「サイエンスに基づいた知見は、読み進めるだけでも楽しい」── 翻訳書籍の魅力をこう語ったのは、今回、初めて海外書籍の編集を担当した翔泳社の倉橋京子氏。世界的に人体の歴史ブームが来ていると感じていた同氏は、今年6月、健康食の常識をひっくり返す翻訳書『食のパラドックス』を発売した。この本はどのような点が新しいのか? ビジネスプロデューサー・書評ブロガーの徳本昌大が聞いた。

  • 翔泳社の倉橋京子氏。今回紹介する翻訳書籍『食のパラドックス』は最新の知見を紹介したもの。専門家は原著の著者しか存在していないため、内容の読み解きと翻訳作業はかなりのチャレンジとなったそうだ

1歩も2歩も先を行く食の最新知見

今回話題に上がった翻訳書籍、スティーブン・R・ガンドリー著『食のパラドックス』。アメリカのAmazon.comで上位席巻し、1,000件以上の5つ星を得た書籍だ。「"健康食"が腸を狂わせる」と謳い、これまで体に良いとされてきた豆腐、もやし、トマト、チアシードなどを"毒"として「食べてはいけない食品」リストに入れるという衝撃の内容だ。

翔泳社といえば、コンピュータ関連の教則本や資格ガイド、ビジネス書籍や実用書をイメージする方が多いだろう。この本の編集を担当した倉橋氏も、これまでは主に福祉や健康分野の書籍を担当しており、実は翻訳書籍に携わるのは初めてだという。

「原書である『THE PLANT PARADOX』は2017年4月にアメリカで刊行され、またたく間に人気書籍となりました。私がこの本を知ったのは同年6月ごろで、ちょうどこのような食と健康に関する書籍を作りたいと思っていました。グルテンフリーという概念が一般的になってもう5~6年経過しました。次に来るであろう概念が、本書で紹介されているレクチンフリーだと思い、これは当社で出版する価値があると感じたのです」(倉橋氏)。

レクチンとはなにか、どうして毒なのか?

健康食といえば、どのような食材が思い浮かぶだろうか。日本人であれば、玄米、豆腐などはよく健康のために食されるものだろう。また昨今はトマトの効能もたびたび話題となっている。腸内環境を意識して、ヨーグルトを毎日食べている人も多いはずだ。しかし本書は、そのような健康食こそが腸を狂わせると警告する。

食の常識を覆す概念として、近年話題となったのがグルテンフリー、つまり小麦粉の摂取を控えることだ。本書ではその研究をさらに推し進め、"レクチン"フリーを推奨している。レクチンとはおおむね大きなたんぱく質の総称で、植物の中に存在しているものだという。そもそもグルテンもレクチンの一種であり、グルテンだけを控えても焼け石に水ということだ。

レクチンは、植物の種や外皮、葉などに含まれている。とくに種には多く、これは植物が同じ場所で種を芽吹かせるために、動物を攻撃する仕組みなのだという。またレクチンには体重増加の効果もあり、だからこそ小麦は食料が不足しがちだった祖先に食されていたと本書は述べる。

さらに、牛乳や、そこから作られるヨーグルトなどの乳製品にもNGが出される。この主原因は、現在流通している乳製品の多くが、ホルスタインから取れるカゼインA1ミルクであること。カゼインA1は消化を通じてレクチンに似たたんぱく質となるからだ。

「『食のパラドックス』の優れている点は、レクチンやカゼインA1などが人間の体にとって毒となるバックグラウンドを体系的にまとめていることでしょう。植物と動物の戦争の歴史、科学的なエビデンス、医学・栄養学見地などを基にした横断的なサイエンス本だからこそ、説得力があります」(倉橋氏)。

ではいったい、どのような食事を摂れば良いのだろうか。『食のパラドックス』では、食への警鐘だけでなく、理想的な食材と買い物スタイル、毒と呼ばれる食品の調理法、理想的なレシピ例と食生活改善プログラムまでが具体的にレクチャーされている。まさに食に関する最新の知見が凝縮された一冊といえるだろう。アメリカでは本書をもとにしたレシピ本も発売され、こちらも大人気だという。

体という資産を運用し人生100年時代に備える

とはいえ、慣れ親しんだ食事を1から改善するのは大変難しいもの。倉橋氏は、まずスーパーやコンビニで買い物をするときのちょっとした工夫から始めてほしいと語る。例えば、パンを購入する場合は天然酵母のものを選ぶ、玄米よりは白米を選択するなどだ。なぜこれらの食品を選んだ方が良いのか、その理由を知りたい人はぜひ本書を読み進めてほしい。

食事と腸内細菌叢を徹底的に考える本書のアドバイスは、がんや糖尿病、認知症などの予防に役立つだけでなく、ダイエットへの効果も高い。「そんなに食べていないのに、肥満が気になる」という方もぜひ読んでみてほしい一冊だ。

「食や健康に関する本を読まれる方の多くは、自身の健康状態が気になってくる壮年から年配の方です。しかし人生100年時代と言われる今、ぜひ若い方にもこの本を読んでいただきたいですね。現代において、体はなによりの資産です。若いうちからこの資産をうまく運用していってほしいと思います」(倉橋氏)

  • 「『食のパラドックス』が、10年後、20年後、自分の体がどうなっているのかを考えるきっかけになるといいなと思っています」

食のパラドックス

今までの常識をそっくり覆す健康本の金字塔
植物4億年の進化が生んだ脅威のタンパク質「レクチン」を排除!

「サイエンスヒストリー」と「食事法」が合体した、今までに類がないタイプのダイエット・健康本。多くの健康本は「こうしたら健康になれる」というハウツーだけで完結しているが、本書は、レクチンフリー食の根拠となる、植物がレクチンをあみ出すにいたった経緯を科学や生物学からやさしく説き起こして丁寧に説明する。


スティーブン・R・ガンドリー 著
白澤卓二 訳
定価:1,800 円+税
発行年月: 2018年6月30日