地震はいつ、どこで起こるのかわからない天災だ。当然、自宅で被災するとは限らず、特に会社員の場合は、オフィスで被災する可能性も高い。万一の時に生き抜くために、会社ではどのような備えをしておけば良いか。災害レスキューナースとして国内外で活躍する辻直美さんに話をうかがった。

会社の備蓄や外部からのレスキューは期待できないと心得よ

「万一被災しても、会社が食料や毛布を用意してくれているはず」。大抵の人は、そう信じていると思います。確かに、「防災対策基本条例」で、事業者には従業員のために必要な物資を確保しておく努力が求められます。しかし、実際は、充実した備蓄品を用意している企業はそう多くはありません。

大手企業でも、「備蓄品はありますか?」と確認すると、けっこう言葉を濁されます。社員一人ひとりの毛布は期待できません。せいぜい軽食と500mLの水。これも、「1回分あればマシ」というのが実態です。

また、会社で避難する人は災害救助の優先順位が高くありません。災害時には、1人もしくは2人ぐらいで救助を求めている人が優先されます。特に災害弱者がいれば尚更のこと。つまり、会社員の会社避難は「元気なパワーのある人がたくさんいる」と捉えます。

会社では、ケガ人がいても、皆で圧迫すれば止血できます。トイレに閉じ込められた人やファイル・キャビネットの下敷きになった人がいても、皆で力を合わせれば救出できる可能性が高いからです。

つまり、オフィスでの防災では、生き抜きたいなら、「自助」が必須なのです。まずは、飲料水とお菓子を常にデスクに用意することから始めてみてはいかがでしょう。

  • デスクに用意しておくお菓子は、普段自分が食べている好きなものでOK。個包装のものだと衛生的で、周囲にも分けやすい。乾パンなどの非常食は、被災時にはかえって気持ちが萎えてしまうので、あまりおすすめできない。

自席から出口への避難ルートをゲーム感覚で探しておこう

オフィスには自宅以上に大地震の時に凶器になるものがあります。たとえば、ファイル・キャビネット、コピー機、パソコンなど。しかし、防災を考えてレイアウトしている会社はまだ少なく、多くは仕事のしやすさで配置を決めています。いきなり社内全体を防災仕様にするのは難しい。まずは自分のデスクまわりから対策を始めてみましょう。

最初は、自分のデスクまわり前後左右上下を写真に撮りましょう。それを「大地震が起きた時にどうなるか?」と想像しながらチェックするのです。「机の上に出しっぱなしの文房具が飛んできそう」「すぐ上に蛍光灯があるから、落ちてきたら危険」「背後の棚が倒れてくる可能性大」というように、問題点がみつかります。

文房具の片付けのように、自分で対応できるものはすぐに実行します。照明や什器については上司や同僚に相談し、部署全体で防災対策を考えましょう。それぞれが自分のことと思えるきっかけにすることがあなたの命を守るのです。

また、防災上の問題点がわかっても、会社では予算などの関係からすぐに改善するのは難しいでしょう。そのため、「この環境下でいかに生命を守り、避難するか」が重要です。自分のデスクから出口までをチェックしていくと、けっこう危険な場所があるのではないでしょうか? たとえば、高く積まれた段ボール、いつも通路に飛び出している椅子やデスクワゴン、ストッパーがかかっていないコピー機……。壁際に並ぶファイル・キャビネットも、大地震の時には倒れて通路を塞ぐ可能性が高いのです。

「あそこの通路が駄目ならこちらの通路に向かおう」と、日頃から避難のイメージトレーニングをしておく。これで、万一の時の生存率は上がります。ゲームでダンジョンを攻略するような感覚で、「どうすれば逃げられるか」をいろいろイメージすることが大切です。敵やトラップが次々と襲ってきても、アイテムを手に入れ、仲間を引き連れて助かればOKというのは、防災もゲームも同じです。

  • 平時に仕事をする分には問題ないが、大地震が起きた時はオフィスには危険なものや場所が意外に多い。

「絶対に被災しない場所」は存在しない

次に、実際にオフィスで大地震に遭遇した時の対応について、場所別に説明しましょう。 デスクにいる時なら、机の下にもぐり、写真のような「ダンゴムシのポーズ」をとります。机の下を荷物置き場にしている人もいるのでは? それでは、身体がデスクの下に入りません。身体全体がきちんと入るように、日頃から片付けておきましょう。

実は、片付けられていても、狭いスペースでダンゴムシのポーズをとるのはけっこう難易度が高いです。会社の昼休みにでも、ストレッチ代わりに椅子に座ったまま首筋(延髄)を守ってかがむ練習をしておきましょう。いざという時にポーズがとれるようになります。

給湯室で地震に遭遇した時は、すぐに廊下に出るようにしてください。狭い空間に湯飲みなどの割れ物、湯沸かし器、ケトル、電子レンジなどが並ぶ給湯室は、オフィスより危険です。トイレにいる場合もすぐに出ます。閉じ込めにあう可能性が高いからです。会社のトイレは、空間としての強度もそれほどありません。「ひとまずドアを開けておけば……」なんて悠長なことを言ってないで、できれば拭く時間も惜しんで出てきてほしいくらい(笑)。

さらに言えば、閉じ込めにあった場合に備えてトイレに飲料水を常備、入る時は常にスマホを携帯するとベターです。「まさか、オフィスのトイレで被災するわけない」と思うかもしれません。しかし、可能性はゼロではありません。私自身、仕事先で入ったトイレの鍵が壊れ、閉じ込められた経験があります。防災グッズとして、常にドライバー付万能ナイフを持っていたので鍵を取り外して出てこられました。

あの時、手ぶらだったら救出を待つしかありませんでした。「でも、やっぱり確率は低いし」と、思うでしょう。しかし、それが生死を分ける可能性になります。最後は自分の決断と行動力が命を救うのです。

  • 首筋(延髄)を守りながら、頭頂部が床に着くくらいに頭を低く下げてしゃがむのが、災害時に命を守るための基本ポーズ。可能であれば、さらにノートパソコンや雑誌、座布団などを頭上にかざしたり、カーディガンやマフラーを首に巻いたりしたい。手ぬぐい一枚だけでも、首筋がむき出しの場合よりは延髄の損傷を防ぐことができる。