悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、現場感のない上司がリーダーシップを発揮するためにはどうすればよいのか、というお悩みに対するビジネス書です。

■今回のお悩み
「現場感のない上司はどうすればリーダーシップを発揮できますか」(52歳男性/技能工・運輸・設備関連)

  • 現場感のない上司、リーダーシップを発揮するには?


このご相談に関しては、"現場感のない上司"が職場の上司を指しているのか、それともご自身のことなのかが気になるところですね。

どちらともとれるので判断が難しいのですが、ともあれ「一般的な"現場感のない上司"がリーダーシップを発揮するための方法」について考えていきたいと思います。

そもそも、現場感とはなんでしょうか? なぜ現場感が大切なのでしょうか? 端的にいえば、現場感とは体験を通じて得た感覚。仕事をするうえでは、それが大きな意味を持つわけです。もちろん、頭で考えること、あるいは理屈のたぐいがすべて無意味だというわけではないでしょう。それらが役に立つことも、往々にしてあります。

しかし、頭で覚えたことよりも、やはり体験による記憶が重要であるということ。仕事の現場に入り込み、そこで実際に体を動かし、意見を交わすなど、理屈ではない"生の体験"が、のちのち大きな意味を持つのです。

失敗も含め、体験のストックが多ければ多いほど、それは以後の仕事に生かされることになります。また、部下にアドバイスや助言をする際にも、それが大きな力になるはず。部下の考えが理解できるため、悩みなどを共有できるのです。

そういう意味で、実体験に直結した現場感は重要だということ。逆にいえば、現場感がないと、いま現場にいる部下の苦悩や不安、不満などをキャッチできなくて当然です。

だからこそ、多くのハードルを乗り越えていかなければならない上司にとって、それは必須だとすら言えるのではないでしょうか。

「1on1ミーティング」を取り入れる

『任せるリーダーが実践している 1on1の技術』(小倉広 著、日本経済新聞出版)は、「1on1ミーティング」の重要性を説いた書籍。

1on 1ミーティングとは、「上司と部下の間で、週1回~月1回、30分~1時間程度、用事がなくても定期的に行う1対1の対話」のことです。先端的なIT企業が集中するシリコンバレーを中心に、米国では数多くの企業が1on1を実施しています。最初に1on1を経営の重要事項として位置づけたのはインテル社の元CEO、アンドリュー・グローブ氏だと言われています。(16ページより)

  • 『任せるリーダーが実践している 1on1の技術』(小倉広 著、日本経済新聞出版)

つまり本書は、日本でも広く注目され、あらゆる業種で導入が加速しているという1on1によって成果を上げるための方法や手段を紹介しているのです。今回のご質問には、PART2「管理者のための現場視点の1on1が役立ちそうです。

著者は、1on1は料理に例えれば、ただの「皿」だと主張しています。そこにどんな料理=コミュニケーションを載せるかで、いろいろなことが変わってくるということ。

たとえばコーチングという料理を載せれば、「部下の目標達成を上司が支援する」場になるでしょう。しかし「上司が部下を否定し、追い詰める」という料理を載せたとしたら、1on1は単なるパワハラの温床になってしまうわけです。

そのため、1on1を実施するにあたっては「上司側の1on1スキル」を高めることが重要だという考え方。そしてそのことに関連し、著者は「1on1に必要となる5つのスキル」として、

1 傾聴:相手の話を注意深くていねいに聴くこと
2 勇気づけ:できるだけ部下が勇気づけられるようなコミュニケーションをとること
3 質問:部下に効果的な質問を投げかけること
4 フィードバック:目標と部下の行動とのギャップを部下に伝えること
5 結末を体験させる:"失敗も含めた体験"をしてもらい、そこから学んでもらうこと
(以上、108~111ページより抜粋)

を挙げています。これらを身につけ、実践して初めて、1on1という皿の上においしい料理が載るようになり、1on1の目的に近づいていくというのです。

直感に基づいてPDCAを回す

『リーダーの「やってはいけない」』(吉田幸弘 著、PHP研究所)の著者は、経営者・中間管理職向けに、部下育成の研修やセミナーを行っているという人材育成コンサルタント。

