人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者である前川孝雄氏が、「人を大切に育て活かす」企業の取り組みに着目。本連載では、その最前線を紹介します。


  • ヤフーPD統括本部ビジネスパートナーPD本部本部長 岸本雅樹氏

ヤフーは、インターネットサービスでイーコマース事業や広告事業などを幅広く展開。「Yahoo!ニュース」をはじめ「Yahoo!ショッピング」や「ヤフオク!」「Yahoo!ウォレット」など各領域で国内最大級のユーザー数を有し、従業員約8,000人を擁しています。同社のミッションは、「UPDATE JAPAN~ 情報技術のチカラで、日本をもっと便利に。」。ビジョンは、「世界で一番、便利な国へ。」。

そして、人事や人材育成に関わる施策では、上司と部下による「1on1ミーティング」導入や、社員の働く場所や居住地の制約をなくした「どこでもオフィス」導入など、常に最先端の取り組みによって注目を集めています。

本インタビューでは、同社の主な人材育成施策の概要や成果とともに、多様な施策の根底にある人材育成理念について、ヤフーPD統括本部ビジネスパートナーPD本部本部長 岸本雅樹氏(以下敬称略)にお話を伺いました。

  • インタビュアーの前川孝雄氏

前川: 御社では、2014年から社員がオフィス以外の好きな場所で働ける「どこでもオフィス」制度を開始されています。IT業界であってもスタートアップで小回りが利くスモール企業ならともかく、御社のような大企業としては、かなり思い切った取り組みだったと見ています。導入の背景や考え方、また今日までの変遷と成果をお聞かせいただけますか。

岸本: 当時「どこでもオフィス」を開始した背景は、大きく2つです。第一は、スマホの普及でした。かつて当社のサービス利用者はPCユーザーが主流でしたが、スマホ利用が急速に進みユーザーはどこでもインターネットへのアクセスが容易になりました。そこで、当社事業もスマホ対応への早期移行が求められました。そうなると、私たち自身の働き方もオフィスに限定する必要はなかろうという認識が強まったのです。

第二は、オフィスのデスクに縛られたままでは、アイディアが固定化してしまうという問題意識です。在宅のみならず海でも山でもどこでも働けるようにすれば、これまでにないインスピレーションの広がりが期待できる。そうした社員の斬新なアイディアを取り入れていこうと、文字通り「どこでもオフィス」としてスタートさせたわけです。

「どこでもオフィス」は社員のライフにもワークにもプラス

岸本: 当初は、「月2回まで」で始めました。すると、社員からは通勤負荷が減ってプライベートが充実し、自己啓発や家族と過ごす時間が増えて助かるといった声が多く寄せられ、プラスの効果が明らかになりました。そこで、2016年からは「月5回まで」に拡張したのです。そうするうちに、2020年のコロナ禍です。私たちは、政府の緊急事態宣言発出に先立つ同年2月から、当面、原則在宅勤務に切り替えました。

リモートワークを長く続けるなかで、多くのメリットを実感しました。業務環境面では、従来の「紙とハンコ」の決済や契約の電子化、オンライン業務への諸環境や手続きの最適化など、DX化が大きく進展しました。この間、全社員に対し頻繁にアセスメントを行ってきました。もちろん、課題の指摘も皆無ではありませんでした。しかし多くの社員の声として、プライベートの充実に加え働き方としても有効で、特に業務に支障はなく、むしろよい影響もあるとの結果が示されたのです。そこで、2020年の10月から「どこでもオフィス」の回数制限を撤廃しました。

  • 在宅勤務を可能にした「どこでもオフィス」制度(写真はイメージ)

前川: これまでの経緯が、よくわかりました。最近は、そもそも通勤時間というのはワークなのかライフなのかといった議論さえ起こる時代です。その点、「どこでもオフィス」による時間の効率化で、社員の皆さんがプライベートの充実はもちろん、仕事にもプラスの影響を感じているとの評価結果は大きいのですね。

