トム・スキナーが今明かすThe Smileの真実──トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、UK最高峰ジャズドラマーの化学反応

レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドがザ・スマイル(The Smile)という新しいプロジェクトを立ち上げた時に、もう一人のメンバーとして迎え入れたのがジャズ・ドラマーのトム・スキナー(Tom Skinner)だった。

彼はシャバカ・ハッチングスが率いるUKジャズ屈指の重要グループのサンズ・オブ・ケメットのメンバーであり、ジャズ以外でもマシュー・ハーバートやフローティング・ポインツの作品に起用されてきたイギリスのトップ・ドラマーだ。

トム・ヨークとジョニー・グリーンウッド、そしてトム・スキナーとの三位一体によるザ・スマイルは、レディオヘッドやアトムス・フォー・ピースとは異なる新しい感覚を宿していたこともあって、すぐに高い評価を得た。しかし、彼らは取材を拒否していた。特に結成当初は全く語っていなかったのもあり、このグループは謎に包まれていた。トム・スキナーも1stアルバム『A Light For Attracting Attention』(2022年)を発表した頃のインタビューでは「ザ・スマイルについては話せないことになっている」と語っていた。

トム・スキナーは今年7月、シカゴの名レーベル〈International Anthem〉からリリースしてきたジャズ・アルバムの楽曲を披露するため、自身のバンドを率いて来日したばかりだ。僕(柳樂光隆)は少し前に彼のキャリアを網羅するインタビューを行ったばかりだったので、今回の来日に合わせてザ・スマイルについての取材を打診したところ、「別に話すのは問題ないよ」と返答をもらった。そして、現時点では他の2人が多くを語っていないザ・スマイルについて、滞在中のホテルで楽しそうに振り返ってくれた。世界的にも貴重な取材になったと思う。

トム・スキナー(Photo by Jason Evans)

3人の出会いは10年以上前

—まず、あなたがザ・スマイルに参加するきっかけ、トム・ヨークやジョニー・グリーンウッドとの出会いについて教えてください。

トム・スキナー(以下、TS):先に会ったのはジョニー・グリーンウッドだね。でも、実はそれ以前からレディオヘッドの作品をほぼすべて手掛けているプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチとは面識があって、一緒に仕事もしていたんだ。当時、僕はZero 7というバンドで演奏していたんだけど、その頃に制作したアルバムのうち3〜4曲をナイジェルのスタジオでレコーディングしたんだよね。当時の彼はプロデューサーではなくエンジニアとして参加していて、それがナイジェルと知り合うきっかけだった。2005年か2006年頃かな。

トム・スキナー、ナイジェル・ゴドリッチが参加したZero 7の2006年作『The Garden』

―そんなところまで遡る話なんですね。

TS:で、ジョニーと出会ったのは、彼がポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ザ・マスター』(2012年本国公開)のサウンドトラックを書いていた頃だね。その時ジョニーが連絡を取ったのが、実はシャバカ・ハッチングスだったんだ。シャバカと僕、それとベーシストのニール・チャールズの3人で、2008年、2009年頃にZed-Uというトリオをやっていたんだよね。ジョニーは映画音楽の中で、いくつかの場面にジャズ・グループを入れたいと考えていて。どういう経緯だったのか、YouTubeで僕たちが演奏する動画を見つけたらしい(笑)。それで、セッションに参加しないかと声を掛けてくれた。僕たちはオックスフォードへ行って、その映画のレコーディングに参加した。2010年か2011年頃の話だね。『ザ・マスター』のサントラに「Able-Bodied Seamen」という曲があるんだけど、それがシャバカと僕が演奏しているトラックだよ。だから、ジョニーとはその頃からの付き合いということになる。

―ジョニー・グリーンウッドは自力であなたを発見したんですね。

TS:そう。トム・ヨークと出会ったのは2013年だね。当時、僕はオウニー・シゴマ・バンド(Owiny Sigoma Band)でプレイしていた。ケニアとロンドンのミュージシャンによるコラボレーション・プロジェクトで、〈Brownswood Recordings〉から3枚のアルバムをリリースして……ちょうど2枚目のアルバム(『Power Punch』)が出た頃、トムとナイジェルはアトムス・フォー・ピースのツアーをしていたんだ。彼らは僕たちの作品をとても気に入ってくれて、ヨーロッパ・ツアーのオープニング・アクトに誘ってくれた。それでツアーを一緒に回ることになって、その時に初めてトムと会ったんだ。だから、その頃には僕はトムやジョニー、それにナイジェルの周りにいるような存在ではあったんだよね。

