人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者である前川孝雄氏が、「人を大切に育て活かす」企業の取り組みに着目。本連載では、その最前線を紹介します。


  • ニューホライズンコレクティブ合同会社共同代表の山口裕二氏(左)と野澤友宏氏(右)、インタビュアーの前川孝雄氏(中央)

ニューホライズンコレクティブ合同会社(以下NH)は、電通の100%出資子会社として2020年11月に設立されました。電通が提唱する「ライフシフトプラットフォーム」は、電通を40~50代で自主退職したミドルの元社員が、個人事業主や法人代表の「プロフェッショナル・パートナー」として同社と最長10年間の業務委託契約を結び、一定の固定報酬以上を得ながらプロフェッショナル人材としての第二のキャリアに挑戦することを後押しする仕組みです。

「人生100年時代」に入り、働く期間が延びるなか、2022年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業の努力義務として定年制の廃止や、70歳までの継続雇用とともに業務委託契約や社会貢献事業への従事支援などの選択肢が示されました。産業構造の大転換によって、DX対応など企業自身の変革と社員のリスキリングやキャリアの見直しも求められています。

経験を積んできたミドルが今後いかに働いていくかは大きな社会的テーマです。そうしたなかで、同社の取り組みは先進的で画期的なものです。共同代表の山口裕二氏と野澤友宏氏から、組織立ち上げの経緯や、これまでの成果や課題についてお話を伺いました。

メンバー90%が「満足」

前川孝雄: まず、NHを立ち上げた当時の背景や思い、そして今日に至るまでの状況をお聞かせください。

山口裕二氏(以下敬称略): NH立ち上げに際し、電通のミドル社員に手上げ方式で、個人事業主に挑戦したい人を募ったところ、200人を超える応募がありました。実は、100人以上希望者がいなければ、この企画は取り止めの予定でしたが、その人数を大きくクリアしてスタートでき、現在メンバーは226人です。また、メンバーの出身部署や年齢に大きな偏りはなく、平均年齢も52歳と、電通のミドル世代の縮図のような構成です。

会社設立から1年を機に、メンバー全員にアンケートを取りました。すると、90%の人が「満足している」「充実している」と回答したのです。これは私たちにとって、大変貴重な指標です。個人事業主になったものの「失敗した」「後悔した」という人が多いのでは困りますが、この数字からまずは成功したと捉えています。

前川: その数値結果は大きいですね。「満足」や「充実」の理由は、どのようなものですか。

山口: やはり何よりも一番に、「自分のやりたいことができている」ということです。また、「働く時間や場所の自由度が大きい」ということも挙げられています。

前川: とても納得がいきますね。山口さんは電通からの出向で代表に着任され、野澤さんは電通を退職して契約メンバーの立場から代表を務めておられます。野澤さんのご感想はいかがですか。

野澤友宏氏(以下敬称略): 私は1999年入社で、ぎりぎりNHメンバーに参加できる年齢でした。私もNHの制度設計に関わっていましたので、NH参加希望メンバーの社内募集をした約1か月半の間、社員からの様々な質問や相談を受けました。なかでも、同期入社メンバーとのやり取りは印象的でした。

同期の最終的な応募者は数名でしたが、NH への参加の有無に関わらず、相談に応じた全員から「ありがとう」と感謝されました。その理由は、これだけ自分の今後のキャリアを真剣に考え、家族ともじっくり相談する機会は今までなかったからというのです。自分は電通を辞めるのか辞めないのか。辞めるなら一体何がやりたいのか、徹底的に考えられた。電通で本当にやりたいことが再発見できた人にも、収穫だったわけです。

一緒に自分探しができる仲間がいることが大事

野澤: また、NHに来た人で、やりたいことが明確で、スタートダッシュで取り組めた人は、当然満足感が高かったでしょう。ただ、当面の仕事を選びながらも、この1年間、本当にやりたいことをさらに模索し続けたことが有意義だった人も少なくないと思います。本当に自分がやりたいことはそう簡単には見つからず、少しずつ手探りで探していくものではないでしょうか。その試行錯誤が許される仕組みであるところも、NHのよい所だと思います。