一方で、課題も皆無ではないとのお話しですが、具体的にはどのようなことでしょうか。

岸本: 社員からの声として、雑談などの業務目的以外のコミュニケーションが減ってしまい、特に新しい仲間が加わった際に関係性の構築が難しくなったという意見が上がってきました。

前川: それは、どの企業でも課題になっていますね。すでに関係性ができている社員同士やチームならば、リモートに切り替えても何とか対応できる。しかし、新入社員や人事異動での新配属など、初めての人同士が人間関係をつくる際に、インフォーマルなコミュニケーションが取りにくいリモートでは困難が伴うということですね。

社員の働き方と住まい方の選択肢を最大限広げる

前川: 御社ではこの2022年4月から、「どこでもオフィス」の運用をさらに大きく拡充されました。そのポイントとねらい、また社内の反応や社員の対応についてお聞かせください。

岸本: 制度拡充の判断をしたのは、前述のとおり、この働き方が社員の生活面でも仕事の生産性の面でも、一定の成果があったことが前提です。コロナ禍以降痛感したのは、それぞれの社員にとっての最適な働き方は、家庭の状況、仕事の内容、キャリアの現状などによって、とても多様だということです。そうであるなら、社員が自分にとってベストな働き方を自ら選べることが大事なのではないか。社員のWell-beingも向上しますし、より多くの方にヤフーで働くことを選択して頂けるとも考えました。

そこで、この4月からは、居住地の縛りを緩和しました。これまでは働く場所は問いませんでしたが、求めに応じて当日午前11時までに出社可能な場所に住むことが条件でした。これを改め、国内限定ではありますが、どこでも居住可としたのです。

ただ、決してフル・リモートを一律に求めているわけではありません。オフィスに出て他者と顔を合わせて仕事や打ち合わせをしたい場合もあるでしょう。年に何度かはチーム全員で顔を合わせようという場合もあるかもしれません。だから全国どこに住んでいても何かと出社しやすいように、1日の交通費の上限を撤廃し、飛行機利用なども可能としたのです。

前川: 「どこでもオフィス」は、在宅勤務やリモートワークを徹底する目的かと受け止められがちです。しかし、お話を伺うと、そうではなく、あくまで社員一人ひとりにとっての働き方や住まい方の選択肢を最大限に広げるものだということですね。他企業では、完全リモートに舵を切るところや、揺り戻しで原則出社や週に何日かの出社義務づけを行うところなどに二分していますが、御社は社員自身が最適を選ぶこと第一義にされているのですね。

リモートでのコミュニケーション促進への取り組み

前川: 先ほど、リモートワークの課題面として、社内のインフォーマルコミュニケーション(雑談など業務外のコミュニケーション)の難しさを挙げられました。御社ではその活性化策として、「お友達獲得ランチ会」「リモートランチ会」「オンライン飲み会セット」「オンライン版・ファミリーデー」など、多彩な施策を実施されています。これらのねらいと手応えをお聞かせください。

岸本: これまでは会社に行けば誰かがいて、自然と会話ができ、つながりができ、社員同士の横糸を結び合うことができました。しかし、「どこでもオフィス」のもとでは、分散した社員同士が直接顔を合わせる機会はかなり限定され、つながる手段はオンラインが主流になってきます。仕事上必要なコミュニケーションは、場所や時間の制約が緩み、むしろこれまで以上に濃密に行うことも可能になるでしょう。しかし、仕事以外のインフォーマルなコミュニケーションは弱くなります。そこで、リモート環境でも取り組める施策を考えました。

「お友達獲得ランチ会」は、新入社員が自分たちでランチ会を企画して、仲間や先輩に呼びかけ実施することで、つながりづくり、仲間づくりを進めるものです。

「リモートランチ会」「オンライン飲み会セット」は、社員同士がリモートでランチ会や飲み会を行うときに、社員食堂のランチセットや飲み会セットを注文できるものです。「同じ釜の飯を食う」効果を狙ったものといえます。「オンライン版・ファミリーデー」は、従来、オフィスにご家族を招待する「ファミリーデー」として親睦を深めていたものを、オンラインでどこからでも参加可能にしたものです。