オウニー・シゴマ・バンドのパフォーマンス映像

―実は10年以上前から全員と知り合いだったと。

TS:ザ・スマイルが動き始める最初のきっかけは、2018年にジョニーから届いた1通のメールだ。メールの件名は「Situation Vacant(空席あり)」だった(笑)。開いてみると、「トムと新しい曲を書いていて、今回はこれまでとは違うドラマーとやってみたいと思っている。そこで僕とナイジェルの2人が同時に君の名前を挙げた。もし興味があれば、オックスフォードに来て、僕やトムと一緒にジャム・セッションをしないか」というような内容だった。

―すごい! そしてカジュアル!

TS:もちろん、すごく興奮したよ。それから数週間後にオックスフォードに3人が集まって、気付けば僕はトムやジョニーと同じ部屋で一緒に演奏していたんだ(笑)。最初の2日間くらいは、ただひたすらジャムをしていただけだったと思う。でも、本当に素晴らしかったよ。すぐに、お互いの間に確かなケミストリーがあることを感じたし、すごくいいぞっていう感触があった。ただ、その後すぐに活動が始まったわけではないんだよね。彼らはレディオヘッドのツアーに出てしまったから、次に会ったのはそれから1年くらい後だった。

2019年の始めに再び集まって、さらに何度かリハーサルを重ねた後、そのままナイジェルのスタジオに入って2週間レコーディングした。1stアルバム『A Light For Attracting Attention』の大部分、少なくとも土台となる部分は、その最初の2週間で録音されたものなんだ。それが、ザ・スマイルというバンドの本当の始まりになった。もちろん、その後にコロナ禍になって制作は大きく中断してしまったから、アルバムを完成させるまでにはさらに数年かかってしまったけれど、最終的には完成して2022年にリリースすることができた。

―最初の2018年の時のジャムでは、どんな音楽をやっていたんですか? すでに方向性が定まったようなものをやっていたのか、もっと遊びっぽいものだったのか。それともオーディションっぽい感じだったのか。

TS:ハハハ(笑)。バンドの立ち上げを主導していたのはジョニーだったね。ザ・スマイルが始動するきっかけを作ったのも彼だったから、すでにいくつかのアイデアやリフを用意していたんだ。たとえば、その時に演奏したもののひとつが「The Smoke」だった。もちろん、今の形ではなくて、本当にリフだけの段階だったけど。他にも色々なアイデアがあって、そのうちのいくつかはアルバムに収録されているし、そうならなかったものもある。今振り返ってみると、あれは1stアルバムに収録された楽曲の、ごく初期の種のようなものだったんじゃないかと思う。トムもいくつかアイデアを持って来ていて、それを3人で一緒に発展させながら形にしていったんだ。それで、最終的にあの1stアルバムの楽曲になっていった。

でも、オーディションのようなものではまったくなかったね(笑)。最初に一緒に演奏した時点で、これは上手くいきそうだという感覚がはっきりあった。一緒に演奏することがとても心地よかったし、すごくリラックスした雰囲気だったんだ。3人ともすぐに打ち解けていったしね。だから、本当にごく自然な形で3人が集まって、ごく自然に音楽が始まった、そんな感じかな。

即興的、流動的、スピーディーな制作プロセス

―最初の時点で、トムとジョニーは、あなたにどんなものを求めていたと思いますか?

TS:彼らも実際には、僕にどんなものを求めていたのかはっきりとはわかっていなかったと思う。ただ、僕がこれまでどんな活動をしてきたのか、どんなプレイをするのかということは以前から知っていたし、長いあいだ僕の演奏を聴いてくれていたんだよね。だから、彼らが僕を誘ってくれたのは、一緒に何か新しいものを作りたい、コラボレーションしたい、と思ってくれたからなんだと思う。特別な期待や注文があったわけではなくて、ただ『トムらしくいてほしい』。それだけだったんだ

