脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下してしまう「認知症」。2025年の日本における認知症の高齢者は約472万人、軽度認知障害(MCI)は約564万人と推計されており、その合計は1,000万人を超えています(※)。高齢者の約3人に1人が認知症またはその予備軍と言える状況であり、人生100年時代を迎えた今、誰でも認知症になり得る可能性があるのです。

※厚生労働省「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」より

  • 「認知症」は治るの? 予防法や初期症状など気になるギモンを医師が解説

そこで今回は、認知症のキホンについて近畿大学 医学部 精神神経科学教室の橋本衛主任教授にお話を聞きました。認知症は治る? 予防法や兆候は? など、もしも自身や家族が認知症になったら……というときのために、ぜひチェックしてみてください。

  • 近畿大学 医学部 精神神経科学教室の橋本衛主任教授

認知症の症状は?

認知症とは、さまざまな脳の病気によって脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能が低下して、社会生活や日常生活に支障をきたしてしまう病気です。

よく知られている症状として、記憶障害や理解力・判断力の低下などがあるほか、焦燥・興奮、暴言・暴力、徘徊(はいかい)などの行動面の症状、抑うつ、不安、妄想、幻覚などの心理症状があります。

認知症を引き起こす病気には、アルツハイマー型認知症をはじめとして多くの原因疾患があり、疾患によって現れやすい症状や治療方法が異なります。では、認知症は治る病気なのでしょうか……? 橋本教授に尋ねてみました。

認知症は治る?

――認知症には、複数の原因疾患がありますが、治るタイプもあるのでしょうか?

  • 認知症をきたす主な原因疾患(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター情報を参考に橋本先生監修のもと作成)

治るタイプの認知症は、認知症全体の数パーセントを占めるにすぎません。その中で頻度が高い病気として、脳脊髄液が脳内にたまる「正常圧水頭症」がありますが、たまった脳脊髄液を手術で抜けば認知症が改善します。頻度は低いけれども治る可能性がある認知症ですので、見落とすことがないように、認知症が疑われれば病院を受診することが大切です。

治らないタイプの認知症には2通りあって、症状が進行しづらい認知症と、着実に進行する認知症があります。例えば脳梗塞が原因で認知症になったとしても、次に脳梗塞を起こさない限りそれ以上症状は進みません。このような症状が進行しづらい認知症は、全体の2~3割ぐらいです。

残りの約7割の認知症は、確実に症状が進行します。治らない認知症の代表がアルツハイマー型認知症です。この病気になれば認知機能がどんどん低下し、進行をストップさせることは、現在の医療ではできません。現状でできる治療と言えば、進行を緩やかにすることだけです。

――今の医療では、根本的な治療をするというのは難しいのですね。

残念ながら低下した認知機能を改善することはできませんし、進行を止めることもできません。将来的にも、これらは難しいのではないかと思います。それでは医療はどこを目指すのか。これは私の予想ですが、認知症になりにくくしたり、発症を遅らせたりする薬を開発する、そんな方向に向かっていくのではないでしょうか。

例えば発症を10年遅らせることができれば、それまで80歳で認知症になっていた人が90歳で発症することになる。そうすれば寿命にも近づき、認知症にならずに生涯を終えることができる。この10年間はとても大きいと言えるでしょう。

認知症の予防法

――認知症の予防に効果的なことはありますか?

残念ながら、「こうすれば認知症にならすに済む」という予防方法はありません。「認知症になりやすい」というリスクを避け、発症率を下げることが現実的です。

ただ本人が努力しても、どうすることもできないリスクがあります。例えばアルツハイマー型認知症という病気は、男性より女性の方がなりやすいことが報告されています。また、ご家族がアルツハイマー型認知症になった人は、発症のリスクが高いと言われています。

母親が60~70代の頃にもの忘れがひどくなった、そこで検査したらアルツハイマー型認知症だった、という人のお子さんは、同じくらいの年齢になったとき、かなりの確率で認知症を発症する印象があります。これは、本人が気をつけてもどうにもならないリスクの例です。

