働き方改革が叫ばれる今、なるべく理不尽なことは解決させて、少しでも心地よい状態に自分自身で導くことも重要だと個人的には思っている。パワハラやセクハラはなくなればいいし、働き方改革のひずみで生じるであろうサービス残業は避けたほうがいいと思うし、ひとりひとりの事情にあわせて、その働き方の多様性が保たれることを願っている。

だから、ただただ仕事に対して(前半は恋愛に対しても)、がむしゃらに突き進む姿が描かれているドラマ『宮本から君へ』(テレビ東京 毎週金曜24:52〜)を見ていると、自分が今「働く」ということに対してイメージしていることとは真逆のことが描かれていると感じる。

  • 『宮本から君へ』

    『宮本から君へ』製作発表の様子

暑苦しい宮本に、原作連載時は批判も

このドラマの主人公の宮本(池松壮亮)は、大学を卒業して都内の文具メーカーで働く営業職だ。営業スマイルもできず、他社の営業と取引先で喧嘩になってしまうほど不器用だ。

原作漫画は、1990年代に描かれたというから、その頃ならこんな熱い営業マンもいたのかなと思ってしまうのだが、1990年代はバブル時代。あの浮かれた時代にも、宮本は暑苦しい人として見られていたし、その暑苦しさからバッシングされることもあったらしい。

2018年のドラマを見ても、宮本は暑苦しい。営業で仕事をとるため、良いデザインはないかと、突然さまざまな会社にアポをとり、今日中に版下が欲しいと食い下がる。当然、突然宮本に対応した会社の担当たちは戸惑うのだが、中には宮本の熱にほだされる人も出てくるのだ。

私だって、宮本のような人が来たら迷惑だと思う。それなのに、毎回、ドラマを見ると心が熱くなってしまい、夢中になってしまうことを避けられないのだ。きっと私が担当者でも、ほだされて協力してしまうのではないか。

  • 池松壮亮 (C)テレビ東京

    池松壮亮 (C)テレビ東京

好対照の浅香航大

むしろ、今の仕事に対するスタンスに近いのは、ライバル会社で働く営業マンの益戸(浅香航大)のほうだ。宮本に比べてクールな彼は、宮本に対し「少し力抜いたほうがいいんじゃないの、傍から見てても見苦しいよ、だからさ、僕は生きてく上で仕事よりも興味のあることがたくさんあってね。その余った部分に生活の手段だと思う仕事が、いろいろあってさ。今回の抵抗の件も、僕にとっては、そのいろいろある仕事のうちの一つに過ぎないことでね、そんなところに宮本くんが感情むき出しで懸命になってていいのかなって」と嫌味たっぷりで言うのだ。

このときの浅香航大の、本心の見えにくい顔立ちが、益戸の憎たらしさを非常によく表しているし、こういう表現のできる若手俳優はほかにはいないと感じて、とても良いと思っている。が、大変嫌味な役である。しかし、よくよく考えてみれば、益戸の言っていることのほうが、今の働き方にはぴったりくる。力を抜いて、ムキにならず、仕事以外にも趣味を持つ。とりかかっている案件だってたくさんあるし、一つにだけ集中できないのだから、バランスを取ったほうがいい、と言っているのと同様だ。私も基本はそのスタンスでいるのがいいと思う。

しかし、簡単に出来る人から、出来ない人の気持ちは容易に想像できるものではない。宮本は、本当に不器用で、益戸が軽くできることでも考えすぎて、前に踏み出すこともできないのだ。

  • (C)テレビ東京

8話の名シーン

そんな宮本の性質を表すセリフが8話にある。

「俺がかっこいいと思ってるやり方何ひとつ通用しねえ」「きっと俺、自分がバカで、力がないなんて言ってることで満足しちゃってるんだろな」「自分のダメさ加減言うのって簡単だし、頭よさそうだもんな」「ただ本気で自分がバカで力がないなんて認められないのは、心のどっかで自分のことかっこいいと思ってるからだろうな」

宮本は、このセリフをトイレで自問自答するように田島(柄本時生)に向けて言う。彼は、自分の焦燥感を、非常に冷静に分析できている人で、単に熱いだけの人ではない。ただ、人がそこまで考えないで、さらっと進めることに対して、いちいちひっかかりながら生きてくことしかできない人なのだ。

こういう宮本を見ていると、働き方改革、高度プロフェッショナル制度などで、体よく「働きやすくしていきましょう」と言いながらも、そのしわ寄せが個人にくるという世の中で、益戸のように上手に切り替えられる人だけが正解で、器用に立ち回れない宮本のような人が、置いていかれる様を想像してしまう。

同時に、今、やりがいは搾取されるものとされている。しかし、そもそも“やりがい”というものは、搾取されるときにダメなものに変質するだけで、搾取されない“やりがい”までが、奪われるものでもないのではないか。”やりがい”を、仕事に見いだせた人がいたら、搾取されない限りは幸せなことでもあると思う。だが、やりがいの分だけ見返りのある仕事は少ない。

  • (C)テレビ東京

今の方が叩かれない『宮本』

考えてみれば、今の働き方改革や、時短などは、「もっと効率をあげろ」という要求が裏に隠れているという性質もある。会社から残業はしないように、効率的に働くようにと言われて、その通りにしている人ほど、実は社会に搾取されていることにもなりかねない。不器用だけど、納得のいく仕事がしたいと考える宮本は、そんな社会に抵抗しているようにも見えるのだ。(そこまで考えると、なんでも卒なくできてしまう益戸のほうが、かわいそうにも見えてくる)

今、このドラマをやっても、時代にそぐわないということは、誰の目にもあきらかなのに、このドラマに異を唱える人は少ない。もしかしたら、1990年代よりも、叩かれることは少ないのではないかとも思える。私のように、宮本のようなやり方は絶対にしたくない人でも、なぜかその宮本のまっすぐさに打たれてしまうのは、それだけ、現代の働き方に矛盾とひずみがあるからではないかと思えてしまうのだ。

■著者プロフィール
西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。現在、TBS RADIO「文化系トーラジオLIFE」にも出演中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。