―でも、あなたの音楽にはいろんな要素がありますよね。西アフリカ的な要素があったり、エレクトロニックなもの、はたまたインプロビゼーションをやったりだとか。

TS:そうだね……ひとつ大きかったのは、リズムに対するアプローチや探求の仕方だったと思う。その部分は、彼らにとっても新鮮だったんじゃないかな。それと、僕はスタジオでアイデアを形にしていくのが比較的速いタイプなんだ。思いついたことをすぐ形にして、実際に音として試してみる。その作業をかなりスピーディーに進めることができるんだよね。だから、一緒に制作を始めると、僕たちはかなり速いペースで作業を進めることができた。アイデアが浮かんだら、すぐに形にして演奏してみる。そこから、それを元にさらに発展させていく。そういう進め方ができたことは、彼らにとっても新しい経験だったと思うよ。僕たちは常に、その場その場で考えながら、直感的に音楽を作っていったんだ。そういう制作スタイルも、彼らにとっては新鮮だったんじゃないかな。

それと、僕自身がこれまで歩んできた音楽的な経験……たとえば、君が言ったようなインプロビゼーションや、世界各地の音楽、とりわけアフリカ音楽を演奏したり学んできたりしたこと。そうしたさまざまな要素が、彼らの楽曲やサウンドに新しい響きをもたらしたんだと思う。僕自身も、この3人のコラボレーションからとても実りの多い、新しい音楽が生まれ始めているという手応えを感じていたよ

―アイデアがすごく速く出てきたり、即興的でジャム的な音楽の作り方というのは、レディオヘッドやアトムス・フォー・ピースとは異なる音楽の作り方だと思うんですよ。彼らにはこれまでとは違うことをやりたいという意図があったんでしょうか?

TS:僕の理解では、レディオヘッドのアルバム制作は、色々な理由もあって完成までにかなり時間が掛かるものだと思うんだ。もちろん、僕はレディオヘッドのメンバーではないから実際のところはわからないけれどね(笑)。でも、僕が彼らの作品が大好きな理由のひとつは、そういう音作りや楽曲の組み立て方にある。彼らは常に、とても興味深い方法で音楽を作っているよね。ただ、その制作プロセス自体は、以前からかなり時間を掛けるスタイルだったんじゃないかな。だからこそ、僕と一緒に作業したことで、アイデアを思いついたらすぐ試してどんどん形にしていくようなやり方は、彼らにとって新鮮だったんだろうと思う。思いついたことをすぐ形にして、それを元にまた次へ進んでいく。そんなテンポの良い制作ができたことは、彼らにとってもワクワクする体験だったと思うよ。だから、そうだね。彼らにとっては、それまでとは少し違う音楽の作り方だったかもしれないね。

―音楽的な方向性は、1stアルバムを作る前の早い段階から、彼らから提示されていましたか?

TS:それは、ひとつの旅だったと言えるだろうね。本当に、旅のようなプロセスだったんだ。たとえば、さっきも話した「The Smoke」は、僕たちが最初に一緒に演奏した曲のひとつだった。あの曲は、かなり早い段階から、こういう曲になるという輪郭が見えていた。でも、それ以外の曲は違っていたね。色々な形で試してみたんだ。アレンジを変えてみたり、演奏のアプローチを変えてみたりしながら、これがいちばん良い形だ、と思えるところに辿り着くまで、何度も試行錯誤を重ねたよ。アルバムで聴けるバージョンは、その長い過程を経て辿り着いたひとつの到達点なんだ。

でも、これはどんなバンドでも、自分自身の音楽でも同じことだと思う。最初にアイデアはあっても、最終的な完成形は、その数ある可能性の中のひとつに過ぎない。「The Smoke」のように、最初からほとんど完成形が見えている曲もあるし、一方でどう演奏するのがいちばん相応しいのか、その答えを探していかなければならない曲もある。そういう曲は完成までに時間が掛かるし、最終形に辿り着くまでには、さまざまな道筋を辿ることになるんだ。

でも、僕はまさにそのプロセスが好きなんだよね。レコードを作ること、音楽を作ることの魅力は、その曲にとっていちばん相応しい形を模索し続ける過程そのものにあると思っているから。それに、その”答え”も決して固定されたものではないんだ。ライブで演奏するようになると、また違う形が見えてくることもある。この曲はこう演奏した方が良いかもしれない、と考え直すこともあるし、同じ演奏を続けているうちに飽きてしまって、少し違ったやり方で演奏してみよう、と思うこともある。

―そもそも音楽は流動的であると。

TS:たとえば今日、僕がコットンクラブで演奏する曲の多くは、元々はトリオのために書かれたものではないんだ。クインテットや、もっと大きなアンサンブルのために作った曲なんだよね。だから、それをトリオで演奏するには、この編成に合うように新しくアレンジし直す必要がある。そうやって、同じ音楽を異なる編成や異なるアレンジで探求していくのはとても面白いし、それは僕が携わっているすべての音楽に共通する考え方だと思っているよ。

ザ・スマイルの音楽は「3人の対話」

―では、1stアルバム『A Light For Attracting Attention』を作り始めた時は、どんな感じで始まって、どんな感じで制作したかをもう少し教えてもらえますか?

