金曜日に放送中のTBS系ドラマ『あなたには帰る家がある』(毎週金曜22:00~)というと、木村多江演じる専業主婦・綾子の怖さが真っ先に話題に挙げられるだろう。ヒロイン・真弓(中谷美紀)の夫である秀明(玉木宏)に出会い、不倫関係に陥ることになる。第1話の最後では、雨の中でたくさんのスーパーの買い物袋を持って濡れながら歩いている綾子を、秀明が車で送ることになり、綾子が車内で「私、幸せです。でも……寂しい」という一言を漏らしたことで、2人は一線を越えてしまう。

  • ドラマ『あなたには帰る家がある』

    ドラマ『あなたには帰る家がある』(左から藤本敏史、木村多江、玉木宏、中谷美紀、ユースケ・サンタマリア、高橋メアリージュン)

このシーンに対して「矛盾している」とつっこむニュースもあったが、実は非常にうまくできていると思う。綾子にとって、生活のことを考えれば現在不自由はない。外から見ても、幸せな家族に見える。しかし、自分の心の中を考えると寂しい、というのはすごく理解できるのだ。

それは、綾子と夫・茄子田太郎(ユースケ・サンタマリア)との関係性が、第1話の中で詳細に描かれているからだ。教師をしている太郎は、妻には夫の何歩か下がった後ろに控えていてほしいというタイプで、綾子を抑圧している。綾子は外で働くことは許されないし、親との同居は当然で、義父母と夫が食事しているときにひとり台所にたち、家族と一緒に食事もとれない。茄子田家のなかは、いつも明かりがついているのに薄暗い。

綾子の恐ろしさがエスカレートする第5話

こうした綾子の、そこはかとなくしんどい状況がちゃんと描かれているから、「幸せでも寂しい」ということが、理解できる。その代わり、彼女もその抑圧の上に胡坐をかいて、大胆に「心の隙間を埋めてほしい」という態度を出してしまう。夫に抑圧されているからこそ、自分のしていることに正当性が担保されているように振る舞うのだ。そんなところが彼女のことを「怖い」と思わせる所以だろう。

綾子の行動はどんどんエスカレートし、第5話では、真弓と秀明と一人娘・麗奈(桜田ひより)が旅行することを知って、同じ場所に家族で出かけるという大胆な行動に出てしまう。第5話では恐ろしさがどんどん際立っていき、真弓が温泉に入っているときに、綾子も湯船にやってきて、「ここにね、キスしてくれたの。このホクロが好きって言ってくれた」「何度も言ってくれたの、愛してるって」と告げるシーンが心底怖かった。

しかし、綾子の恐ろしさは、ドラマ用に誇張されたものというよりも、ちょっとしたきっかけがあれば、我々の日常にもあり得そうな恐ろしさである。木村多江も狂気の演技をしているのではなく、常に抑えめで、それが怖いのだ。木村自身も、公式サイトのインタビューで「綾子は抑圧されていて『私の幸せはここにしかない。それを信じよう』としている人。ものすごく孤独で、助け舟があれば、いつでもすがりたい状況のとき、たまたま秀明さんに出会って、縋ってしまった。これがもし、女友達や話を聞いてくれる人がいたらまた違ったのでは? と思います」と語っている。木村が綾子が感じている抑圧を理解して演じているからこそ、視聴者も綾子を身近な恐怖として感じるのではないだろうか。

率直に文句を言うシーンが光る

一方、綾子と対照的なのは、主人公の真弓である。彼女は夫に不満があれば文句が言えるし、娘の中学受験が終わったタイミングで仕事にも復帰する。義父母と同居もしていないし、困ったときに愚痴を言える友人もいれば、近くに実母も住んでいる。孤独な綾子とは大違いだ。

真弓は旅行代理店の仕事に復帰する中で、偶然、綾子の夫・太郎の担当につくことになる。彼女は、夫だけでなく、太郎にも思ったことははっきり言える性格だ。第2話では、太郎から仕事と称してお酒の場に誘われ、男がどんな女に興奮するかということを「一盗二婢三妾四妓五妻」という言葉で説明された挙げ句、「かわいげのない顔ばかりしてると、旦那に抱いてももらえないよ」と言われ、真弓は酒が入っていたこともあり激高。「抱いてもらえなくてけっこう、ほんと妻なんてなんにもいいことない。ふざけんな。毎日毎日家事と仕事にかけずりまわって、24時間お母さんやって、それでも疲れた顔するな?」「それでいて、旦那に浮気されないように、若い女に負けないようにきれいでいろ、笑顔を絶やさす女でいろ? そんなことできるか」「女にいったいいくつの役割押し付けるんだ、できるもんならそっちがやってみろ」とまくしたて、そのままぶっ倒れてしまう。

真弓が率直にぶち切れるシーンは毎回、存在する。これが、実は昨今のドラマでは重要な部分だと感じる。例えばちょっと前なら、女性が理不尽なことを言われたり、セクハラにあったり、浮気されたり、夫に抑圧されたりしても、「ここは私がぐっと我慢すれば丸くおさまる」と描かれることが多かった。しかしここ数年、日本のドラマでは『問題のあるレストラン』や『逃げるは恥だが役に立つ』などの作品で少しずつ、こうした疑問を描くようになり、その後も『監獄のお姫さま』や『奥様は、取り扱い注意』、そして『アンナチュラル』などに続いてきたと思う。

これらのドラマでは、女性は理不尽なことがあると、ちゃんと感情をあらわにするし、怒りが描かれてきた。最初は珍しかったが、昨今は、以前のように「私さえこの気持ちを飲み込めば」とか「ポジティブシンキングでいこう!」とやりすごすようなシーンがあると、視聴者もちゃんとモヤモヤするようにもなった。真弓は、そんな流れの中にいるヒロインだからこそ、信頼ができるのである。

しかし、一見真逆に見える真弓と綾子であるが、実は抑圧されているということでは共通している。違いは、その抑圧に気づいているかいないか、もし気づいたときに怒りとして出すか出さないか、だけである。もっと言えば、綾子だって、不倫をするということで、夫に抗おうとしているようにすら見える。綾子もまた、抑圧された状態に怒っているのではないだろうか。

■著者プロフィール
西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。現在、TBS RADIO「文化系トーラジオLIFE」にも出演中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。