悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、人間関係に悩む人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「勤め先の人間関係にうんざりすることが多々あるがどういうふうに対処すれば良いか」(34歳男性/クリエイティブ関連)


好むと好まざるとにかかわらず、いつの時代もビジネスの現場に人間関係のトラブルはつきものです。ある意味では、人間が人間である以上、それは避けられないものなのかもしれません。

とはいっても、できればそれは避けたいもの。たとえば同じ部署内で誰かと誰かが衝突したとしたら、その余波がオフィス全体に広がり、雰囲気が悪くなってしまったりすることも十分にありうるからです。

また、他部署の人とのすれ違いも、それはそれで面倒です。僕も広告代理店の制作部に籍を置いていたころ、クリエイティブなことを理解してくれない営業の人間と、しょっちゅうぶつかっていました。

あのころは納得できないことばかりだと感じていましたが、いま思えば、それは当然すぎることです。なにしろ向こうは営業で、こちらは制作。業務の内容も立場も、ひいては考え方も違うのですから、互いの意見を押しつけあえば、衝突したとしても無理はないわけです。

それに、そんなことを繰り返していても時間の無駄です。だからこそ、トラブルは避けるべきなのです。結果的に業務のパフォーマンスが落ち、長い目で見れば会社の業績にも影響していくことになるのですから。

そこで、ちょっと視点を変えてみてはいかがでしょうか。先ほども触れたように、そういった人間関係の悩みで、いまも多くの人々が悩んでいるのです。そして将来的にも、人はこの問題で悩むことになるでしょう。

つらいとは思いますが、考えようによってはそれが「普通」なのです。避けられないのです。

ですから、そんなときはまず、「いまある状態」を受け入れるべき。そして少しでも改善できるように、人間関係の問題をテーマにした書籍を参考にしてみましょう。

幸い、人間関係に関する書籍はたくさん発行されています。いわばそれは、同じようなことで悩んだ経験のある人が過去にもいたことの証。彼らを納得させてきただけに、それらの多くには普遍的な説得力があるのです。

人間関係の本質を解説

1937年に初版が発行されたデール・カーネギーの『人を動かす』は、数ある自己啓発書の原点。いつの時代も変わることのない人間の本にはじまり、生きていくうえで身につけておくべき人間関係の本質などを、実話に基づいて解説した書籍。ご存知の方も多いことでしょう。

今回ご紹介したい『超訳 カーネギー 人を動かす』(デール・カーネギー著、弓場 隆訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、そんな名著を「超訳」したもの。

  • 『超訳 カーネギー 人を動かす』(デール・カーネギー著、弓場 隆訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

わかりやすさ、読みやすさに重点を起き、意訳をさらに推し進めた「超訳」については、原作の持ち味が失われるといった否定的な意見もあります。しかし、数々のビジネス/自己啓発系書籍を翻訳してきた訳者は、本書を通じてカーネギーが訴えたいことを見事に浮き彫りにしています。

なにより魅力的なのは、「1ページ=項目」でコンパクトにまとめられている点。必ずしも冒頭から順序立てて読み進めていく必要はなく、目についた項目をランダムに、空き時間を利用して読むことができるわけです。

本書に目を通してみて感じるものがあったら、次にオリジナル版の『人を動かす』をじっくり読んでみるというのもひとつの方法です。

仕事をしていれば、嫌なことはたくさんあるでしょう。企画を通したい、契約を結びたい、予算をもらいたい、他人に思う通りに動いてほしい……、それらが叶わないことなんて数えきれないほどあったはずです。一言でいえば、自分を押し通すことができなかったということです。
また、仕事を押し付けられた、重箱の隅をつつかれた、ないことを勝手にうわさされた、出世競争で策略にハメられたなど、攻撃されることも日常茶飯事でしょう。
そこで本書が提案したいのが、「仕事で自分を押し通し、攻撃から身を守ること」につなげてくれるという「ポジティブな攻撃性」を呼び起こす方法です。(「はじめに」より)