TS:これまで話したことと少しかぶるけれど、最初からすでにいくつかのアイデアや曲の断片があったんだ。リフや曲のアイデアが幾つかあって、トムが歌詞を書いていたものもあれば、まだ書かれていないものもあった。まずはスタジオに入って、とにかく演奏しながらサウンドを探っていったんだ。そうするうちに、比較的あっという間に10曲くらいのアイデアが形になった。もしかすると、それ以上あったかもしれない。そこからは、それが1枚のアルバムになるまで、とにかく作り続けていって、アルバムができたという感じだね(笑)。

レコードを作るのは、僕にとっていちばん楽しいことのひとつなんだ。さっきも話したように、アルバムの土台になる部分は最初の2週間でほとんど録り終えていたよ。でも、その後コロナ禍なんかの影響もあって、完成までにはさらに2年近く掛かってしまった。その間も細かくブラッシュアップを重ねて、録り直したり、新しいパートを書き足したりして、プロダクションをさらに発展させていったんだ。

途中でホーン・セクションや木管楽器を入れようというアイデアも出てきた。僕はジャズ・シーンとの繋がりが深くて仲間のミュージシャンもたくさんいるから、自分でプレイヤーを集めてスタジオでレコーディングしてもらったよ。管楽器や木管楽器が加わったサウンドを初めて聴いた時は、本当に楽しかったね。素晴らしいものになったから。

それに、ジョニーは弦アレンジの名手だから、ストリングスのアレンジもそこに加わっていった。そうやって少しずつ作品全体のスケールが大きくなっていって、より豊潤なプロダクションへと発展していったんだ。今振り返ってみても、あのアルバムは僕がこれまで参加してきた作品の中で、間違いなく最も楽しいレコーディングのひとつだったね。

―特に時間が掛かって最終的に手の込んだ曲になったものと、すぐにできた曲、それぞれについて聞かせてください。

TS:僕の感覚では、たとえば「Striking on the Surface」は比較的早くできた曲だったね。あの曲のドラムは、一発録りしたライブ・テイクなんだ。まだ曲として完成する前、何になるかもわからない段階で録ったプレイだったんだけど、その時の僕たちの演奏が、そのまま曲の核になった感じだよ。最初の演奏自体はすぐに録れたんだけど、その後で色々と肉付けをして、少しずつ発展させていった。

「The Smoke」も同じだね。曲の土台そのものは比較的早くできた。でも、その時点では トムはまだ歌詞を書いていなかったから、歌詞を書き上げたり、ボーカル・アレンジを考えたりするのに時間がかかった感じだね。だから、一言で「早く仕上がった曲」「時間が掛かった曲」と分けられるものではなくて、それぞれ違う工程に時間が掛かっているんだ。

1stアルバムの最初の曲「The Same」は、本当に色々なバージョンを試したんだ。最終的にアルバムに入ったバージョンはかなりエレクトロニックなサウンドだけど、最初はもっとロック・バンドっぽい感じだった。でも、それだと何となくしっくりこなくて、これじゃないな、と感じていたんだ。だから、あの曲は完成形に辿り着くまでに、かなり時間が掛かった曲のひとつだね。

それと、「Thin Thing」もそうだった。あの曲は編集作業にかなり時間を掛けたんだ。元々はほとんどジャム・セッションのような演奏だったんだけど、そのジャムを元に編集しながら曲を組み立てていった。素材となる演奏は全部揃っていたんだけど、それをどう組み合わせればひとつの曲になるのかを探っていく必要があってね。さらに、ライブで演奏することになってからは、これをどう再現するかについてもう一度考え直さなければならなくて、演奏の仕方も改めておさらいしなくちゃいけなかったし(笑)、そこを作り直したりもしたよ。だから、完成までにかなりの時間が掛かったけれど、そのプロセス自体は本当に楽しかった。

