悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は取引先との折衝が苦手で、うまく交渉したいと考えている人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「取引先との折衝が苦手です。うまく交渉できるコツはありますか」(45歳男性/IT関連技術職)

  • 交渉力をあげるために必要なこと(写真:マイナビニュース)

    交渉力をあげるために必要なこと


僕は人を雇っているわけではなく“個”として仕事をしていますので、当然のことながら相手を説得したり、駆け引きのようなことも仕事のうちということになります。

たとえば通したい仕事があったとしたら、なんとかしてそれを実現させるため、自分なりに手を尽くすわけです。

ただし、そのためのメソッドのようなものを教わったことなどありませんし、助けてくれる同僚や先輩がいるわけでもありません。しかも、人と話すことは苦手ではないものの、中途半端にコミュ障的な側面も持ち合わせていたりもします(つまりバランスがよろしくない)。

ですから、あくまで「こうすればいいんじゃないか?」とアタリをつけて、見よう見まねでその場に臨んでいるにすぎないわけです。そういうやり方がうまくいっているとは思ってもいませんし、ましてやそれが「折衝」であるなどと意識したことすらないのですが。

したがって今回のご相談を拝見して初めて、「考えてみると、自分がやってきた(これからもやっていく)こともひとつの交渉なのだな」と思ったりもしたのです。そのため、折衝の難しさはそれなりにわかります。

しかもそれは、ビジネスをするうえでは避けては通れないことでもあります。というわけで今回は、折衝のスキルアップに役立ちそうな3冊を選んでみました。

交渉を成功に導く3つの鍵

まず最初にご紹介したいのは、『交渉学が君たちの人生を変える』(印南一路 著、大和書房)。著者は意思決定・交渉論と医療政策を専門とする慶應義塾大学総合政策学部教授。本書は、慶應大学の人気講義を書籍化したものです(なお、ちょっと珍しい苗字が僕と同じですが、親戚などではありません。念のため)。

交渉力は生まれつきの能力や経験で自然に身につけるものと思っていないだろうか。実はそうではない。交渉学とでもいうべき分野が発展し、今や交渉力は意識的に向上させることができるようになっているのだ。(「まえがき」より)

  • 『交渉学が君たちの人生を変える』(印南一路 著、大和書房)

たしかに「交渉学」ということば自体に難しそうな印象があるだけに、著者のこの主張には安心させられます。そして、こうした考え方を軸として、本論でも「交渉の仕方」から「戦術」までが解説されているわけです。

ところで著者は、

交渉は駆け引きである
交渉は経験のみで十分学べる
交渉は「術」でしかない
万能な交渉戦術が存在する
交渉力は生まれつきのものである

この5点を踏まえたうえで、「交渉を成功に導く3つの鍵」を紹介しています。

(1)交渉の基本概念を理解する
(2)事前分析をきちんと行う
(3)戦略的思考力を養う
(26~28ページより)

(1)は、交渉に働く普遍的な原則を理解し、基本的な概念を身につけること。そうすれば現実の複雑な交渉がよりよく理解できるようになり、過去の経験や将来の経験と結びつけることによって、実践的な能力を絶えず向上させることができるというのです。

(2)の分析に関しては、交渉で実現するべき「利益」の確認がもっとも重要。さらに交渉のコンテクストや経緯を理解し、交渉相手と自分との間の相互依存関係を確認し、自分と交渉相手のパワーの発生源がなにかを分析。そのうえで、自己の目的(利益の実現)に沿った適切な戦略を立てる必要があるということです。

長期的に交渉力を改善するには、交渉以外の方法で自分の交渉力を高める努力をし、かつ複数の交渉相互の関係を戦略的にとらえ、相互依存関係を自己に有利な方法にマネジメントすることが大切。すなわちそれが、(3)の重要性です。

いいかえれば、これらは交渉学の基礎となる部分。これらを念頭に置いたうえで本書を読み込んでいけば、交渉力の本質をしっかり身につけることができるということです。

質問で思考をコントロールする

取引先との交渉でも、上司との会話でも、あるいは家庭での主導権争いでも、それらを成功させるために重要なのは「論理的な思考力」を学ぶこと。そう主張しているのは、弁護士としてさまざまなケースを見てきた『弁護士の論理的な会話術』(谷原誠 著、あさ出版)の著者。

