが私の仮説です。

コンプライアンス研修をする、という目的でつくられた事務局のメンバーは、「すぐにでも研修を実施することが求められている」という前提に立っています。

したがって、彼らは「何のためにこの研修をするのか」という目的は手早く形式的にまとめ、関心は「効果的な研修をするには具体的にどうすればいいのか」に移ってしまうのです。

  • なぜ、何のため、という「問い」について考えていますか?

本当に時間をかけて議論する必要があるのは、コンプライアンス研修を行うことになった理由、つまり、「そもそも何が原因でコンプライアンス問題がこんなに頻繁に発生しているのだろう」といった「問い」について考えをめぐらすことです。

簡単には答えの見つからないこうした議論を可能な限り深めていくことができれば、コンプライアンス問題を起こす現場に欠けているのは、実は「一人ひとりのコンプライアンス意識」などではなく、「チームとして大事にしたい価値観の共有」であったりする、といったことの理解ができるようになるのです。

コンプライアンス研修がめざすものとは?

ところが、「なぜ?」「どういう理由で?」というふうに、ものごとの背景を深く考え抜く力や経験が不足していると、すぐに「どうやるか」を考える方向に走ってしまいます。これは、「考える」ことと「考えない」ことの本質的な違いが理解されていないことを意味しています。

"考える"ということはどういうことなのか。どういう効果をもたらすのでしょうか。「考える」ことを経験し、「考えない」こととの違いを体感した人は、考えることによって、自分なりに問題を見つけ出すことができるようになります。そうすれば、見つけた問題に焦点を当てて深く議論することも可能になるのです。

研修においても、「この問題を発見しよう」という目的意識さえ明確であれば、狙いをはっきりさせた研修の設計をすることができるはずです。

しかし、現実には、事務局から出てくる対応策は、多くの場合、問題の本質を探求するようなものではなく、今まであった規制をさらに厳しくしていくようなものばかりです。明確なルールさえ持っていれば、コンプライアンス問題を引き起こすような個々の判断の迷いは生じにくくなると考えてしまうのです。

細かな規則をつくり、基準を明確にすることで、何も考えなくても判断できるようにする傾向は、結果として規制の過剰な押しつけをもたらします。こうした場合の規制は、納得するかしないかに関係なく、無条件に自分たちを縛る"枠"として機能するのです。

同じ規制であっても、自分たちが主体的に関与してつくった規制は、意味を理解した上で自分たちが必要としている規制です。そのような規制は、思考に“枠”をはめることはありません。規制の意味が分かっているため、「判断のための基準」としての役目を果たします。

納得できる規制なら「守らなければ」いう主体的な意思が働きやすいのですが、納得できない、意味も腹に落ちていない規制の場合、ミスをしたら、隠せるものなら隠そうとします。しかも、ミスを隠した場合は問題の解決は先送りになり、当然ミスから学ぶ機会も失われ、また同じミスが起きたり、別のミスを呼び込んだりするのです。

コンプライアンス研修で「失敗の本質を探求する問い」と向き合う

ミスを起こしてしまうことはもちろん問題ですが、ミスから学ぶ機会を失うことで、ミスの根本原因に迫るための思考力が使われないことがもっと大きな問題です。

言うまでもなく、本当に問題の再発を防ごうと思えば、問題発生の根本原因を消滅させることが必要です。そのためには、根本原因を明らかにする思考力が求められているということです。

コンプライアンス問題の発生を根元からなくすためには、「なぜこうした問題が生じるのか」という本質を探求する「問い」と向き合い続ける姿勢を養っていくことが必要です。

「なぜ」「何のために」を繰り返しながら問題と真摯に向き合う姿勢があってこそ、失敗から徹底的に学ぶことが可能になり、次の失敗を起こさないための見通しや段取りも見えてくるのです。

研修を企画するために必要なのは、研修の目的や意味、価値を問い続ける思考姿勢と、それを継続していくことによって培われる「考える力」です。

特にコンプライアンス研修の場では、「起こった失敗を題材に経験から学ぶ」ということを研修の“軸”にして、「本質を探求する問い」に向き合うための考える時間を十分にとり、対応力を育んでいくことが不可欠なのです。

著者プロフィール:柴田昌治(しばた・まさはる)

株式会社スコラ・コンサルト創業者。30年にわたる日本企業の風土・体質改革の現場経験の中から、タテマエ優先の調整文化がもたらす社員の思考と行動の縛りを緩和し、変化・成長する人の創造性によって組織を進化させる方法論「プロセスデザイン」を結実させてきた。最新刊に 『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新聞出版)。