宮城県気仙沼市といえば、カツオやメカジキ、フカヒレなど、豊かな海の幸を思い浮かべる人も多いだろう。そんな気仙沼市は、2003年に国内で初めて「スローフード都市宣言」を行い、2013年には国内初の「スローシティ(チッタ・スロー)」として認証されたまちでもある。
気仙沼ではなぜ、「スローフード」をまちづくりの軸に据えたのか。そして、その理念は地域の暮らしにどのように息づいているのか。市民団体「スローフード気仙沼」の理事長・菅原昭彦氏に話を聞いた。
地元では当たり前だった豊かな食文化が、地域の誇りに
――まず、気仙沼市がスローフードに取り組むようになった背景を教えてください。
気仙沼はおいしいものがたくさんある一方で、東京などの都市からはアクセスがあまりよくない場所でもあります。以前は地域の人たちも、自分たちのまちを「特徴がなく、誇れるものがない」と捉えているところがありました。
しかしよく考えてみると、気仙沼には全国に誇れる素晴らしい食材がたくさんあります。そこで「食」にスポットを当てて、自分たちのまちをもう一度見直してみようと考えました。
もともとは「食」について取り上げたかったというより、「地域に対する誇りや愛着をどう取り戻すか」というところからスタートしました。その入口が「食」だったんです。
――地元の「食」の豊かさに気づいたきっかけは何だったのでしょうか?
大きかったのは、一流のシェフの方たちの存在ですね。
2000年ごろから、日本人で初めて国際ソムリエコンクールに入賞を果たした木村克己さんが、気仙沼を訪れるようになりました。彼のお祖父さまが、気仙沼の出身だった縁です。彼は地元の食材を見て、「こんなに素晴らしいものがあるのか」といつもものすごく感動していました。
その後、一流の料理人たちを連れてきて、地元の食材を使った料理フェアを開催しました。あるイタリア料理のシェフは、当初3品ほど作る予定だったのに、実際に食材を見たら「あれも使いたい、これも使いたい」となり、結局14品も作ったんですよ(笑)。
その料理を地元の人たちに食べてもらったところ、アンケートでは8割以上の人が「こんな食材があったなんて知らなかった」「こんな使い方ができるとは思わなかった」と答えました。
自分たちにとっては当たり前の食材が、外から見ると特別なものである――。そうした経験を通じて、気仙沼の食の価値に改めて気づいていきました。
無駄なく使い切る。日常に息づくスローフードの精神
――気仙沼ならではの食文化には、どのような特徴がありますか?
まず、カツオやメカジキなど豊かな魚食文化があり、魚を新鮮なまま生で食べられることですね。また、気仙沼は海の幸だけではありません。山も近いので、米や野菜、果物、キノコなども豊富です。海と山、さらに川が近くにあるからこそ、多彩な食材に恵まれているんです。
また、おいしいところだけを食べるのではなく、食材を無駄なく使い切る文化があることも大きな特徴です。
例えばカツオなら、身は刺身にして、腹の部分はハラスとして焼く。骨についた肉は味噌汁に使いますし、心臓などの内臓も煮たり焼いたりして食べるんです。サメも同じで肉だけでなく、皮は財布などの革製品に、骨はコンドロイチンとして薬の成分に使用するなど、さまざまな形で活用します。
そうした考え方が表れている代表的な郷土料理が「アザラ」です。酒粕と白菜の古漬け、魚のアラを一緒に煮込む料理で、家庭によって思い思いの味付けをして仕上げます。
本来なら捨ててしまうかもしれない食材を組み合わせて、おいしく食べる。私が子どものころはおかずやおやつ代わりに、大人にはお酒のアテとしても親しまれてきました。
今でいうサステナビリティに通じることを、昔から自然にやってきた地域なんですよ。
――スローフードという言葉が広まる前から、その精神が暮らしに根付いていたのですね。
そうなんです。活動を始めたころ、地域のお年寄りにスローフードの話をすると、「お前が言っていることは当たり前じゃないか。そんなことは昔からやってきたぞ」とよく言われました(笑)。
つまり、もともと地域にあった暮らし方を、スローフードという定義に基づいて整理し、言語化したわけです。それを地域の誇りとして、もっと大切にして発信していこうという考え方なんですね。
食べて、作って、感じる。次世代へつなぐ取り組み
――スローフードの考え方を地域に広めるために、どのような活動を行ってきたのでしょうか?
