連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


前回の「ギリシャ危機」とは?

1月25日に実施されたギリシャの総選挙で「緊縮財政放棄」を掲げた急進左派連合が勝利し、同連合を中心とする新政権がスタートしました。新政権のチプラス首相は28日に開いた初閣議で「この国の政策を激変させる」と発言したそうです。新閣僚からもさっそく、公務員リストラ策や電力民営化計画を停止するなどの発言が相次いでいます。新政権は増税の撤回、EUからの債務の見直しなども公約に掲げていますが、早くも公約実現に向けて走り出した印象です。しかし新政権がこのまま突っ走れば、ギリシャ危機の再燃と欧州経済の混乱が起きかねません。

皆さんは数年前、「ギリシャ危機」が大きなニュースになったことを覚えていると思います。現在のギリシャ情勢を理解するには、まず前回のギリシャ危機をおさらいしておく必要があります。

ギリシャ危機が表面化したのは2009~2010年でした。ギリシャの財政赤字が従来の公表額より膨大であることが明るみに出たことがきっかけで、その後、「ポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインなども危ない」と連想ゲームのように懸念が拡大し、それらの国々の国債が暴落しました。それらの国債を大量に保有している欧州の大手銀行も危ないと見られるようになり、実際、一部の銀行は経営が破たんしました。財政危機が金融危機に発展したのです。このためユーロが急落し、株価も欧州だけでなく米国、日本などでも下落し世界同時株安となりました。日本も大きな影響を受けたわけです。

この危機に対応してEUとIMF(国際通貨基金)は2010年と2012年の2度にわたり総額2400億ユーロ(当時の換算レートで26兆円程度)のギリシャ支援を実施しました。2度目の支援の際はギリシャ政府の債務半減という救済策も実施されました。つまり借金の半分を棒引きにしたのです。

その見返りとして、ギリシャ政府は3年間で300億ユーロの財政赤字を削減することをEUなどに約束し、増税や行政サービスの歳出カット、公務員のリストラなどを実施しました。しかし公務員や多くの国民はこれに強く反対、デモやストライキが繰り返されたのでした。

緊縮策に対し一般市民の反発が想像していた以上に強かったことが印象的

ちょうどその頃、2011年末と2012年の年末にギリシャを取材して回ったことがありますが、増税など緊縮策に対し一般市民の反発が想像していた以上に強かったことが印象的でした。さらにその反発は、ギリシャ政府に対してだけでなく、「我々に緊縮策を強いているEUとドイツはけしからん」(アテネ市内のタクシー運転手)という人もいて、溝の深さも痛感しました。

経済危機で資金が足りなくなり建設の途中で工事がストップしたビル(2011年12月、アテネ市内で筆者撮影)

EUの支援によって危機的な状況からは脱することは出来ましたが、景気は一向に回復せず、緊縮策が景気を一段と冷え込ませる結果にもなりました。失業率は財政危機が表面化した2010年にすでに10%を超えていましたが、その後は見る見るうちに上昇して、2012年には25%を超え、その後も現在に至るまで25%以上の高水準が続いています。

2度目にギリシャを訪れた2012年末にはアテネの中心街、東京で言えば銀座通りのようなメーンストリートでさえホームレスの姿が目立ち、大理石でできたビルの壁はスプレーで落書きされていました。表通りから一つ横道に入ると、怪しげな人たちがたむろしている光景も目にしました。

ビルには落書きが目立つ(2012年12月、アテネ中心部で筆者撮影)

こうした景気の悪化と国民の不満・反発の高まりに対して前政権が有効な手を打てなかったことが、今回の総選挙で急進左派連合が勝利した背景です。

新政権は事態を好転させることができるか?

