最終話で鬼塚(反町隆史)が守ろうとしたのは、逮捕された颯真の「無実」ではない。颯真は実際に犯罪に手を染めた。だから鬼塚も、それをなかったことにはしない。それでも、不良仲間に脅されていた事情を知った鬼塚は、彼らのもとへ出向き、膝をつき、頭を下げる。

「二度と、颯真に関わんないでくれねえか」
「今は青春がどれだけ素晴らしいか、知ろうとしてんだよ」

かつて拳で物事を解決していた鬼塚が、殴らず、頭を下げる。そして、手を出しかけた颯真には、「今、お前の目の前にあるのは、“一線”ってやつだ。それだけは超えるな」と言う。

鬼塚は変わった。だが、「目の前の生徒を一人にしない」という一点だけは、何も変わっていない。

その後、鬼塚は颯真を守るため、自ら悪者になって学校を去る道を選ぶ。そこまでして他人の人生に入り込む。

言ってしまえば、とんでもない「おせっかい」である。だが、これこそ、『GTO』が最後まで描き続けたものではなかったか。

「手」は、殴るためではなく、誰かとつなぐためにある

その象徴となったのが、鬼塚が颯真に伝えた言葉だ。

「手ってそんなことするためにあるんじゃないわよって。大切なものを掴むためにあるの。大切な人とつなぐためにあるの」

それは、かつて鬼塚を教師へ導いた桜井理事長の言葉だった。そして颯真は、その孫だった。

28年前、桜井理事長から鬼塚へ渡された言葉が、今度は鬼塚から次の世代へ渡っていく。さらに、その言葉は実際の「行動」になる。

鬼塚の解雇を知った生徒たちは教室に立てこもるが、かつて鬼塚に救われた吉川(小栗旬)、依田(徳山秀典)、マサル(山崎裕太)から

「高校時代って、一生宝物になる思い出がいっぱい作れるんだよ」
「こんなことで貴重な青春を無駄にするんじゃねえ」

と諭される。すると今度は、生徒たち自身が孤立しようとする颯真を囲み、手を差し伸べる。

鬼塚が颯真を救っただけではない。鬼塚に救われた人間が、別の誰かを救う。そこまで描いたからこそ、この最終話は強かった。