そんな経験に基づいて書かれた本書において、「できないリーダー」の共通点として次の3点を挙げています。

「丁寧に計画を立てる」
「チームでミスゼロを目指す」
「いつでも相談してくれ、と部下に言う」
(「はじめに」より)

  • 『リーダーの「やってはいけない」』(吉田幸弘 著、PHP研究所)

どれも「やるべきこと」のように思えますが、逆にできるリーダーには、次のような共通点があるといいます。

「適当に計画を立てる」
「リーダー自らミスゼロを破る」
「相談禁止タイムをつくる」
(「はじめに」より)

そこで本書では、やりがちだけれど「実はやってはいけない」リーダーの行動と、一見変わっているけれど「実はうまくいく」リーダーの行動を待避形式で紹介しているのです。

今回のご相談ともリンクしそうな、ひとつの例を挙げてみましょう。

×やってはいけない→丁寧に計画を立てる
○できるリーダーはこうする→適当に計画を立てる
(24ページより)

いわゆるロジカルシンキングを意識しすぎ、常に根拠を探してしまうという罠に陥っているリーダーは少なくないと著者は指摘しています。それは、「現場感のない上司」にも共通することではないでしょうか?

もちろん論理的に考えることが悪いというわけではないものの、ロジカルに考えるだけで行動に移さないのであれば、机上の空論で終わってしまう可能性があるからです。

将軍ジョージ・パットンの名言に「今日の良い計画は、明日の完璧な計画に優る」という言葉があります。つまり、何事も早く動いてみるほうがいいのです。PDCAサイクルを、まずは回してみる。回したら、さらに計画を立てる。その計画は最初に立てた計画より精度は増しているはずです。そうやって、ときに失敗もしながらPDCAを回し、成功にたどり着くのです。(26ページより)

つまり現場感がないなら、直感に基づいて動けばいいということ。直感は本人の経験が一瞬の判断となって現れたものなので、決して当てずっぽうではなく、それなりの根拠があるもの。だから、それを活用すればいいという発想です。

しかも経験や知識がベースになっているため、直感は新人よりベテランのほうが当たる確率が高まります。ですから「現場感のない上司」も、PDCAサイクルを回すことで弱点を乗り越えられるようになるはずだといいます。

部下には自分の失敗談を語る

『できるリーダーは、「これ」しかやらない メンバーが自ら動き出す「任せ方」のコツ』(伊庭正康 著、PHP研究所)の著者は、部下やチームのメンバーがワクワクしているとしたら、それは彼らが挑戦を楽しんでいて、仕事を通じて成長を感じている状態だと記しています。したがって上司は、部下やチームのメンバーをそんな状態へと導くべきなのだとも。

それを実現するために書かれたという本書のなかで興味深いのは、次の一文。

研修講師という仕事をしていると、多くの管理職の方々と接します。離職率が低く、部下の主体性も高い、そんなできる管理職が決まってやっていることがあります。彼らは、「あえて、失敗談を語っている」と言うのです。(72ページより)

  • 『できるリーダーは、「これ」しかやらない メンバーが自ら動き出す「任せ方」のコツ』(伊庭正康 著、PHP研究所

叱られたこと、恥をかいたことなど、自分の失敗談を語ることには、部下の主体性を引き出す絶対的な効果があるというのです。

「あんなにすごい上司でも、昔はそうだったのか」と思うことができれば、部下は「この上司なら多少の失敗も許してくれる」と思えるため、失敗を恐れることなく行動するようになるということ。

だとすれば、失敗を語ることには現場感に相当する価値があるとも言えるのではないでしょうか? そこで、現場感のなさに悩む上司は、恥ずかしがらずに過去を語るべき。

逆に、部下の側から「上司に過去のことを聞かせてください」と促すのもいいかもしれません。上司の体験から学びたいという前向きな意思を部下が示せば、上司も話そうという気になるかもしれないのですから。

もちろん上司との関係にもよりますが、いい影響が出てくる可能性は少なくないはず。少なくとも誠意を込めてアプローチすれば、悪い結果にはならないのではないでしょうか?