ポジティブな攻撃性を呼び起こす

『気が小さくても立場を悪くせずとも職場のアホを撃退できる! 都合のよすぎる方法』(イェンツ・ヴァイドナー著、片山久美子訳、SBクリエイティブ)の冒頭にはこう書かれています。著者は、ハンブルク応用科学大学経済社会学部の教育学及び犯罪学教授。

  • 『気が小さくても立場を悪くせずとも職場のアホを撃退できる! 都合のよすぎる方法』(イェンツ・ヴァイドナー著、片山久美子訳、SBクリエイティブ)

もともとは攻撃性を抑えるためのトレーニングプログラムを開発し、ドイツやスイスで100以上の暴力矯正プログラムに関わってきたのだそうです。しかし興味深いのは、ある時期を境にこれを逆の視点から利用し、「やり遂げる力と闘志を高めたい人々のトレーニング」にシフトしたということ。

つまりは正反対のことを行なっているわけですが、それが大きな効果を生んでいるというのです。ちなみに効き目が非常に強力であることから、それを「ペペロニ戦略」と呼んでいるのだとか。

あまりに刺激的であるため、「使用は、ほどよい加減にしないと危険」という意味が込められているのだそうです。大げさなようにも思えますが、それだけ著者はこの方法に自信を持っているのです。

正しい用量を守れば、仕事でもっと多くの貫徹力と防御力を手にすることができます。駆け引きの力や勇気、気骨をも与えてくれるのです。できないことはできないと言い、自分の目標を絶対に達成しようという投資も湧いてきます。その結果、周囲からの尊敬も集めることができます。(「はじめに」より)

そんな本書において著者は、戦うことの必要性を説いています。企業間の競争が激化し、社内でも安心できない状況においては、好むと好まざるとにかかわらず戦い抜かなければならないということ。

良いことをするために、競争社会を力で戦い抜く、これはとても将来性のある目標です。あなたに必要なのは、対決姿勢を取る覚悟だけ。つまり、あなたが持っている自然な攻撃性を自覚すればよいのです。(35ページより)

ポジティブな攻撃性は、自分自身のなかにある発電装置のようなものであり、反対勢力に対抗して自分の意見を押し通す勇気をつくり出す源なのだといいます。自分のなかの本質を活用するだけなら、たしかに難しいことではないはず。明かされている数々の秘策のいくつかは、いま、目の前にある人間関係を改善するために役立てることができるかもしれません。

自分を変えることは容易だ

『人間関係のトリセツ』(トキオ・ナレッジ著、宝島社)の著者であるトキオ・ナレッジとは、弁護士、放送作家、大手メーカー工場長、デザイナー、茶人、ライター、シンクタンクSE、イラストレーター、主夫、カメラマン、新聞記者、ノンキャリア官僚、フリーターで構成されているというクリエイティブ・ユニット。

  • 『人間関係のトリセツ』(トキオ・ナレッジ著、宝島社)

さまざまな職種や立場にいる人たちの集団だというわけですが、本書においては、人間関係の問題を解決すべく、心理学を中心にさまざまな人との関わり方を取り上げているのです。

他人は変えることができない、とよく言われるが、自分は変えることが容易である。それはけっして「いい自分」に変わることだけではないのだろう。ときにグレーに、時にブラックに自分を演じることで、自分にとって必要のない人間は遠ざけ、いい人間関係に力と時間を割いていくことができる。(「はじめに」より)

つまり本書で明らかにされているのは、「自分の発想をどう変えるとラクになるのか」「自分がどういうスタンスでいれば、他人に振りまわされずにすむのか」という、「自分のトリセツ」だということ。

具体的には「あらゆる『口撃』をサッとかわす処世術」「『めんどうな人たちに絡まれない』距離の取り方などが紹介されているのですが、なるほど、人に求めるのではなく自分が変われば、多くのストレスから逃れることができそうです。


人間関係の問題は、正解がないだけにとても複雑。ですから、この3冊を熟読したらすべてが丸く収まるというものでもないでしょう。しかし、大切なのは「積み重ね」です。そこで、まずは、ここに書かれていることで共感できたものだけを応用してみて、一歩進んでみてはいかがでしょうか。それを繰り返していけば、やがて「次に進むべき道や手段」が見えてくるはずです。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。