山登りをしている時に、目の前に熊や猪が現れたら、みなさんは真っ先に何を考えますか? おそらくは「なんとか助かりたい」と逃げる方法が頭を駆け巡るはずです。

まさか、「これを捕まえて毛皮や肉を売れば相当儲かる」と考える人はほとんどいませんよね。ややオーバーな例かもしれませんが、このように私達は「利益」を得る機会よりも「損失」を回避する方を重視しがちです。

もちろん山道では、逃げることを優先することが正しいと思いますが、これが投資やお金については、必ずしもこのような選択を続けることが良いとはいえません。

  • 人は利益獲得より損失回避を重視する(写真:マイナビニュース)

    人は利益獲得より損失回避を重視する

損失回避の意識が高いタクシー運転手

1997年に発表された労働供給に関する論文で、ニューヨークのタクシー運転手を対象にした、興味深い研究結果が紹介されました。

ニューヨークのタクシー運転手は1日の労働時間を自分で自由に決めることができ、1日の目標売り上げもあらかじめ定めて、「乗車率が高い雨の日」など売り上げを早く達成した日は就労時間を短く切り上げ、達成しない日は長時間労働するということが分かりました。

一般的にニューヨークでは、運転手がタクシーを借り受ける契約になっており、一定時間分のタクシー利用料を支払っています。そのため、その金額を超えなければ「損失」となるので、売り上げが少ない時はどうしても長時間乗車になるようです。利益機会の追求よりも損失回避への意識が高い典型例です。

もちろん目標を立てることは良いことですが、もしこれが日々の目標ではなく月間目標だったらどうでしょうか? たくさん利用者がいて、売り上げが多い日は「もう少し長い時間乗車して稼ごう」となり、利用者が少ない時は「今日は長く働いても成果があがりそうにない。早く切り上げてゆっくり休もう」と、効率的な判断ができそうです。

その日が良ければ良しとするより、運転手として長く働き、理想的な生活を送れる方がよいわけで、そのための目標設定の仕方をするべきです。

長期的な判断が大事

資産運用も同じで、「子供の10年後の大学費用」「老後のため」といった目的を持って始めたのであれば、日々の株価や為替など相場の動きはそれほど気にすることなく、むしろ株価が下がっている時は、長期的にチャンスと捉えることも大切です。

しかしながら、やはり多くの人が、株価が下がっている時は「怖い」と感じ投資を避ける傾向にあります。タクシーの事例のように、目的や期間を冷静に意識したいです。もし、そういった判断が難しいのであれば、「ドルコスト平均法」が機能する定時定額積立を検討してください。毎月一定額、投資対象を買い増していく方法のことをいいます。

よって、相場動向が良くても悪くても、恣意的にならず、投資対象である株数や口数が増えていきます。当然、毎月1万円といった具合に金額を定めているため、株価が高い時には少ししか買わず、低い時にはたくさん買えるため、平均買付単価が下がりやすくなります。

つまり、長期的に利益が出やすい状態となります。現在、「iDeCo(イデコ)」や「つみたてNISA」など長期的な積み立てが推奨されているのはそういった理由です。

損失を拡大させる「保有効果」

一方、株式投資の場合、その対象企業の業績が振るわず、財務内容も悪化していれば、その先には「破たん」が待っています。長期投資とのんびり構えているばかりではいられません。

ただ、そういった厳しい状況に気付いていても、「損切り」は難しく、なかなか株式を売却できずに持ち続けてしまいます。いわゆる「塩漬け」状態です。こういった背景には私たちの「保有効果」も影響しているといわれています。

保有効果とはいったん所有したものの価値を高く見積もり、手放したくないという行動形態を指します。例えば、学校の生徒を無作為に2つのグループに分け、1つのグループにマグカップを、別のグループにお菓子を渡したとします。

いったん手渡した後、「希望者は交換できる」と伝えても、交換を希望する人は1割程度だったという研究結果もあります。

本来であれば無作為にグループを分け、希望に関係なくマグカップまたはお菓子を受け取っているわけなので、確率的には半数の生徒が交換を希望してもおかしくないのですが、ほとんど希望する学生がいなかったというのは、まさに保有したことで、その価値が高まった証拠です。

筆者も車を買い替えた際、納車するその日に、新しい車に乗れる喜びよりも、今まで乗っていた車を手放す悲しみの方が大きく、テンションが上がらなかった覚えがあります。新しい車のハンドルを握るとすぐに気持ちは高ぶりましたが。

株式投資の場合も保有効果が働きやすいです。塩漬けしている株式は、思い切って手放し、他の投資対象に乗り換えた方が、良い結果につながりそうです。

目的を見失わず、適正な目標を定め、合理的な対応を行うことが資産運用を行う上で大きなポイントとなります。

著者プロフィール: 内山 貴博(うちやま・たかひろ)

内山FP総合事務所
代表取締役
ファイナンシャルプランナー(CFP)FP上級資格・国際資格。
一級ファイナンシャル・プランニング技能士 FP国家資格。九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻 経営修士課程(MBA)修了。