最初は講演などで説明していたのですが、言葉だけで理解してもらうのはなかなか難しいと感じました。そこで、2007年に「スローフードフェスティバル2007冬」を開催しました。食べたり、料理を作ったり、郷土芸能を見たりと、五感で地域の文化を感じてもらうイベントです。当初は1,000人ほどの来場を想定していたのですが、実際には1万2,000人も集まり、大盛況でしたね。途中で食べ物が足りなくなり、大変なくらいでした(笑)。
その他にも、2010年に商店街の空き店舗を活用した「気仙沼スローフード タウン&ライフフェスティバル」を開催しました。震災後は震災10年の2021年に「スローフェスタ」を開催するなど、イベントを活用して地域の皆さんとスローフードの考え方を共有する機会を設けています。
――子どもたちに食文化を伝える取り組みも続けているそうですね。
「プチシェフコンテスト」という、6歳から18歳までの子どもたちを対象にした料理コンテストを開催しています。
大切にしているのは、料理の腕前だけではありません。地元の食材をどれだけ使っているか、そして料理を作る過程でどれだけ地域の人と関わったかも評価の対象になります。
例えば、お母さんと何度も練習したとか、近所の人に作り方を教わったとか。そういった経験にも価値があると考えています。
スローフードは、人と人とのつながりも大切にしています。
最近では高校生の参加も増えていますし、学校に呼ばれて話をする機会も増えてきました。若い世代に関心が広がっていることは、とても嬉しいですね。
スローフードからスローシティへ。「食」だけではない、気仙沼のこれから
――スローフードとスローシティには、どのような違いがあるのでしょうか?
スローフードは、一言でいえば哲学や思想です。
自分のリズムで暮らすこと、多様性を認め合うこと、伝統や文化を大切にすること、自然との関わりを考えること。そうした考え方を食に当てはめたものが「スローフード」であり、まちづくりに取り入れたものが「スローシティ」です。スローフードは個人の暮らしや活動に関わるものですが、スローシティはその理念を都市政策に取り入れていくもの。気仙沼ではこの両軸を大切にしています。
誤解されやすいのですが、スローフードはファストフードを否定しているわけではありません。忙しいときには効率のよさも大切ですし、時間があるときには手間をかけることも大切。どちらか一方に偏るのではなく、バランスを取りながら自分たちらしく暮らしていこう、という考え方なんです。
――今後、スローフードやスローシティの取り組みをどのように発展させていきたいですか?
どうしても「食」が中心になりがちですが、これからは観光や産業、景観など、まち全体の価値の向上につなげていきたいと考えています。例えば、食の魅力を観光にどう生かすか、地域の食材の品質をどう高めていくか。「食」を入口として、どんどん発展させていきたいですね。
そのうえで大切にしたいのが、「おいしいものを食べる」だけでなく、「おいしく食べる」という考え方です。どんなに素晴らしい食材でも、どこで、誰と、どのように食べるかによって、おいしさの感じ方は変わりますよね。食材そのものの価値を高めるだけでなく、食べる環境や、提供する側のホスピタリティも含めて、気仙沼ならではの食の魅力も伝えていきたいと思っています。
――最後に、気仙沼を訪れる人にぜひ触れてほしい食や暮らしの魅力について教えてください。
気仙沼には海だけでなく、山や川の恵みもあります。それぞれの食材に旬があり、秋なら戻りガツオ、寒くなれば脂ののったメカジキなど、季節ごとに違った「食」の味わいを楽しめます。
また、「食」だけでなく、ぜひ気仙沼の人たちとの触れ合いも楽しんでほしいですね。
気仙沼の港には、全国各地からさまざまな漁船が集まります。遠洋漁業に携わる人もいれば、近海で漁をする人もいて、多様な文化が交わる場所でもあるんです。
食べ物を味わうだけでなく、それを育み、届けている人たちと交流する。海と山に囲まれた素晴らしい景観に癒される。そういった体験をすることで、気仙沼の魅力をもっと深く感じてもらえるのではないかと思います。ぜひ足を運んでいただけるとうれしいですね。