成果としては、これらを活用することで社員同士が相手の人となりをよく知ることができ、仕事を進めるうえでもプラスになっているという社員からの意見をもらっています。そこで、こうしたインフォーマルコミュニケーションをより促進しようと、この4月からは社員同士の飲み会には、オンラインかリアルかを問わず、月5000円の補助を行うことも始めました。トライ&エラーで、まずはいろいろと試行をしてみたいと考えています。

  • オンラインでもインフォーマルコミュニケーションを実現(写真はイメージ)

前川: 御社の社員の平均年齢は、約35歳と伺いました。40~50代のミドル以上は、どうしてもリアルでの懇親や飲み会を懐かしむ傾向があるかもしれませんが(笑)、デジタルネイティブの若手世代ほど、オンラインでのインフォーマルコミュニケーションをより上手に活用できるかもしれませんね。

あえて職場で働く効果を最大化する「実験オフィス」

前川: コロナ禍の下でのリモートワークの広がりから、企業のオフィスの在り方自体が問われる時代になってきました。御社ではオフィス改革の一環で、目的によって自在に使い分ける「実験オフィス」にも取り組まれています。導入のねらいや成果をお聞かせください。

岸本: 一方で「どこでもオフィス」を実施しながらも、あえて出社して来るオフィスが最大限の効果をもたらすためには何が必要か、どのような使い方が有効なのかを確かめるために、いくつかのフロアを用意し、社員に使ってもらいフィードバックを得ながら、実験をしているところです。

たとえば、オフィスに出て来て集中して仕事をしたい人用には、一人で落ち着いて仕事に専念できる個室ブースのようなレイアウトの「集中フロア」を設けています。また、オフィスでの人との対話やミーティングの効果を求める人のためには、コミュニケーションを活性化しやすいような「チームフロア」を作っています。

ただコロナ禍が長引くなかで、ずっと在宅勤務を推奨しているため、本来の形での実験が進まない状況です。この状態が落ち着き、真に「働く場所はどこでもいい」となった段階で、この取り組みをブラッシュアップし、あるべきオフィスの形を見極めていきたいと考えています。

  • 「実験オフィス」として用意しているフロア

「1on1」カルチャーがリモートワーク下でも生きている

前川: いま、コロナ禍でリモートワークが進む中で、私たちが支援する企業の人事や管理職層からは、社員の仕事や様子が見えにくくなり、マネジメントやチーム運営が難しくなったとの声が多く聴かれます。「オンラインで会議をすると、社員がビデオをオフにしたままで、発言も乏しい。"顔出し"を強要すればハラスメントともとられかねず、どうしたものか……」と悩んでいるという悲痛な声もあります。社員の側から仕事上の意思疎通がうまく取れないとか、コミュニケーション不足で孤独を感じるなどの不安の声が挙がる例も少なくありません。

御社では「どこでもオフィス」でリモートワークが主流化するなかで、そのような困難はありませんか。

岸本: それらの課題は、私たちにとっても無縁ではありません。リモートワークでは物理的にお互いの日々の様子は見えませんから、管理職や社員にとって同様の不自由も皆無ではないでしょう。ただ、無制限の「どこでもオフィス」導入後も、大きな混乱や問題は生じることなく、スムーズに対応できました。

その大きなポイントは、それまで長らく「1on1」(上司と部下の一対一の面談制度)にしっかり取り組んできたからだと考えています。ヤフーでは2012年から1on1を導入し、毎週1回上司と部下の間で面談を行うカルチャーが根付いてきており、リモートワーク下でもポジティブに機能しているのだと思います。週に1回は、オンラインにせよ仕事の報告や打ち合わせを行い、場合によっては悩み事の相談もできます。そのことで、コミュニケーションの頻度や量は担保できており、プラスに働いたと思います。