では新政権は果たしてこの事態を好転させることができるのでしょうか。緊縮策の緩和は民意でもありますし、景気回復に一定の効果が期待できるでしょう。しかしそれ以上に、新政権の政策には大きな懸念がつきまといます。

第1に、公約通り「緊縮破棄」を本気で実行すれば、財政再建は遠のきます。そうなれば、ギリシャ国債の価格は再び下落し長期金利の急上昇を招く恐れがあります。すでに市場ではその兆しが出ています。長期金利の上昇は銀行の貸出金利の上昇に直結しますので、景気を冷やす可能性があります。

「ギリシャは財政再建を放棄した」と受け取られれば、もう誰もギリシャ国債を買ってくれなくなります。これは新たな借金ができなくなることを意味し、それはギリシャの破たん、デフォルトを意味します。

第2はEUとの関係です。EUがギリシャ支援に踏み切ったのは、あくまでも財政緊縮が前提なのですから、新政権がそれを破棄するなら、支援を継続するわけにはいかなくなります。新政権はEUに対し金融支援の条件緩和を要求する方針ですが、本気で緊縮破棄に突っ走れば、行き着く先は「ユーロ離脱」となってしまいます。

現在のギリシャはEUの支援なしには成り立たないのですから、実際にユーロを離脱して一番困るのはギリシャ自身だということは新政権もわかっているはずです。したがって実際にユーロ離脱まで進む可能性は低いと見ていますが、それでも新政権とEUの対立が拡大すればユーロの急落につながる恐れがあります。

新政権がロシアに接近すればEUの安全保障にとって重大な問題

第3は、新政権の外交政策です。実は新政権の中核である急進左派連合はもともと極左と言われる勢力が中心で、ロシア寄りと言われています。新政権は発足直後、ウクライナ問題でロシアへの追加制裁に慎重な態度を一時示したのに続いて、この2日にはチプラス首相が「欧州とロシアの平和の架け橋になる」と発言したそうです。ロシアも新政権に秋波を送っているという報道もあります。

ギリシャはユーロ圏諸国の中ではヨーロッパ大陸の最も東にあり、ロシアをにらんで地政学的に重要な位置にありますので、もしギリシャがロシアに接近するようなことがあれば、EUの安全保障にとって重大な問題となりかねません。これは緊縮策見直しをめぐるEUとの交渉にも絡んできます。ギリシャ新政権はロシアへの接近やユーロ離脱をちらつかせて、債務見直しで有利な条件を勝ち取ろうという戦術ではないかと勘繰る向きもあります。

このように、ギリシャ新政権の前途は懸念が多いのですが、それではギリシャ危機再燃の可能性はあるのでしょうか。今まで見てきたように、その懸念は否定できません。十分な注意が必要なことは確かです。ただ、危機再燃の可能性が高いかと言えば、「低い」と見ています。

ESM(欧州安定メカニズム)などの安全網、金融危機拡大に歯止めかけることが可能

数年前の危機は前述のように、イタリアやスペインなどに拡大したこと、金融危機に発展したことが危機を深刻なものにしたのでした。しかし今回は今のところ、他の国の危機に直結する状況ではありません。また前回の危機後にESM(欧州安定メカニズム)などの安全網が構築されましたので、万が一、経営危機に陥る銀行が出てくれば、このESMから資金を注入して金融危機拡大に歯止めをかけることが可能です。

実は、現在のギリシャにとっては危機再燃の恐れもさることながら、成長戦略がないことが最も問題なのです。ギリシャは2008年以後は6年も連続でマイナス成長が続き、2014年もわずかに0%台の低成長見込み(IMF見通し)という状態です。前政権の本当の敗因は緊縮策というよりも、経済を活性化させて根本から立て直すような政策、つまり成長戦略が打ち出せなかったことにあると言えます。

前述のギリシャ取材の際、こんな場面に出くわしました。2001年に閉鎖されたアテネ旧空港の広大な跡地が廃墟と化していたのです。ギリシャでは2004年のアテネ五輪に向けてアテネ郊外に新空港が建設された後、旧空港は民間に払い下げられて再開発されることになったのですが、実際には計画が進まず跡地は全く手つかずのまま放置されていました。広大な滑走路には雑草が生え、空港ビルは荒れ放題、なぜか飛行機も何機か放置されていました。都心からも近く、しかもエーゲ海を望む景色など、開発の可能性は無限にありそうなのに、と驚きました。現在でもそのままのようです。

広大な土地が手つかずのまま放置されている旧アテネ空港(2012年12月、筆者撮影)

こうした成長の"タネ"を伸ばしていくことが必要で、財政再建と経済成長を両立させることが何よりも重要なのです。そしてそれは、経済低迷にあえぐ欧州全体にとっても同じことが言えます。ギリシャが抱える課題は欧州各国共通の課題でもあるのです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。