「A Hairdryer」もそうだね。あの曲は、ジャム・セッションから自然と生まれてきたものだから、今でもプレイしていて、とても楽しい曲のひとつなんだ。結局のところ、音楽作りはすべて”プロセス”なんだよね。卵の割り方がひとつじゃないのと同じで(笑)、音楽にも完成へと辿り着く方法は幾らでもあるんだよ。

―ジャムをしていたのは、後で編集するための素材を録っているだけではなくて、ジャムをしながら作曲しているという感じもありそうですね。

TS:そういう側面もあるね。僕は、これまで僕たちが作ってきた音楽の多くに、やっぱりインプロビゼーションの要素があると思っているよ。音楽は、3人の会話のようなものなんだ。僕にとってザ・スマイルというバンドは、常に3人がお互い対話しているような感覚があるんだよね。お互いの音をきちんと聴いて、その場で生まれている音楽に耳を傾けている限り、自然と「これが正しい」という方向に進んでいける。少なくとも僕はそう思っているよ。だから、ジャムをしている時も単に素材を録る、という感覚ではないね。

もちろん、演奏したものはすべて録音しているよ。リハーサルやジャム・セッションでも、たとえスマートフォンで録るだけだったとしても、とにかく記録は残しているんだ。そうしておけば、後から聴き返して、あの時こんなことをやっていたな、と振り返ることができるから。たとえば、「A Hairdryer」はおそらく10分くらい続いた長いジャム・セッションから生まれた曲なんだ。その演奏を後で聴き返しながら必要な部分を切り出して、少しずつ曲として形にしていったんだよ

―あなたはドラマーなのでリズムやビートを提案しているんだろう、と想像してしまうがちですが、実際は作曲家でありプロデューサーでもあるし、ドラムを叩くだけではなく色々なことをやっていると想像します。あなたが出したアイデアが特に採用されてできた曲もあったりしますか?

TS:僕にとって、ザ・スマイルは3人による共同制作なんだよね。3人がお互いに対話を重ねながら作っていくものなんだ。だから、ソングライティングも意志決定も、最初の段階からずっとそのプロセスに参加しているよ。そういう意味では、どの曲も同じなんだ。もちろん、自分らしさが特によく表れている、と感じる曲はいくつかあるよ。とはいえ、僕はどの曲にも自分の個性がちゃんと反映されていると思っているんだ。

「Striking on the Surface」は、その中でも特に印象に残っているね。あの曲は、本当に一発録りのような自由な演奏から生まれた曲だった。レコーディングした時のこともよく覚えているよ。演奏が終わった後、トムが「これは何か特別なものが録れた気がする」といった反応を見せていて、僕自身も同じように感じていたんだ。だから、自分の貢献という意味では、あの曲は特に思い入れがあるね。でも、僕は演奏だけではなくて、曲作りやアレンジ、制作の進め方、さまざまな意志決定で、本当にすべての工程に関わっているんだ。だから、結局のところ、どの曲も3人で一緒に作った作品なんだよね。

―あなたもメロディを書いたりもしてるわけですよね。

TS:トムは歌詞を書いているし、メロディも彼が歌うことになるから、基本的にはメロディやボーカル・ラインはトムから生まれることが多い。とはいえ、それを形にしていく作業では、いつも3人が一緒に取り組んでいる。僕から「このメロディはこうしたらどうだろう」と提案することもあるし、時には「ここは別の歌詞の方がいいんじゃないかな?」と意見を出すこともあるよ。ただ、全体として見れば、メロディやボーカル・ラインを導いていくのは、やはり歌い手であるトムだね。そこは彼が中心になっているのは間違いない。

ライブでの実験、アフロビートやジャズからの着想

―リズムの作り方で、メロディとか音楽自体も変わってくると思うんですが、そういう意味で自分がすごく貢献したと思える曲は、今まで出した曲以外で何かありますか。

TS:本当にすべての曲がそうなんだよね(笑)。どの曲を挙げても、それは3人で一緒に作ったものだと言えるから。逆に言えば、トムやジョニーから「そのフレーズはこうしてみたらどう?」とか、「こういう演奏の仕方はどうだろう?」と提案を受けることもある。だから、やっぱり僕たちの制作は、常に3人の対話であり、共同作業なんだ。制作中はもちろん、ライブでも、3人とも常にそのプロセスに関わっている。