前川: よくわかります。私がミドル世代から受ける相談で、特に大企業で自分の職責を真摯に果たしながら働いてきた人ほど、「自分がやりたいことが、わからない」という人が多いのです。NHでは最長10年間という猶予期間に試行錯誤しながら自分がやりたいことを模索できることが、とても貴重なのですね。

野澤: 自分のやりたいことがわからない人が、いきなり組織を飛び出して、一人で探すのはとてもきついことです。一緒に相談したり行動できる仲間がいると、心強い支えになります。

また、自分の才能には自分では気づきにくく、案外他人のほうが見つけやすいのです。「それ上手だから、ぜひ頼むよ」「それ、ぜひ一緒にやろうよ」と他人から依頼や誘いを受けたことで、「自分はこれに向いているんだ」「これが好きなんだ」と気づくことが多いのです。人は、人との関係性のなかで才能を自覚したり、活かされたりするものだと思います。

前川: 元電通の社員のなかにはスター・クリエイターのような人もいて、そういう人はすぐにスピンアウトして、さらに活躍できるかもしれません。しかし、大半の人は自分のキャリアに対してモヤモヤしている。NHは、そういう人たちのよき受け皿にもなっているのですね。

真剣にチャレンジするミドルの高い学習意欲

前川: 現時点で、NHへのメンバーからの評価が高い理由がわかりました。では、約1年間取り組まれてきての、成果と課題について教えてください。

山口: NHには、大きく3つの組織があります。一つは「アカデミー」といって、個人事業主のメンバーに仕事に必要な知識を学んでもらうことや、さらにメンバーが教える側になることを企画・運営している組織です。

第二は「ビジネス・ユニット」という、NHが電通その他から依頼された仕事をメンバーとつなぐための組織です。

第三は「コミュニティ」というメンバー同士の仲間づくりをサポートするもので、時々のテーマ別活動や、好きなことを仕事に変えていくサークル活動を支援する組織です。どれもまだ立ち上げて1年以内ですので、試行錯誤の段階ですね。

野澤: 私は「アカデミー」担当ですが、メンバーのライフシフトに必要な講座を30ほど作ってきました。大きく、マインドセットとスキルセットの分野があります。マインドセットとしては、大きな組織から個人事業主への転身にあたっての心構えや、いかにして働きがいや生きがいを得ていくかなどについて、学びや気づきの機会をつくります。スキルセットでは、ITスキルやコミュニケーションスキル、また企画書づくりなどを習得します。今はまだ整備中で社内研修組織のような段階ですが、先々は他企業にも学びを提供できる、NHの看板となる事業組織に育てることが目標です。

前川: 電通の社員だけにではなく、幅広く他社の社員にも提供していく構想なのですね。

野澤: はい。まだ立ち上げて間もないので成果というのはこれからです。

山口: 先ほどの1年目のメンバーアンケートでは、88%の人が学びを実践していると回答しています。一般に日本のビジネスパーソンは学ばないといわれるなかで、高い数字です。

経済産業省の人と話していて、どうすればこのようにミドルが学ぶようになるのかと問われました。それは、やはり独立へのチャレンジに真剣だからに尽きるでしょう。

あるメンバーは55歳で、あと5年で定年だが、80歳まで働き続けたいと。それにはあと25年もあり学ばないとだめだと考え、中小企業診断士の資格に挑戦し取得しました。そうした時間軸で自分のキャリアを考えれば、自ずと学習意欲も高まるのです。

前川: 自ら退路を断って会社を辞めてNHに参加し、10年の〆切も意識して自律をめざすからこそ、真剣に学ぶ人の出現率も高いのですね。

ミドルが蓄積してきた知識やスキルを「見える化」することが重要

前川: 仕事の紹介を行う「ビジネス・ユニット」については、どのような課題感がありますか。

山口: メンバー自身が自分で仕事を開拓することが基本ではありますが、1年経つ中で、NHとして仕事の依頼を受ける件数も増えてきました。

しかし、依頼された仕事を必ずしもメンバーが望まない例や、マッチしにくい例が出ています。「学校の校長先生をやってください」(笑)との依頼に、メンバーの手があがらず断わった例もありました。依頼内容そのものが曖昧との問題もありますが、一方で、メンバーのスキルをもっとしっかりたな卸しして、「見える化」しておく必要があると感じています。そのことで、依頼者にもわかりやすく、依頼に対し的確なメンバーでチームを組みアサインでき、メンバーの持ち味を活かしやすくなります。