弁護士の思考パターンのなかには論理的な思考力を鍛えるヒントがあり、本書ではそのことについてわかりやすく解説しているのです。

ところで論理一辺倒で会話をしていると、ときには論争になってしまったりすることもあります。そこで著者は、負けない会話を心がける際の「質問」の重要性に焦点を当てているのです。質問は命令ではないので、相手に強制しているような印象を与えなくてすむということです。

人は質問をされると、その質問に答えようとして必死に答えを探すもの。つまり「考える」状態になり、その考えが瞬間的に頭を支配することになります。いわば質問をすることで、相手の思考をコントロールすることが可能。具体的には、

(1)強制的に思考させる
(2)答えを出させる
(196ページより)

  • 『弁護士の論理的な会話術』(谷原誠 著、あさ出版)

というパワーがあるということ。会話のなかに質問を織り交ぜていけば、会話の主導権を握れるようになるわけです。家電量販店でのお客さんと店員との会話で考えてみましょう。

客「ネットで見たんだけど、○○の洗濯機ある?」
店員「あいにく切らしておりまして」
客「今度いつ入るの?」
店員「2~3週間後には入荷すると思うのですが……」
客「ふーん。じゃあ、いいや」 (197ページより)

この会話では、客が質問する側に回り、店員はその質問で思考をコントロールされています。つまり会話の主導権を握っているのは客。

客「ネットで見たんだけど、○○の洗濯機ある?」
店員「洗濯機をお探しでしょうか?」
客「ああ、古いのを買い換えようと思ってね」
店員「お客様のご要望にあった洗濯機をご紹介させていただきたいと思います。今お使いの洗濯機は、乾燥機はついていますか?」
客「いや、ついてなくてね。今度は乾燥機付きのを買おうと思ってるんだ」
店員「ご家族は何名様ですか?洗濯物の量は多いほうでしょうか?」
客 「家族は4人だよ。子どもが……」
(197~198ページより)

この例では店員が質問する側に回り、客はその質問に答える側になっています。お目当ての洗濯機を見に来た客から、店員はニーズを探り、最適な洗濯機を紹介しようと質問を続けているのです。

その結果、会話の主導権を握ることに成功していますが、それは店員が質問する立場に立っているから。

このように質問は、矯正しているようには見えないのに、相手の思考を強制し、会話をコントロールできる強力な武器になるということです。

雑談が上手な人の特徴とは

さて、折衝のスキルアップをしたいのであれば、意外と無視できないのが「雑談力」ではないでしょうか? 無理なく雑談できる能力を持ち合わせていれば、それはきっと折衝の場でも役立つに違いないからです。

そこで最後にご紹介したいのが、『雑談が上手い人 下手な人』(森優子 著、かんき出版)。コミュニケーション・アドバイザーである著者はシングルマザーで、生活のために昼は求人広告の企画営業、夜は銀座のクラブホステスとして14年間働いてきたという人物です。

そんな環境のなかで、さまざまな業界の成功者の姿を見てきたといいますが、そういった人々には「雑談がうまい」という共通点があったのだとか。そこで本書では、一流と呼ばれる人たちが持つ特徴や雑談のスキルなどを紹介しているのです。

雑談が得意な人には、ひたすら話し続けている人というようなイメージがあるかもしれません。しかし重要なポイントは、「雑談が上手な人は、いったん全部聞く」のだという著者の指摘です。

聞くという行為は、相手を受け入れることです。
まずは、全部聞いてみる。すると、相手の気持ちや考え方がわかってきます。
(19ページより)

  • 『雑談が上手い人 下手な人』(森優子 著、かんき出版)

雑談が下手な人は、自分が次に話す内容のことばかりに気持ちが偏ってしまいがち。しかし、たとえ自分の考えと違っていたとしても、まずは相手の話を最後まで聞く。それこそが「受け止める力」であり、まずはそんな姿勢がもっとも重要だということ。

なぜなら人は、話を最後まで聞いてくれる相手に安心感と信頼感を抱くものだから。それがコミュニケーションの原点であり、ひいてはそれが折衝の成功へつながっていくということです。


冒頭に僕自身のことを書きながら思ったのですが、もしかしたら「自分は折衝が苦手で……」と感じている人は意外に多いのではないでしょうか? 多かれ少なかれ、誰しもがそんな苦悩を抱えている可能性があるということ。だからこそ、あまり深刻に考えず、これら3冊を参考にしながら少しずつステップアップしていけばよいのではないかと思います。

印南敦史

作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)ほか著書多数。4月8日発売の最新刊は、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)。