ただし、現状にも課題意識があり、昨年からは管理職向けに面談方法に関する研修を強化して、さらに1on1を磨いていく取り組みも始めています。

前川: 具体的にはどのような内容ですか。

岸本: 制度導入からだいぶ経つこともありますので、あらためて「そもそも1on1とは何か」といった基本の学びや、望ましい面談の型をインストールしなおすといった内容です。社内にはコーチングの有資格者もいますので、適切な部下との対話の方法を伝授してもらいます。また産業医からは社員のメンタルケアの観点から、どのような留意点やアドバイスが必要かを学びます。さらに実際の1on1の様子をレコーディングして、AIによる解析で上司と部下のどちらの発話が多いかや、笑顔がどの程度あったかなどを可視化し、管理職自身が自分の面談を客観視できるツールの導入も進めているところです。

前川: とても興味深いですね。これまでも1on1によって上司と部下の日常の対話がしっかりできていて、リモート環境下でもそれを継続することで、コミュニケーション問題も基本的には解消されている。さらにそれをブラッシュアップしようということですね。

自由な働き方で最大のパフォーマンスを期待

前川: 近年の働き方改革のなかで、残業を減らし、有給休暇取得を促進し、子育てや介護と仕事との両立支援策を進めるなど、「働きやすさ」の整備はかなり進んできたと思います。ただ私は、長らく「社員の働きやすさばかりを追求しても、働きがいは高まらない」と、警鐘を鳴らし続けてきました。衛生要因(労働条件や給与等)の向上は社員の不満解消にはなっても、動機づけ要因(仕事そのもの、承認、達成等)には直結しない。企業が衛生要因ばかりを追求すると社員の既得権意識が肥大化し、待遇がより向上しないと不満ばかりが鬱積する懸念があります。

少し意地の悪い質問なのですが、「どこでもオフィス」など衛生要因の拡充は、ダイバーシティ経営において必要ではあるものの、一方で社員の権利意識が拡大するといった問題は起きませんか?

岸本: ヤフーの人事(ポリシー)として、社員と会社はイコールパートナーであると考えています。「どこでもオフィス」は、とらえ方によっては、社員に対する福利厚生や衛生要因だとの見方もできるかもしれません。しかし、むしろ私たちとしては、「社員の皆さんには、会社ができるだけ様々な働き方の選択肢を提供できるように努力します。なので、それを活用して最大のパフォーマンスを上げてください」という考え方がベースにあるのです。「自由と責任はセットである」という言い方もしています。

イコールパートナーとして、会社は最大限の環境や選択肢を社員に提供する代わりに、社員は最大の成果を出してしっかり会社に貢献していただく。そのことによって発揮される社員のパフォーマンスを、会社の側もしっかり評価していくという考え方です。

前川: たいへん共感できる考え方です。関連して、社員の仕事の評価にはどのような視点で取り組まれていますか。

岸本: 評価の視点は、従来から変わらず、その人の残業の多寡であるとか、いつ、どこで、どのような働き方をしているかといったことではなく、実際にどれだけの成果を出しているかに着目して評価をしていますし、今後もその点は徹底していきたいと考えています。

前川: 各社員はプロフェッショナルとして、自分が選んだ働き方によって自らが出した成果で評価がなされるということですね。いわゆる「ジョブ型」に近い働き方と評価の仕方になっているのでしょうか。

岸本: いいえ。そのように問われれば、ヤフーは決してジョブ型ではありません。なぜなら、ヤフーは多様なサービスを実施しており、事業戦略的にもサービス間の連携でシナジーを出すことを重視しています。そこで、社員には、頻繁に人事異動があります。したがって、「あなたのジョブはこれだけ」とガチガチに縛り、その仕事だけに長く専念させるような意味でのジョブ型は取らないのです。

ただ、各社員の毎期のミッションと目標は明確にしており、各期末には上司と部下が目標への到達度を確認するのです。先述の責任=仕事の成果の部分を評価しています。

前川: すなわち、MBO(目標による管理)によって、しっかりとパフォーマンスの管理や評価は行っているということですね。たいへんよくわかりました。

インタビュー後半では、ヤフーの人材育成方針の核心部分の考え方と取り組みについて、さらに伺っていきたいと思います

(「後編」に続く)