前川: この課題は、日本の大企業がメンバーシップ型からジョブ型に変わろうとしている先端を行くものですね。ミドル社員は、これまで様々な貴重な知識やスキルを蓄積してきたはずです。しかし、その経験が必ずしも可視化されておらず、自他ともに自覚できていない。これをしっかり見える化し、期待される仕事や役割とマッチングしていくことは、ミドルのキャリア支援にとってとても重要ですね。

日本中の企業が連携した、ミドル支援のプラットフォームをめざす

前川: 3つ目の「コミュニティ」の活動の課題については、いかがですか。

山口: これに対しては、たいへんメンバーの満足度が高いのが現状です。あえて課題をいえば、どうしても一緒になるメンバーが固定化される傾向がありますので、多少シャッフルして多様な人と関わる機会を増やすことでしょうか。

前川: いま226人のメンバーを、さらに大きく増やしていく構想なのですか?

山口: はい。しかし、それは電通社員にとどまりません。NHは、多くの企業の選択肢になることが目標です。NHの考え方や取り組みに賛同頂けるなら、多種多様な他企業と連携し、その社員も積極的に受け入れて、1,000人、2,000人とメンバーを大きく増やしたいと考えています。

前川: あくまで連携企業を通して、その社員を受け入れていく方針なのですか。

山口: 当面はそう考えていますが、先々には個人の受け入れもあっていいと思います。ただ、出身企業がしっかり後ろ盾となることでメンバーが安心感を得られる、この特性は維持していきたいと思います。

前川: なるほど。すでに具体的な連携先企業の目途なども立てているのですか?

山口: はい。速いところとは今年中に合意の予定です。

野澤: 少し大きい話ですが、「ライフシフト・プラットフォーム」という名称が表しているように、この仕組みは、ゆくゆくは個人事業主を支援する国家的基盤づくりにつなげたいのです。電通一社に留まらず日本中の多くの企業が連携したミドルのキャリア支援組織にしていきたいという願いを込めています。

前川: それはとても壮大な構想ですが強く共感します。ワクワクしますね。

元社員がつながることで、双方にとってよい関係が続く

前川: これは少し答えにくい質問かもしれませんが、自ら早期退職しプロとして業務委託メンバーになる方は健全な危機意識が高く、活躍できるということはありませんか? これを電通という送り出す組織の側からみると、本当は残ってほしい優秀な人ほど流出してしまい、そうではない方が多く残ることになり、個人にとっても会社にとってもウィンウィンにならないという危惧はありませんか?

山口: 退社してNHに参加するメンバーの募集は、完全な手上げ方式で行っています。決して早期退職勧奨にはしないと取り決めました。当時、その点で議論もありましたが、これはあくまで社員の主体的なキャリアの選択肢を広げるためのものだということをしっかり合意しました。そして募集を行った結果は、前述のとおりメンバーに目立った偏りはなく、部署も世代もバラバラですし、業績評価の高い人もそうでない人もいます。

野澤: これまでは早期退職者の多くは、完全に会社と縁が切れてしまう傾向でした。しかし、NHに移った元社員は、概ね仕事や人を介して電通とのいい関係を継続しています。メンバー自身が仕事の契約先を決めるのが大前提ですが、電通やグループ会社からの仕事を受注しやすくなりました。その意味では、電通にとっても自社の社員ではなくなりはしたが、むしろ人材ロスは減ったといえます。

前川: なるほど。興味深い発想の転換ですね。この仕組みをつくった結果、アルムナイ(企業を離職・退職した人の集まり)が元の企業ともよい距離を保ちながらつながり、相互にメリットを享受し合えるパートナー関係ができているわけですね。

インタビュー後半では、「プラットフォーム」の具体的な運営やマネジメントの仕組み、さらにより詳細な成果や課題について伺っていきたいと思います。

(「後編」に続く)