少子高齢社会となり、認知症患者の数が増え続けています。厚生労働省の研究班が公表した推計結果によると、2025年の患者は認知症が約472万人、軽度認知障害(MCI)が約564万人にのぼるとされています。これは65歳以上の約3割が認知症であることを示しており、決してめずらしい病気ではないことがわかります。
では、もし家族が認知症を患ったら? 介護をする上での心構えは? 本連載では、マイナビニュース読者を対象にしたアンケートで集まった「認知症に関する悩み」を、専門家にぶつけてみました。話を聞いたのは、近畿大学 医学部 精神神経科学教室の橋本衛主任教授です。
今回は、認知症が進行する父親について。「父親が公民館などで他人の傘を持って帰ってきてしまいます。これは認知症の影響でしょうか?」という相談です。早速見ていきましょう。
他人の傘を持ってきてしまう父親…これは認知症の影響ですか?
――父親が公民館などで他人の傘を持って帰ってきてしまいます。これは認知症の影響でしょうか?
なぜ、傘を持って帰ってきたのか? その行動が、どんな理由で起こったのか? まずは、それを分析する必要があります。少し深掘りして、本人に「どうして持って帰ってきたの?」と聞いても良いのではないかと思います。
他人の傘を持って帰ってくる理由としては、自分のものと間違えたからが一番多いと思います。本人に悪気があるわけではなく、認知機能低下によって引き起こされた行動と考えて、「一緒に返しに行きましょう」と優しく対応するのが良いかと思います。
よく、私のところにも「親が万引きをしてしまいます。これは認知症の症状でしょうか?」と相談に来る方がいらっしゃいます。こうしたケースは、私の経験ではほとんどの場合、認知症ではありません。認知症になっても「善悪の判断」は最後まで残ります。
逆にもし、善悪の判断ができずに物を盗んできてしまうくらい認知症が進んでいるなら、すでに普通の生活が送れないほど進行しているので、一人で公民館にも行けないはずです。
――認知症だから何もわからない、と決めつけるのは間違っているということですね。
最終的には、本当に何もわからなくなってしまう病気です。ただ、症状が軽いうちから、「認知症がはじまった=何もわからなくなった」と決めつけてはいけません。記憶力が多少悪くなっていますが、ちゃんと善悪の判断はできます。また、しっかりと保たれる機能もたくさんあります。
そして"自分をよく見せたい"ということに関しては、特にアルツハイマー型認知症の方は、とにかく涙ぐましい努力をされます。何かで失敗すると、一生懸命言い訳をして取り繕われます。あたかも「私はわかっていたんだけれど、たまたまちょっと失敗しただけなんです」のようなことを、ものすごく能弁に語られます。このように"自分をよく見せたい"と思っている人たちが、他人の物を盗ることは考えにくいことです。
それほど、周りの視線から自分の心を守ろうとするわけです。その背景には、認知症というものに対する世間の偏見の強さがあります。そして他ならぬ、ご本人もその偏見を持っている。
だから「私は認知症ではない」と信じ、周囲から自分を守ろうとします。認知症の人の、問題行動と呼ばれているさまざまな行動の根底には、そのような心理があることを理解して対応するようにしましょう。
――ちなみに、家族に認知症の可能性が出てきた場合、病院に連れて行った方が良いのでしょうか?
一緒に「もの忘れ外来」に行けるのであれば、それがイチバン良いと思います。初期の頃なら、最初に本人が異変に気づくことが多いようです。「なんかもの忘れがひどくなってきているぞ」という具合にね。「もしかして、私は認知症が始まっているんだろうか」と心配になっているかもしれません。そのとき周りが察知して、「じゃあ病院に行ってみようか」という話にもっていけたら良いですね。
でも、認知症も次の段階に進むと、何かを忘れる→うまくいかないことが増えてきた→周りから指摘されてプライドが傷つく→やがて周りのアドバイスも拒否するようになる、という状況になります。そうなれば、一緒に「もの忘れ外来」に行くことも難しくなってきます。
本人が認知症を否認するようになるには、必ず自身が傷ついていく過程があります。知らず知らずに周りが本人を傷つけていることがありますし、ご本人ができない自分に気づいて傷ついていることもあるのです。認知症を完全に否認してしまうようになると、「病院に行こうか」と声をかけても、「どうして私が行かなきゃならないの?」という具合になってしまいます。
だから「ちょっともの忘れが心配だから一緒に病院に行ってみようよ」と声をかけるのは、私としては全然問題ないことだと思います。最近は新しいお薬も出てきています。病気の進行を遅らせてくれる効果が期待できるものもあります。ですので、病院で診てもらうにしても、早ければ早いほど望ましいと言えるでしょう。
認知症の方を支えようと必死で、介護者が自分のケアをおろそかにしてしまうことがあるかもしれません。ですが、どうか頑張っているご自身をいたわることを忘れないでください。そして、つらいときは一人で抱え込まず、第三者にも頼ってみるのも一つの手かもしれません。
国をはじめ自治体では、認知症に関する相談先を用意しています。気になることがあったときはもちろん、心や体が疲れてしまったときは、ぜひこちらも利用してみてください。この連載が少しでも認知症と向き合うヒントになっていれば幸いです。
■認知症に関する相談先
厚生労働省では「認知症に関する相談先」を公開しています。少しでも気になったり、悩んだりした方は、一人で抱え込まず、まずは気軽に相談してみましょう。