俳優の宇梶剛士が、YouTubeチャンネル『ハンターch』にゲスト出演。自身が俳優を志した当時を振り返り、歌手・錦野旦の付き人を経て、名優・菅原文太さんの弟子になった経緯を明かした。

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「俺は俳優になりたい」暴走族に加入し、少年院に収容された宇梶剛士が俳優になった経緯とは

高校野球部時代に起こった事件をきっかけに大人への不信感を募らせた宇梶は、暴走族に加入。その後、少年院に収容された。入所後に改心した宇梶は、チャールズ・チャップリンの自伝書を読み、俳優を志したという。

少年院を出た後、定時制高校に通いながら俳優への道を模索していたという宇梶。離婚していた父親と母親のもとを行き来していたそうで、親から今後について問われた際、「俺は俳優になりたい」と宣言したという。

その後、母親のつてを頼り、少年院を出てわずか3日後に履歴書を持って、錦野が所属する事務所へ。音楽事務所だったため、「君は俳優になりたいんだよね? うちではちょっと……」と言われたものの、錦野のマネージャーと誕生日が同じだったことをきっかけに、「芸能界には“掟”がある」「そういうのだけでも学んでみるか」と声をかけられ、錦野の“カバン持ち”を始めることになった。

定時制高校に通いながら、土日などに錦野に同行。さらに生活費を稼ぐため、夜にもアルバイトをするなど、「めちゃくちゃ働いた」と当時を振り返った。そんな宇梶に転機が訪れたのは、それから約2カ月後。マネージャーから台本を取りに行くよう頼まれ、訪れた先にいたのが、後に師匠となる菅原さんだった。

台本を受け取って帰ろうとしたところ、菅原さんから、「おい、そこのでかいの」と呼び止められた宇梶。「お前さんは何者じゃ」と聞かれ、「俳優になりたいんですけど、どうやって俳優になったらいいか分からなくて、今、錦野さんのところで行儀見習いをさせていただいてます」と答えたという。

すると菅原さんは、その場で錦野の所属事務所へ電話。「菅原です。お前さんとこのでかいの、もらっていいか」と話すと電話を切り、「そういうことじゃ」と宇梶を自身の弟子に迎えたそう。宇梶は当時まだ18歳ほど。偶然が重なった名優との運命的な出会いを明かした。

【編集部MEMO】
『ハンターch』は、ニッポンカルチャーを題材に、自由気ままに雑談するYouTubeチャンネル。同チャンネル内のコーナー「コテギリカイワイ」では、ともに1973年生まれの俳優・片桐仁と小手伸也が、「コテギリ世代」の2人にまつわる界隈の人と一緒にトークを繰り広げる。