実は、2ndアルバム(2024年作『Wall of Eyes』)や3rdアルバム(同『Cutouts』)に収録された曲の多くは、ツアー中に生まれたものなんだ。1stを完成させてライブを始めた頃はまだアルバムが1枚しかなくて、フルセットのライブをやるには曲数が足りなかったので、かなり早い段階から新曲を書かなければならなかった(笑)。だから、ツアー中のサウンドチェックで新しい曲を書いていたんだよ。

リハーサルをしながら曲を作って、これはライブで演奏できそうだと思ったらその日の夜のステージで演奏してしまうこともあった。毎晩のように、オーディエンスがまだ一度も聴いたことのない新曲をセットリストに加えていた時期もあるよ。そうやってツアーを続けながら曲を書いていったから、最初のツアーが終わる頃には、すでに次のアルバムに向けた新曲がたくさんできていたんだ(笑)。

―すごい話ですね(笑)。

TS:そういうふうに、2ndや3rdの楽曲を3人で育てていった。実際、 その2枚のアルバムのレコーディングは、かなり多くの部分を同じセッションで行ったよ。その時点で、たしか25曲くらいはあったと思う。本当にたくさんの曲があったんだ。もちろん、その中には最終的にどちらのアルバムにも収録されなかった曲もたくさんある。でも、そういう曲も将来また形になる可能性を秘めている。だから、今では、僕たちは豊富なレパートリーを持つバンドになったんだ。

―リハで作った曲を、ツアーをやりながらブラッシュアップさせていったというケースもあったということですよね。ジャズだったらよくあることな気がしますが。

TS:その通りだね。ツアーに出る前から取り組み始めていた曲もあったけれど、2ndや3rdの曲の多くは、ツアーを廻りながら育てていったんだ。たとえば……ちょっと考えさせて。「Read the Room」や「Under Our Pillows」、それに「Friend of a Friend」もそうだね。そうした曲は、ツアー中にリハーサルやサウンドチェックで何度も演奏しながら少しずつ仕上げていって、そろそろライブで演奏できそうだと思ったタイミングでセットリストに加えていったんだ。

「Bending Hectic」も、その代表的な曲だね。あの曲は、自分の影響がかなり色濃く表れている曲のひとつだと思う。特にイントロはそうだね。僕自身のフリー・ジャズ的なアプローチやエネルギーがかなり反映されていると思う。実は、あの曲の大きなインスピレーションになっていたのが、ベニー・モウピン(Bennie Maupin:マイルス・デイヴィス『Bitches Brew』などで知られるサックス/フルート/バス・クラリネット奏者)なんだ。『The Jewel In The Lotus』っていうアルバムを知ってる? 特に1曲目の「Ensenada」が、僕にとって「Bending Hectic」のアプローチを考える上で多大な影響を与えてくれた。あのアルバムを当時よく聴いていて、その感覚が自然と演奏にも表れていたんじゃないかと思う。

―すごい、意外すぎるインスピレーションですね。

TS:ロック・バンドの中でああいう感じの演奏ができるのは本当に楽しいよ(笑)。しかも、そのバンドのオーディエンスの前でそれができる、というのも面白いよね。僕自身としては……わからないけど、自分の演奏に存在しているジャズ的な要素やインプロビゼーションの感覚を通して、これまでそういう音楽に触れてこなかった人たちにも、即興音楽を面白いと感じてもらえたらいいなと思う。少しでも新しい音楽の楽しみ方を届けられたら嬉しい。ザ・スマイルのライブをやっていて感じたのは、もちろん昔からのレディオヘッドのファンはたくさん来てくれるんだけど、それだけではなくて、とても若いお客さんも増えていったということ。そういうのを目にするのは本当に嬉しいね。若い世代がザ・スマイルのライブに来てくれて、そこから僕自身のライブにも足を運んでくれるようになって、ザ・スマイルをきっかけにインプロビゼーションやジャズという音楽の世界に興味を持ってくれたら素敵だよね。

―『Cutouts』に収録されている「Foreign Spies」にはドラムが入っていません。このような曲で、あなたはどんな貢献をしているのでしょうか?