そのほか、脳をたくさん使っているか否か、という観点では、高学歴の人は認知の貯金があるといえるでしょう。では、認知症予防のために今から勉強を始めることは効果があるのでしょうか? これは人間の脳が発達するまでの期間に、どれだけ良い刺激を与えられたか、という話なので、予防効果がないわけではないですが、効果はそれほど大きいものではありません。

――では、自分でコントロールできるリスクを教えてください。

本人が気をつければ改善できるリスクもあります。ただ、それらを全部合わせても、発症を40%~45%ほど予防できるに過ぎません。

例を挙げれば、高血圧、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)、このような生活習慣病をしっかりと治療していくことはリスク低減の1つの方法です。また、耳が聞こえなくなると脳への刺激が減りますので、難聴も認知症のリスクになります。これらの対応は中年の時期から始めることが大切です。

そのほか、高齢者のうつ病も認知症のリスクになりますね。ですので、精神面のマネジメントをしっかりやっていきましょう。加えて、他人との交流が少ない人も、認知症になりやすいため、社会参加が大事と言えるでしょう。

あとは、適度な運動には、予防効果があると言われています。運動強度としては、少し息が切れるぐらいが良いでしょう。早歩きなど、少し負荷のかかる運動を1回30分、週に2~3回できれば良いですね。そんなに難しく考えなくて大丈夫です。運動と一緒に頭をちょっと使う、デュアルタスク(しりとりをしながら歩く、など)が簡単な取り組みですね。

そのほか、過度の飲酒、そしてたばこもリスクです。詳しくは世界保健機関(WHO)が「認知機能低下及び認知症のリスク低減(Risk Reduction of Cognitive Decline and Dementia)のためのガイドライン」を公表していますので、参考にしてみてください。

  • 認知症予防(参考:世界保健機関(WHO)が「認知機能低下及び認知症のリスク低減(Risk Reduction of Cognitive Decline and Dementia)のためのガイドライン」)

認知症の初期症状

――自分の親が認知症になったかもしれません。チェックするポイントはありますか?

認知症に特有の異変がないか、確かめてみると良いでしょう。例えば、初期症状では同じ話を繰り返すことがあります。「この話、前も聞いたな」というシチュエーションが増えてきたら要注意です。

あとは、冷蔵庫の中に賞味期限切れの食材が増えてきた、部屋の掃除が雑になってきた、お薬の勘定ができなくなっている(飲みすぎる、あるいは余る)、そんなところにも危険信号を感じ取ることができます。

ほかにも、孫に何度もお小遣いをあげようとしたり、いつも作っていた料理を作らなくなったりした場合は注意が必要と言えるでしょう。

東京都福祉局では「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」を公開しています。気になる方はこちらもチェックしてみましょう。

認知症かもと思ったら?

――親に、認知症の可能性が出てきました。親自身も何となく違和感を持っているようですが、どうすると良いのでしょうか?

一緒に「もの忘れ外来」に行けるのであれば、それがイチバン良いでしょう。多くの場合、最初に本人が気づきます。「もしかして、私は認知症が始まっているんだろうか」と心配になっているはず。そのとき周りが察知して、「じゃあ病院に行ってみようか」という話にもっていけたら良いですね。

でも、認知症も次の段階に進むと、何かを忘れる、うまくいかないことが増えてくる、失敗を周りから指摘されてプライドが傷つく、やがて周りのアドバイスも拒否するようになる、という状況に陥ってしまいます。そうなると、病院を受診してもらうことがかなり難しくなってきます。

だから異変を感じた時点で「ちょっともの忘れが心配だから一緒に病院に行ってみようよ」と声をかけるのが良いと思います。最近は、病気の進行を遅らせてくれる新しいお薬も発売されていますので、病院で診てもらうにしても、早ければ早いほど効果が高いと言えるでしょう。


自分や家族が認知症かもと少しでも感じたら、まずはもの忘れ外来や、国・自治体が用意している支援先などへ相談してみましょう。

■認知症に関する相談先
厚生労働省では「認知症に関する相談先」を公開しています。少しでも気になったり、悩んだりした方は、一人で抱え込まず、まずは気軽に相談してみましょう。

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