「ノンアルコール」と聞くと、「お酒を飲めないときの代わり」といったイメージを持つ人も多いかもしれません。けれど実際には、日々の暮らしの中で“あえてノンアルを選ぶ”シーンは、少しずつ広がっています。
『365杯のノンアル話』は、さまざまな生活背景を持つ人たちの実体験をもとに、「どんなときに、誰と、なぜノンアルを選んだのか」をたどるシリーズ。特別な日のためではない、ごく普通の一日にある“ちょうどいい一杯”を通して、それぞれの暮らしをのぞいていきます。
今回は、特別な日であっても家族との時間を楽しみたい40代のフリーランス男性のお話です。
今回のノンアル人
Mさん(45):フリーランスとして働く。会社員の妻と、中学1年生の娘と暮らしている。
今夜は、ちゃんとお祝いしよう
金曜日の夕方、スーパーのカゴを手に持ちながら、なんだかウキウキしていた。
今週は、私にも妻にもちょっといいことがあった。私は大きめの契約がようやく決まり、妻は長く進めてきた提案が通った。それぞれ全く違う、別の仕事。なのに妙なタイミングで報われた。これは祝わないわけにはいかないな。
外食にしようかとも考えた。でも中学1年の娘は最近親との外出を嫌がるし、とはいえ2人だけでどこかに出かけるのも気が引ける。だったら、いつもより手間をかけて家で作ることにしよう。
アルコールは避けたい気分
ワインでも買おうか。それともお祝いなんだし、シャンパンもいいかもしれない。でも、夫婦ふたりで気持ちよくなって、仕事の話で盛り上がっていったとき、娘はどんな気持ちになるだろう。たとえ夫婦の祝いの時間だからといって、娘を蚊帳の外にはしたくない。とはいえ、さすがにジュースで乾杯は……。
そこで、棚に並ぶノンアルビールに手を伸ばした。見慣れた缶のデザインだ。以前、何かのきっかけで飲んでから、うちの冷蔵庫に時々入るようになった。妻の分と、私の分。2本カゴに入れた。
普段なら選ばないような、ちょっといいお肉をカゴに入れる。娘の好きなものも忘れずに。かごが重くなるにつれて、気分が上がっていくのがわかった。
なんか張り切ってるね
家に帰ると、妻はすでに着替えを終えてリビングにいた。娘は自室で、最近推しているというアーティストの音楽を聞いているようだ。「今日は僕が作るよ」と声をかけると、妻が驚いた顔をした。「どうしたの? なんか張り切ってるね」「そりゃあそうだよ、今日はお祝いなんだから」。
いい匂いが部屋に広がり始めたころ、買っておいたノンアルビールを冷蔵庫から出した。 「プシュ」音が台所に静かに響く。
一口飲むと、ホップの香りが鼻を抜けて、心地よい苦みと炭酸の泡が口の中に広がった。「あ、もう飲んじゃってる!」妻に見つかってしまった。「一口だけだよ」。キッチンに立ったまま飲んでいると、つまみ食いならぬ“つまみ飲み”しているみたいで、なんだかおかしくなってしまった。
区切りがつく気がする
「ごはんだよ」と声をかけると、娘がドアを開けて出てきた。テーブルの上を見て、「なんかいつもと違う」と目を丸くした。
「今日はお父さんもお母さんも、仕事でいいことがあったから、お祝いなんだよ」と妻が言うと、娘は興味なさげに「ふうん」と返した。
「お疲れさまー!」「おめでとう!」。
グラスに注いだノンアルビールが、キラキラと輝いている。一口飲むたびに、今週の疲れが少しずつ癒されていく。酔うわけではないけれど、区切りがつく、とでも言うのだろうか。そして、家族3人でちゃんと同じテーブルにいるのもよかった。
今の自分たちにちょうど合っている
子育てが始まってから、お酒を飲む場面は自然と減ったと思う。飲んではいけないわけでは、もちろんないのだけれど、優先したいものが変わったのだと思う。べろべろに酔った顔を娘に見られたくないという、ただそれだけかもしれないけれど。
ノンアルは、今の自分たちにちょうど合っている、そういう感じがする。
夕食が終わって、娘が「おいしかった」と素っ気なく、でもどこか楽しそうに、ドアの向こうに戻っていった。こういう日がまたあるといいな。そんなふうに考えていた。

