「ノンアルコール」と聞くと、「お酒を飲めないときの代わり」といったイメージを持つ人も多いかもしれません。けれど実際には、日々の暮らしの中で“あえてノンアルを選ぶ”シーンは、少しずつ広がっています。

『365杯のノンアル話』は、さまざまな生活背景を持つ人たちの実体験をもとに、「どんなときに、誰と、なぜノンアルを選んだのか」をたどるシリーズ。特別な日のためではない、ごく普通の一日にある“ちょうどいい一杯”を通して、それぞれの暮らしをのぞいていきます。

今回は、野球部の息子を応援する父兄たちのお話です。

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試合は一進一退を続けている。

普通だったら“手に汗握る名勝負”みたいに聞こえるかもしれないけど、目の前で行われている試合はそうではない。ピッチャーはストライクが入らずフォアボール。盗塁で走ったらキャッチャーが大暴投。ランナーが次の塁まで行こうとしたら全然間に合わずタッチアウト……つまりどっちもどっち。どっちもあまり上手じゃないチームが決定打を出せず、奇跡的に接戦のまま最終回まで来てしまったというのが、これまでの試合展開だ。

そんな試合でも――いや、そんな試合だからこそ――応援する私たちのテンションは落ちない。

「まだいけるぞー!」
「しっかりー!」
「あとワンアウトー!」

空には真夏の入道雲。危険すぎる暑さの中、真っ黒になってプレイする子どもたちを全身全霊で盛り立てる。

――この試合、どうしても勝たせたい……。

それは父兄全員の想いだった。公立高の弱小野球部。確かに弱いとはわかっていたが、今年は本当に勝てなかった。秋季大会で負け、新人戦で負け、先月の夏の甲子園を目指す地方大会でも1回戦コールド負けした。

弱いのは仕方ない。ヘタなんだから当然だ。でも、だからといって子どもたちが適当な気持ちで野球をやってるわけではないことは父兄全員がわかっていた。

みんな陽が暮れるまで練習した。どうして勝てないのかミーティングしたときは感極まって泣き出す子もいた。父兄も応援に繰り出す中で全員の名前を覚え、お互い仲良くなった。「次こそは!」と言い合ってるうちに一心同体、すべての子どもがわが子のような愛しい気分になっていた。

「もうダメ、見てられない……」

ピッチャーのショウマくんのお母さんが頭を抱える。

「大丈夫よ、あとワンアウトじゃない」
「そうよ、コントロールも決まってる。ショウマくん冷静な顔してるし」

公式戦はすでに終わっているが、今日は3年生の最後の試合。ショウマくんは3年生で、この遠征を最後にユニフォームを脱ぐ。

「だって、この前の城南とやったときも9回2死から打たれたし……」
「そのときと今日は違うでしょ。お母さんが息子信じないでどうすんのよ」
「私ショウマくん信じてるからね。ほら、祈りのポーズ」
「ああ、私、ショウマの3年間が走馬灯みたいに回りはじめた……あの子、がんばったよね。一生懸命やったよね。もうこれで最後……高校生活最後……だから、お願い!」
「……ショウマくん、お願い!」

カキーンという打球音と共に、白球が高く舞い上がった。

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「おつかれ」
「おつかれさまです。イェイ!」
……

そんな声が行き交う駐車場で私はショウマくんママと、ヒコネのケンちゃんママを呼び止めた。

「ちょっとこっち来て」
「何よ小声で」
「いや、ほかの人のぶんがないから……じゃーん!」
「あ、え、ノンアル? 家から持ってきたの? 準備いい!」

私は後部座席から保冷バッグを取り出し、中身をこっそり2人に見せた。

「今日、終わったら乾杯しようと思って」
「2026年の初勝利に乾杯?」
「それもあるし、ショウマくん、ケンちゃん、3年間おつかれさま。あとショウマくんママもケンちゃんママもおつかれさま……」

ノンアルとはいえ、子どもが道具を片付けている横でおおっぴらに飲むのは気が引ける。だから私たちは車の陰でプルタブを引いた。

「あー、おいしい!」
「のどカラカラだったからきくねー!」

2人から歓声があがる。まるで自分たちが試合したみたいだ。

「今日は最後の試合じゃない? その後にお茶やジュースで乾杯っていうのも違う気がして」
「私たちオトナだからね。オトナの乾杯はこうじゃないと」
「おいしいよ、これ。『この瞬間のためにここまでやってきたんだー!』って感じするね」

夏の太陽で焼かれた体に澄んだ液体が染み渡る。ああ、おいしい。これ、これ、これ。止められずゴクゴク飲むと、2人も一気に飲み切っていた。

ショウマくんママが「ぷはー」とおおげさに口にして、みんなで笑った。上機嫌になっている。アルコールは入ってないのに頬が赤く染まっているのは、今日の応援でまた日に焼けたからだろう。

「これでしばらく会えなくなるね、寂しくなるな」
「でも来月、3年生の送別会があるよ」
「それとこれとは別。やっぱり“現場”が一番だから」

私たちはそれぞれの車に向かいながら、まだ言葉を交わしている。

「帰りスーパーに寄って肉買おう。ショウマの勝利投手のお祝いに思いきってステーキ焼いちゃおう!」
「じゃあウチもステーキにしようかな」

私の頭の中にもキッチンの風景が浮かぶ。汗の臭いをプンプンさせて帰ってくる息子は、今日の勝利をどんなふうに話すだろう?

最後に、運転席の窓が開いてショウマくんママが顔を出した。

「ありがとう、人生イチおいしいノンアルだった!」

夏の燃えるような夕焼けの向こう、それぞれの幸せな晩ご飯が待っている。