「ノンアルコール」と聞くと、「お酒を飲めないときの代わり」といったイメージを持つ人も多いかもしれません。けれど実際には、日々の暮らしの中で“あえてノンアルを選ぶ”シーンは、少しずつ広がっています。
『365杯のノンアル話』は、さまざまな生活背景を持つ人たちの実体験をもとに、「どんなときに、誰と、なぜノンアルを選んだのか」をたどるシリーズ。特別な日のためではない、ごく普通の一日にある“ちょうどいい一杯”を通して、それぞれの暮らしをのぞいていきます。
今回は、夜中でもスポーツ観戦を楽しみたい30代の会社員男性のお話です。
今回のノンアル人
Yさん(34):東京都内の企業でマーケティング職として働く。同じく会社員の妻と2人暮らし
真夜中の観戦
時計の針が、深夜0時を回ろうとしている。
リビングの明るさを落として、僕はソファに腰を下ろした。隣の寝室からは、もう物音ひとつしない。妻はさっき「先に寝るね」と少しあきれたような表情で、あくびをしながら部屋に消えていった。子どものいない夫婦ふたりの暮らし。こういう日は、まるごと自分だけの夜になったみたいで嬉しくなる。
今夜は、どうしても、どうしても観たいサッカーの試合がある。開催地の関係で試合は深夜。そして翌日は……非常に腹立たしいことに……もちろん仕事だ。それでも、4年に1度のこの大会だけは、何があっても起きて観る。サッカーは観るのもやるのも好きだし、ちょっと大げさかもしれないが、こういう夜のために生きている。と言っても過言ではないかもしれない。
翌日の仕事は確実につらいことになる
正直、キンキンに冷えたお酒で、ぐいーっといきたい気持ちもある。サッカーを観戦しながらの宅飲みなんて、酔っぱらうには最高のシチュエーションじゃないか。でも、飲んだが最後、勝ったらいい気分でベロベロになって、負けてもやけ酒でベロベロになって、翌日の仕事は確実につらいことになる。それに、せっかくの大一番を、酔った頭でぼんやり観るのもなんだか惜しいじゃないか。
かといって、コーヒーやお茶では、この「これから始まるぞ」という高まりに、まるで釣り合わない。ひとりで静かに、でも思いきり熱くなりたい夜なんだ。
「ノンアル」のレモンサワーなんてあるのか
冷蔵庫から取り出したのは、「ノンアル」のレモンサワー。ノンアルビールは飲んだことがあったのだけど、仕事帰りにコンビニで見て、今時はそんなものもあるのかと驚いた。酔いはゼロだから、罪悪感もない。これならテンションの高まりだけを、余すところなく受け取れるような気がする。
プシュッ!
静かなリビングに、缶を開ける音が響いた。予想以上に大きく鳴ったように感じて、驚いてしまった。些細な音と侮れない。狭い我が家に、繊細な妻……こんな時間に起こしてはいけない。コップに移したら、音量をぐっと絞ったテレビの前で、ひと口飲む。
ああ、爽やかな炭酸が喉を通り抜けていく。寝かけていた頭が一気に冴えた。自分がプレイするわけでもないのに、なんだかドキドキしてしまう。「よし、準備は整った! おおいに応援するぞ」
ユニフォームを引っ張り出す
……いや待て! 準備はまだ終わってない! スマホを手に取り、通知をすべてオフにする。万が一にも仕事関連の通知を見てしまったら、たまったものじゃないからな。クローゼットの奥で眠っていた代表ユニフォームを引っ張り出して、妻が起きてこないかドキドキしながら、こっそり袖を通す。あれ? もしかして、洗ったせいでサイズが縮んだ? それとも僕が太った? ……まあいいか。これで完璧な観戦体制だ。
独身だった若かりし頃は、スポーツバーで夜通し飲んで、騒いで、翌日は眠たい目をこすりながら出社していた。あれはあれで楽しかったけど、でも結婚して、生活のリズムも、夜の過ごし方も少しずつ変わった。隣で眠る人がいて、お互い明日も、明後日も、仕事がある。それでもこの「観たい」という気持ちは、あの頃からおそらく変わっていない。
ノンアルは“スイッチ”のようなもの
ノンアルは、お酒の代わり、というよりは“スイッチ”のようなものだ。僕がこれから、真夜中にひとりで思いきり楽しむための。これがあるから、誰にも迷惑をかけず、翌日にも響かせず、それでも4年に一度の夜を、最高のテンションで過ごせるのかもしれない……そう考えると、この缶も一緒に観戦してくれる仲間のように思えてくる。
さあ、そろそろ時間だ。缶を握る手に、知らず知らず力がこもる。深夜のリビングにいるのは、僕ひとりきり。なのに、まるでひとりじゃない。そんな真夜中だった。