TS:ハハハ(笑)。確かにね。実は、あの曲も最初のバージョンはかなり違ったものだったんだ。さっきから何度も繰り返しているけれど、僕が演奏していないからといって、その曲に関わっていないということではないんだよね。僕はすべての曲について、最初から最後まで制作に参加しているから。実際に演奏しているかどうかに関係なく、曲作りやプロダクション、あらゆる意志決定に携わっている。

「Foreign Spies」も完成までにかなり長いプロセスを経た曲だった。初期のバージョンでは、僕はピアノを弾いていたんだよ。でも、最終的には、そのピアノは外してシンセサイザーに置き換えることになった。それから、実はあの曲にもドラムが入っているんだよ。たしかに気づきづらいと思うけど、終盤にシンバルが入っているんだ(笑)。聴き直してみて! だから、たとえ僕が目立った形で演奏していなかったとしても、その曲に貢献していないということではないんだ。僕たちは、3人全員がすべての曲に関わっている。それがザ・スマイルというバンドなんだよ。

―『Cutouts』は何曲かアフロビートっぽい感じの曲があったり、今までにあまりないリズムの曲が増えています。それはあなたのアイデアですか?

TS:確かにあのアルバムは、それまでとはかなり違う作品になったね。でも、それも僕ひとりのアイデアというわけではない。やっぱり、3人で一緒に音楽を作っていった結果なんだよね。確かにアフロビートっぽい曲があったね……どれだったかな。

―「Zero Sum」とか。

TS:ああ、「Zero Sum」。う〜ん、そうだね……。

―「Eyes & Mouth」とか。

TS:ああ、「Eyes & Mouth」ね。この曲はツアーをしながら育てていった曲のひとつで、実は1stアルバムの時にも一度レコーディングしていたんだけど、その時は納得できなくて採用しなかったんだ。その後もライブではずっと演奏し続けていたけれど、「これだ」というスタジオ・バージョンにはなかなか辿り着けなくてね。それで、しばらくしてようやく「これだ」と思える演奏を録音することができたんだ。あの曲には、確かにアフロビートの影響が比較的はっきり表れているね。

「Zero Sum」もすごく楽しい曲だった。ただ、あのリズムは、いわゆるアフロビートそのものという感じではないと思うけれど。むしろ、色々な要素が混じり合っている。僕の感覚では、どちらかというとポスト・パンクっぽいというか。たとえば、トーキング・ヘッズのような雰囲気を感じるよ。もちろん、それはあくまでも僕自身の聴こえ方に過ぎないけれどね。あの曲を作るのは本当に楽しかった。それに、あの曲の短さも気に入ってるんだ。

それと、「The Slip」。あの曲は、ドラムのテイクから作り始めたんだ。かなり思いつきというか、その場のノリで叩いた演奏が元になった。まだ歌詞も何もなくて、本当にビートだけがある状態だったんだよね。そこから演奏を切り貼りして編集して、曲の構成を作っていったんだ。その間にトムが曲を書き進めていった。だから、本当に決まった作り方というのは存在しないんだ。すべてはプロセスそのものなんだ。ある曲に取り組んで、今はもうこれ以上アイデアが出ない、となったら、いったん別の曲に移る。それで、時間を置いてからまた戻ってくる。そうやって音楽を探りながら、その曲にとっていちばん良い形を見つけていくんだよね。そのプロセスはとても楽しいし自由なんだ。肩肘張らず、ごく自然な感覚で音楽を作っているんだよ。

―あなたと同じ世代で、レディオヘッドに影響を受けていないミュージシャンはほとんど存在しないと思うんですよ(トム・スキナーは1980年生まれ)。あなたも例外ではないと思いますが、自分にとってレディオヘッドからの影響はどんなところにあると思いますか。

TS:うん。すごく大きな影響を与えているよね。それは否定できない(笑)。彼らは僕たちの世代を代表するバンドだったし、今でもそうだと思う。僕自身にとっても、彼らはものすごく大きな影響を与えた存在だった。僕の音楽観を大きく変えた存在だったんだ。特に、『Kid A』だね。あのアルバムを初めて聴いた時は、本当に衝撃だった。「ええっ、こんなことができるの?』『ロック・バンドなのにこんな音楽を作ってもいいんだ?」って思ったよ。本当に驚いた。レディオヘッドが僕たちの世代に与えた影響の大きさは、とても言葉では測れないと思う。どう表現すればいいのか難しいくらい、僕にとっても本当に大きな存在なんだ。本当になんて言えばいいのかわからないんだよ(笑)。

*トム・スキナーは〈International Anthem〉から『Voices of Bishara』(2022年)、『Kaleidoscopic Visions』(2025年)という2作のリーダー作を発表。共に高い評価を獲得している。